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誕生日プレゼント(1)

兄、梶原浩太視点のお話(二話完結)です。


※全体的に暗いのと、ちょっと爛れた彼の行状が明らかになるので、不安に思う方は回避してください。

カウンターで口直しに注文した白ワインを一口飲んで、ブルーチーズを一齧りする。

腕時計を確認するとそろそろこの会も終盤に差し掛かっている事が分かった。

去年、母親がくれた腕時計。彼女とは幼い頃からずっと別居していたけれども、必ず誕生日にはケーキとプレゼントを俺と弟の為に用意してくれていた。それは大人になった今でも変わらない。流石に大人になってからはお誕生日ケーキは遠慮しているのだが。




「浩太って独身主義なの?」




里奈が長い黒髪を掻き上げて、ガヤガヤ煩い店内の話し声を躱す様に俺の耳元でそう尋ねた。


「別に独身主義ってワケじゃない。結婚にまだ興味が無いだけだ」


口の端で笑ってそう言うと、里奈は揶揄うように鼻を鳴らした。


「ふん、同じじゃない。―――浩太ってマザコンよね、両親の離婚がいまだにトラウマなの?」

「カウンセラー気取りの女って好きじゃ無いんだよね」

「は~~?私だって浩太に好かれたいと思って無いわよ。勘違いしないでね?婿に出来ない一人息子なんて、ターゲットの内に入らないから」


そう言いながらも、彼女の蟀谷こめかみが苛立つようにピクリと動くのが見て取れる。口の立つ女だから、俺の指摘がこたえたのかもしれない。

今日は俺の誕生日で、イタリアンレストランを貸し切って飲み仲間でワイワイやっている所で―――さっきまで皆と馬鹿話をして俺は真ん中で笑っていた。トイレから戻ってカウンターで一息ついていたら、里奈が隣に腰掛けてどうでも良い事を尋ねて来たのだ。


二十五……いや、今日で二十六か。二十六にもなって『誕生日パーティ』も何も無いのだが、この年頃の男どもは女と飲める口実があれば何でもいいのだ。俺を口実に悪友どもはいつものようにテキパキ会場を抑えて、めぼしい女の子を掻き集めた。


己惚うぬぼれてる!」と、最近生意気な口をきくようになったアイツには非難されそうだが、俺は結構な『優良物件』で女にモテる。俺を餌にして人を集め美味しくいただこうと―――少々よこしまな目的を持つ悪友達がこのパーティを企画したのだ。

言い出しっぺの大地は、見た目は爽やかで紳士に見えるが女を食いまくってる。男同士で付き合う分には気の置けないイイ奴だし俺も適当に遊んではいるが、こと女に関する事になると大地には付いて行けない。同意が無い相手をどうこうすると言う訳ではないのだが……。アイツこそ何か酷いトラウマがあるんじゃないかと俺は睨んでいる。いやただ単に、無類の女好きと言うだけなのかもしれないが。


もうそろそろ奴の悪事を見て見ぬ振りをするのも疲れて来た。馬鹿話をしながら、大地が狙っている女と良い雰囲気になるのを見ていて、少しウンザリして来た所だった。勿論俺の両隣にもキラキラに武装したハンターが控えていて、虎視眈々を抜け目なく俺を値踏みしていた。そうして先ほど水面下に棘を隠した会話のキャットファイトがスタートしたところだった。どうやら二人のお眼鏡に俺は適ったらしい―――こちらとしては遠慮したいが。俺はまだ本気で誰かと結婚を前提とした『お付き合い』をする気にはなれずにいる。

だから早々にトイレに逃げ出したのだ。……暫くあの紛争地域には戻りたく無いと思った。




「職場で良いターゲット見つかったのか?」

「ん~~狙っているのはいるんだけど……やっぱりそういう人って売約済みなのよね。適当に仲良くは出来るけど、結婚を視野に入れると慎重になっちゃうしねー。でもこのままじゃ私も今年でアラサーの仲間入りだし、秘書の田淵と結婚させられちゃうのは時間の問題だわ」


里奈の父親は道議会議員で自分の秘書を三人姉妹の長女である里奈と結婚させ、引退後地盤を引き継がせようとしているそうだ。働かなくとも生きていけるのに里奈はわざわざ受験勉強までして公務員になった。そこにめぼしい男がいれば婿に取って、田淵との結婚を避けたいと考えているらしい。

