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初恋のひと(6)



「ここに泊って行かない?」

「――――とま……?」


その時の彼女のポカンとした顔ったら!




気の向かない相手をこちらから強引に誘うなんて、誓って初めての経験だった。


いつもなら―――俺は相手が引けば直ぐに誘いの手を収める事にしている。もともと誘いの言葉も、相手の気持ちを汲んでのアクションなんだ。

望んでいる言葉を与えた後は……その言葉だけで相手が自尊心を取り戻すか、若しくは二の足を踏むのであれば、それ以上押したりなんかはしない。


少し語尾が震えてしまったのを気付かれないように、務めて何でも無い表情を繕った。


「ここ、ホテルのロビー。もう最終間に合わないかもよ、俺も泊まっていくから一緒に泊まろうよ」


女性に声を掛ける時に胸が高鳴るなんて―――経験した事の無い体験だった。

心臓が早鐘を打ち、背にじんわりと汗が滲む。




もう俺も君も、あの頃の臆病な小学生じゃない。

勢いでも気の迷いでも、強引な誘いに思わず流されたのだとしても―――俺に君の手を預けてくれないか。

手を握る事も叶わなったあの頃の俺とは違う。俺はもうサラリと君の手を引いて歩く事もできるし―――幼い頃心の中でしか呟けなかった歯の浮く様な美辞麗句だって、簡単に口に出来る。君も一歩―――俺の方に踏み出してくれても良いんじゃないか?




俺の提案に驚いた麗華ちゃんは。

少し小さめの優しい瞳を目いっぱいまん丸にして―――キョロキョロと視線を這わせた。

まるで眠気が一気に覚めたと言わんばかりに。


「いや……それは、ちょっと……」


顔を強張らせた彼女の気持ちがすっかり後退あとずさる気配を感じる。怖気づいてしまっている相手に幾ら押しを強めても―――この手に落ちて来やしないって、十分に分かっているのに。

間合いを読まず自分の感情に縋ってますます立場を悪くする、モテない男どもに冷静に突っ込みを入れていた自分は……何処かへ行ってしまった。


きっとこの機会チャンスを逃せば次は無い。


熊野の電話も無視し、伊吹との約束も反故にし、戸惑いを瞳に浮かべ後退る相手に……言葉で追い縋る。

今の俺は―――しつこいモテない男の典型そのものだ。


壁際に追い詰めて白い手首に手を伸ばした。その細さに更に動悸が早まるのを感じる。




その時。俺を見つめる二つの瞳の中に、微かに恐怖の色が浮かんでいるのに気が付いた。

胸が痛むのとほとんど同時だった。熊野のゴツ過ぎる大きな手がガッチリと俺の手首に食い込んだのは。



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