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誕生日プレゼント(2)【最終話】

最終話です。

その日は幾ら飲んでも酔えなかった。

いつの間にかずっと里奈が俺の横に居て―――寄り添って来るから人肌に何だか安心して自分から離れる選択肢を選べないまま。


正直俺は弱っていた。……このまま一人になりたくないと思うくらいに。

頭はハッキリしているものの、摂取したアルコールが俺の強がりをぺリぺリと剥がしていくのを感じていた。


タイムリミットが来て会場がお開きになり、三々五々散らばるか二次会に繰り出すか皆が相談し始める中―――里奈が「ねえ、二人で抜けよっか」と耳元で囁いた。久しぶりにそれも良いかという気がして、俺はその誘いに頷こうとした。




しかしスマホのバイブレータが、夢の中を彷徨っているような俺の頭を揺り動かした。




液晶画面に表示された名前に、心臓がドキンと跳ねる。

里奈に目くばせをして、俺はスマホを耳に当てて返事をした。


「はい」


少し声が震えてしまったかもしれない。相手はそれに気付かず、落ち着いた声で俺にこう言った。


『あのー、梶原君?だよね』

「ああ、何の用だ?」

『えっと―――まず、誕生日おめでとう』


言い辛そうな声音に、アイツの苦々しい表情が目の前に浮かんできておかしくなった。


「なんだ、俺がいなくてやっぱ寂しかったのか?」

『またそう言う……』


辛辣な切り返しが聞きたくてウズウズしていた。

ずっと俺は自分を嗜虐趣味エスだと思い込んでいたのだが……案外被虐趣味(エムっ気)があるのかもしれない。


『……寂しかったよ』


存外素直な台詞に、今度は心臓が止まりそうになった。

喉がカラカラになって返す言葉が見つからない。


「お前……」

『みんな寂しがってた。梶原君のお母さんも、お祖母さんもお祖父さんも』

「……」

『豪太さんも―――浩太君と一緒にお誕生日のケーキ、食べたかったと思う』




そんな事だと思った……!




案の定出た肩透かしに笑いそうになって……不思議と喉が詰まったような気分に陥ってしまう。だけどきっと気のせいだ。泣き出しそうな気分になるなんて、ある訳が無い。


「お前も寂しかったんだろ!俺が居なくてさ。残念だったな~ほら、俺人気者だからさ。周りがほっとかないて言うの?」


勿論フザケて言っているのだが……。


自分でも何て子供っぽい言い方だろうって、自覚している。

他の女の前ではもっと余裕を持って、言葉遊びをする事ができるのに。まるで素直になれない小学生が気になる女の子に突っかかるみたいな―――滑稽な口調になってしまう。

だけどそんな俺の台詞に一々眉を顰めたり、冷たい目でスルーするアイツの顔が面白過ぎて―――ついついこんな風に突っかかる自分を止められ無くなるんだ。


『そっか……そっちの誕生日パーティそろそろ終わるかと思って、電話してみたの。お祖母さんとお祖父さんはもう寝ちゃうけど―――もし良かったらこっち来ないかなって。私も泊まってくし、豪太さんもお母さんもまだ起きてるから』




「行く」




気付いたらそう返していた。


珍しくアイツがしおらしい口をきくから―――咄嗟に出てしまったのだ。




『ほんと!わぁ、お母さん、きっと喜ぶよ!プレゼント今日渡したかったのにって言ってたから』




母親は毎年俺と豪太に誕生日プレゼントを用意してくれる。大学生活も半ばになって、二十歳を最後に家族で誕生日祝をする事を遠慮した後も、必ずそれだけは続けてくれた。


社会人になってもそれは変わらない。


『これくらいしか出来る事ないからね』と言って父親と連名で―――親父はそんな気の回る男じゃないので、選んだのは100%母親だとは思うけど。償いなのか愛情なのか―――数少ない豪太と俺に分け隔てなくできる事がそれだった。だから母親は忘れずにプレゼントをくれるのだろう。


スマホを切って、俺の腕に手を掛ける里奈に向かってニコリと他人行儀な笑顔を向けた。


「……浩太」

「ゴメン、用事あったわ」

「……らしくない話し方して、ダッサ!」

「ハハハ」

「久しぶりに二人になれると思ったのに……」


拗ねるような素振りで里奈が俺の腕に巻き付いた。

さっきまで微かに感じていた情欲がスッと引いたのを、俺も里奈も気付いている。

俺は出来るだけサッパリした態度を心掛けた。里奈の腕を解いて、一歩後ずさる。


「そろそろ適当な付き合いから卒業した方がいいんじゃないか?お互い」


すると鋭い視線で里奈は指摘した。


「……浩太はその子に本気だって言うの?」


まるで犯人を見つける探偵みたいな、非難を込めた声。

そんな犯人捜しをしたから一体なんだって言うのだろう。糾弾された所で俺の腹は痛くも痒くもならないのに。


里奈は誤解している。

彼女は俺の『女』では無い。


その声に微かな嫉妬の匂いを感じたが、敢えて知らん振りを貫いた。

里奈も分かっている筈だ。こんな未来の無い関係が、見えない何かをすり減らしているって言う事を。


まさに『不毛な関係』―――俺達が畑を耕した所で、雑草すら育ちはしないのだから。


俺は首を傾げて腕を組み考え込んで。

それから笑顔で言った。今度は装った物では無く、素直に。




「ああ、本気で大事だよ」




彼女はもう、俺の弟の妻になる。

つまりは大事な俺の『家族』の一員になるのだ。


「バッカみたい。ノリ悪い、カッコ悪い―――女に恥かかせる男なんて最低」


足が間遠になった、浮気相手を詰るような安い台詞に笑ってしまう。

こうなってしまえば、里奈とはもう友達でもいられないかもしれないという予感がした。退廃の香りがするぬるま湯のような関係は、もう終わりにした方が良い。




「じゃな。お前も『本気』になれる相手を見つけろよ」




俺はそう言って手を振ると、踵を返して歩き出した。

母親と弟と―――新しく妹になる家族の待つ家に向かって。




「私だって『本気』なのに……」




そう小さく里奈が呟いた言葉は、風に紛れてしまい俺には届かずに終わった。







【誕生日プレゼント・完】

麗華の声でちょっと我に返る浩太でした。

でもまだまだ、遊びから抜け出すのは先になるかもしれません。

一線引こうと決意する分だけ、里奈さんは他の女性より割と親しい仲でした。


お読みいただき有難うございました。

遥人と言い、浩太と言い暗い話が続いてスイマセン<(_ _)>


次に後日談を追加する時は明るい話が書けるといいな、と思います。

ただしプロットも無く更新時期も未定ですので、とりあえずここで完結表記とします。

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