選挙は水物だし、婿になったからって地盤を簡単に引き継げるものなのか甚だ疑問なのだが―――まあ彼女は本気らしいので、そこは突っ込まないで流している。それぞれ家ごとの事情もあるだろう。それこそ外の人間には到底理解できそうも無い『常識』がそれぞれの家庭内にはゴロゴロ転がっている。俺の家だって勿論色々ある。


里奈は彼女の母親に似て大層美人で、ソコソコモテるのだが長女気質で少々理屈っぽい。友人として付き合うのならまだしも恋人にすると面倒そうだと思う。と言ってもまあ抱けないと言うほどでは無いが。高校時代から親しくなったり疎遠になったり―――付き合いが続いていて、大人になってから酔ったうえで数回事に及んだ事もあるが、お互い遊びと割り切っている。


アイツにこんな曖昧な関係を話したら―――どんな反応をするだろう。


また冷たい瞳を向けて辛辣な事を言い放つだろうか。それとも案外スルーしたりして。俺の大人な交友関係を知らせて慌てるアイツを見てみたいとも思うが―――少々(?)潔癖なアイツに毛虫のように嫌われるのは、ちょっと面白く無い。


「ねえ話、聞いてるの?」


既に酔っぱらっているのか、肩に手を掛け里奈が俺の顔を覗き込んだ。


「ああ、聞いてるよ。イイ男がいないって話だろ?今日のパーティに来てる奴はどうだ?」

「えー、遊んでる男ばっかりじゃないの」

「政治家って、そういうモンじゃないの」

「そういうのは父親でコリゴリ!真面目な男が良いのよ」

「相手に求めすぎなんじゃないの」


自分だって遊んでいる癖に良く言うよ、と俺は里奈にチラリと非難の眼差しを向けた。俺だって人を責めれるようなクリーンな身の上じゃないんだが。

すると里奈は珍しく素直に頷いて俺に笑い掛けた。


「そうね、そうかも―――じゃあ遊び人でもいっか?浩太にしようかな?独身主義じゃないんでしょ」


何て冗談を言い始めるから面倒臭くなって来た。


「俺跡継ぎだから、婿養子は無理」


一刀両断にバッサリと返答する。

ふざけんのも大概にしろよ、と言う意味を込めて睨みつけた。

すると通じていないのか、通じているのに敢えて無視しているのか―――得意げに胸を反らせて彼女は言った。


「株式会社が世襲なんておかしいでしょ、それに社長やってて立候補する人もいるし。浩太カリスマあるし、見た目『だけ』は良いからウチの父親も気に入ると思うな~。どう?浩太だったら別に婿じゃなくても認めて貰えると思うんだ―――」


急に前のめりになった里奈に眉を顰める。


「思い付きで滅多な事を言うなよ」


政治家なんて窮屈な仕事に俺は向かない。

何より里奈と結婚なんて冗談じゃない。


「良いと思うけどな~。私達『相性』もバッチリだし」

「別に普通じゃね?」


素っ気なく五月蠅そうに手を振って見せると、里奈は唇を尖らせてムッと黙り込んだ。


婿探しが上手く行かないからって自棄になってるのだろうか。灯台下暗しとばかりに手近で手を打とうとするのは勘弁して欲しい。彼女のセフレは俺だけじゃないんだから。

尤も―――ここの所その気になれなくて里奈とは全くそう言う関係から遠ざかっているのだが。


自分が遊んでいる事を棚に上げた勝手な言い分かもしれないが、身持ちの悪い女と結婚するなんて論外だ。一時の遊びなら未だしも―――生涯の伴侶にしようなんて全く思えない。


しかし、だ。


『結婚したい』なんて今までちっとも考えた事が無かったが、最近少しだけ想像するようになった。そういう点では里奈の気持ちは分からないでは無い。二十代も後半となると周囲も徐々に動き始めるものだ。俺もその浮ついた雰囲気に少なからず影響を受けているのだろう。




