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救いの御手(2)


今日は俺の甥と姪の―――二歳の誕生日だ。

その日、俺は有り余るポケットマネーで彼等に目一杯奉仕する事にしている。弟の豪太とその妻の麗華は、記念日でもない日に高価なものを与えようとする俺に良い顔をしない。誕生日やクリスマスであれば、それが解禁になるからだ。


今回彼等の為に俺が選んだのは、デンマークの知育玩具会社製の強化スポンジで出来た大きなブロックのようなもの。カラフルで乗っかって飛んだり跳ねたりしても問題ないし、子供の遊び心をくすぐらずにいられない机にも椅子にもなる様々な形をしているロングセラー玩具だ。一つあたり一~三万円するものを二十個。結果ちょっとしたプレイグラウンドが子供部屋に出来上がり、子供達はきゃあきゃあ言いながら飛び跳ね走り回っている。


「随分奮発したな」


麗華と並んでソファに腰掛けている豪太が、苦笑いする。

俺は向かいの一人用ソファにだらりと体を預けつつ、不満げに返した。


「まだまだ買い足りないぐらいだ。本当は滑り台付きのシステム遊具も買おうと思ってた」

「いや、普通に置く場所無いから」


麗華がビシリと突っ込みを入れる。俺は口を尖らせた。


「だから諦めたんだろ。そう言われると思ったんだよなー」


豪太と麗華は長男が生まれた後暫くして、JR琴似駅の北側に戸建て住宅を建てて移り住んだ。以前麗華が働いていたピアノ教室に程近い住宅街だ。JR駅と地下鉄駅のダブルアクセスが可能で、非常に利便性が良い。会社に出勤するにも、JRや飛行機で出張するにも都合が良いし、大きな公園があって子供達が遊ぶ場所にも事欠かない。車の移動を考慮しても国道にすぐ出られるので、この辺りは子供を育てる環境と交通事情を兼ね備えた、豪太とその家族には住みやすい区域なのだ。




新居に引っ越して暫くした頃、麗華は二卵性の双子を身籠った。―――今日誕生日を迎えた甥と姪、りくうみだ。ちなみに五歳になる長男はそらと言う。非常に覚えやすい。麗華は自分が仰々しい名前だから、是非とも簡単明瞭な名前にしたかったらしい。


三十二歳の俺は、未だに独身だった。

さすがにそろそろ結婚を―――と、親父も気になり始めたのか、時たま仕事の合間に「良い子はいないのか」と尋ねるようになって来た。しかし自らも結婚で痛い目を見ているので、親父はこれまでそう言う事に関して俺に無理強いをする事は無かったし、それほど強い圧力は感じない。籍は別だがもう一人の息子、豪太が早くに結婚して既に孫まで儲けてくれたので、それ程危機感を持つ必要が無いからかもしれない。


空が生まれた時、コイツを俺の養子に迎えて財産を継がせたいと言う考えが直観的に閃いた。そして未だに俺は―――それで良いような気がしている。元々今俺が手にしている物質的な全ての物は、俺と豪太、二人で分け合う筈の物だったのだ。だから本来であれば、空にも陸にも海にも受け取る権利があるのだ。


きっと俺は結婚はしないだろう。


二十代半ばでそんな確信めいた予感を抱いてしまった―――そして三十代になった今も、全く結婚と言うものに興味が湧かない。祖母もとっくの昔に他界したと言うのに、未だに自分の『家』に誰かを迎えて幸せに暮らせると言うイメージが描けないままだ。


俺にとっての『家庭』とは。

それは、豪太と麗華、それから空と陸と海のいる、このこじんまりとした庭付きの戸建て住宅だ。俺は単なる、偶に客間に泊まっていく『親戚の伯父さん』でしかないのだけれど……だけどここが、今俺の一番安らげる場所なのだ。


住民票上の俺の家は、ここより南に行った所、山の上の高級住宅街にあるデカすぎる豪奢なコンクリート製の建物なのだけれど……そこは広いばかりで冷たい場所だ。俺も親父も今ではほとんどそこには帰っていない。祖父と通いの家政婦が居て、それから介護のために手配した介護士が通って来るくらいが関の山だ。


もしも大事な女性が出来たとする。―――俺は彼女をそんな家には住ませたくない。大事な女を俺のしがらみにがんじがらめにされた人生に、巻き込みたくない。


あの家に住みたいと夢想し、俺のようなステータスを持つ男と結婚したいと考えている女は、未だに結構多い。そんな女の中から、身持ちが良くて『家』を守る事に意義を感じるようなタイプの人間を選び、仕事を与える要領で契約を交わすのが一番良いのかもしれない。親父のようにただ『好きだから』と言う理由で、愛する女性に無理強いをするのではなく、それ相応の覚悟を持つ、ソコソコ好ましい相手を選べぶべきなのかもしれない。


でも、俺にはそれは無理なんだ。


一時期はそれでも良いと思っていた。だから本気にならない適当な付き合いで、気を晴らしていた。


だけどそんな虚しい関係には、すっかり興味が失せてしまった。


無理なものは無理。


俺は自分が本当に欲しているもの以外を―――安易に手にするのは止めたのだ。それは魂の浪費だ。昔少しの間付き合いのあった女に『減るもんじゃ無し』と言われた。でも何かがゴリゴリと削られていく音が、俺の耳にはハッキリと聞こえたのだ。







子供達がたっぷり満足するまで遊んで、お腹を空かせて駆け寄って来た。


二歳児達の監督員として立派に役目を果たした五歳児が「ケーキ食べようよ!」と主張すると、付き従っていた双子達が口々に真似をし始めた。


「ケーキ、ケーキ!」

「ケーキ、ケーキ!」


性別が違うから二卵性の筈なのに、妙に息が合っている。

思わず大人達三人で目を見交わしつつ、苦笑する。

甲高い声に後押しされながら、俺達大人は子供達の為に用意したケーキを分けるべく立ち上がったのだった。



次話、『救いの御手』最終話となります。

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