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約束の場所(3)【最終話】

「ここっていつ頃から通っているの?」


注文を終えて、メニューを戻している豪太さんに尋ねてみた。

私達は彫刻を幾つか展示している斜面に面した大きなガラス窓の前に座っている。ちょうどまっすぐ作品や広場を見る事が出来るよう、そこは窓に面したカウンター席になっていた。隣同士に並んで腰掛けて、彫刻と斜面で転がりながらふざけあっている小さな男の子たちが遊ぶのを眺めるとも無しに見ながら、私は随分ゆったりと寛いでしまっている。一時間とちょっとしか経過していない筈なのに、もうここの空気感に大分感化されてしまったみたいだ。


「子供の頃から……かな。それこそ、まだ両親が離婚していない頃に連れて来られて。親父は忙しい人だから、本当にごくたまにだったけどね。下手に人手の多い観光地に行くと、親父は有名人だからすぐ人が寄って来ちゃうんだ。だから人里離れたようなこういう場所が、都合が良かったらしい」

「そうなんだ……」


四人が―――ちゃんと四人家族だった頃からここに通っていたんだね。

そう思うと、カウンターテーブルの前に拡がるガラス窓の向こう、ポツリポツリと作品が展示されている場所を駆け回る子供達が、かつての豪太さんや梶原君に重なって―――まるで白昼夢を見ているみたいに、一瞬錯覚してしまう。




その頃の豪太さんと梶原君は、離れ離れなる事なんて想像していなかったんだろうな。

いろいろ大変だったと聞いているけれども。ここに四人で訪れた時は幸せな時間を過ごしたんだろうか。過ごせていたら―――いいなと思う。




家族が離れ離れになってしまって。すっかり大人になった二人は平気な顔して過ごしているけれど―――本当はこの場所で、家族四人で過ごした時間に戻りたいと何度も思ったに違いない。想い出をなぞるように……豪太さんの声の余韻が木霊のように私の中の何かを震わせる。


何故か目のふちがじんじんして来てしまって、思わず目を瞬いた。

今私が泣くのは違う……そう思ったからだ。


だけど豪太さんにはお見通しだったみたい。


テーブルに置いていた私の左手が温かくなる。

豪太さんの大きくて厚みのある掌に、包まれているのを感じた。


「ありがとう」

「え?」

「俺達の事を受け入れてくれて―――感謝してる」


あともう少しで私と豪太さんと結婚する。

豪太さんが『俺達』と言った意味は、すぐに理解した。

私が豪太さんと家族となる事で、私はかつて大嫌いだったトラウマの原因、梶原君とも間接的に家族になるんだ。正確に言うと法的には違うのだけれど。


「『感謝』なんて―――」


何て言葉を返せば良いか分からなくなって、言葉を切る。

言って欲しい言葉がある。余所余所しいその単語より、ずっとずっと欲しい言葉が。


「感謝なんていらないから」


少し驚いたように私を見る彼の顔。

私は彼に手を握られたまま、少し体を寄せてその耳元に囁いた。




「ただ『好き』って言って」




勇気を出して拗ねたように呟いてみる。

彼は僅かに目を瞠って―――頬を染めた。


それからキュッとその掌に力が込められる。

囁きっぱなしで体を離した、卑怯な私の耳元に口を近づけて。


彼の深いコクのあるバリトンが、私の耳をくすぐった。




「ありがとう。君が世界で一番―――大好きだよ」




自分で仕掛けて置いて。


その耳テロの破壊力に打ちのめされ、私は暫く突っ伏したまま動けなくなってしまったのだった。







【約束の場所・完】


本編で約束していた彫刻公園のデートでした。

この後二人は美唄市内で名物のモツ串を食べたり、少し足を延ばして隣の砂川市でソフトクリームを食べたり、昔馬具を作っていた革製品工場の直売所で買い物したり。それからこの近辺に点在するワイナリー巡りをする予定です。


結婚秒読みのカップルがただイチャイチャしているだけのお話でスイマセン。

お読みいただき、有難うございました。

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