俺の半身とも言える双子の弟、豪太に彼女が出来たのが切っ掛けだったと思う。

その上つい先日、豪太は付き合って半年になる彼女にプロポーズしたのだ。


ソイツは―――豪太の彼女は小さくて華奢で地味でダッサい女なんだが……俺の小学校の同級生だったのだ。

小学生の頃理不尽な扱いを受け続けて来た俺は、常にはち切れそうな不満を抱えて歩いていた。それを大人しいソイツに苛立ちとしてぶつけてしまったのだ。結果ソイツ―――『姫野麗華』は俺から逃げるように転校してしまった。


大人になってもあの頃の面影を残す麗華の顔を目にした時は―――心臓が止まるかと思った。直ぐに豪太と付き合う事になって―――三人で食事をする機会も何度かあった。アイツは俺が何か失礼な事を言ったとしても、動じずピリッと切り返して来る。そんな様子は見ていて飽きない。だからなのか、たまに豪太が出張している隙に俺はアイツの顔を見に行く事もある。何だか無性にそうしたくなってしまうのだ。


今日は俺の誕生日だ。―――ということは、豪太の誕生日でもある。

結婚が決まった二人は、今日誕生日祝いも兼ねて豪太の家で母親と祖父母と顔合わせを行うらしい。

俺も誘われたのだが―――先約もあったし断った。


「家族水入らずの場所に俺がいるのも変な話だろう?」


とフザケて肩を竦めて見せたら、何故か苛立った豪太に頭を掴まれてギリギリと締め付けられる報復を受けてしまった。

そこで初めて、自棄に自分の台詞が卑屈なのに気が付いてしまった。




さっきの台詞、俺の性格キャラクターに合ってない。




そう思ったけど認めるのも悔しくて、謝る事も訂正する事もせずに―――そのままにしている。


そう、俺はあの家では『お客さん』なのだ。


里奈が言うとおり、俺は見た目も良いし人の気持ちを掴むのが上手いと思う。だからきっと立候補すれば良い所まで行けるんじゃないか、とも思わないではない。

ちょっと前なら『それも面白いな』なんて、冗談の応酬くらいはしていただろう。ニヤニヤしながら適当に里奈を躱して、その気になれば今日だって彼女とじゃれてお持ち帰りくらいしたかもしれない。まあ情事前提の睦言、戯言に過ぎないから本気でないのはお互い百も承知だろうが。


俺の母親も母方の祖父母も俺を推し量ったりしない。


能力があるとか見た目が良いとかノリが良いとか―――あの人達には一切関係無いし、そんな所に興味を持たないのだ。きっと俺に対する愛情がそうさせると言うより……多分、それがあの家庭の『当り前』なんだと思う。


大事に接して貰うたび―――素直で真っ当な豪太と違う、ねじ曲がった俺の根性が暴かれる気がして居心地が悪い想いを抱かずにはいられない。


父親に見た目も性格も似ているとよく褒めるつもりで口にする人が多い。

傲岸で不遜な処のある我儘なお坊ちゃま。負けず嫌いで―――仕事の辣腕ぶりを目の前で見せつけられれば、確かに格好良いし素晴らしい。つい魅入られたように心酔してしまう瞬間が何度もあった。息子として彼の悪い所も全部知っていて、なお魅力的だと思える何かが、確かにあの男の中には存在すると感じてしまう。


だけど俺は彼に似ていると言われるたび、ガラスに爪を立てた音を聞かされているような気分になった。


母親と俺達を彼の運命に巻き込んで、諦めきれずに手を離す勇気を持つことが出来ず、グチャグチャになった頃やっと自分の落ち度を反省するような―――そんな残念な自信家には。

確かに俺は親父に似ている。だから親父がが母親のような優しくて少し弱い人種に惹かれる心の仕組みは―――理解できる気がする。


本当はずっと優しい人ばかりが存在するあの家にいたいのに―――俺はあそこにいるべき人間ではない、異質な客人なのだと……痛いほど感じてしまう。




麗華ならそんな後ろ暗い感情を抱かずに、あの場所にチョコンと腰掛けるのだろう。


そんな場所に俺は相応しくない。

先約があってホッとしたのは事実だった。


今更……家族団欒で『お誕生日祝い』も無いだろう?


そう心の中で呟いたのは、ただの負け惜しみだったのかもしれない。



次話で完結です。

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