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初恋のひと(5)


熊野と言う大きな壁の向こう側、カウンターの奥にチョコンと座っている女性が麗華ちゃんだと分かった時は、だから本当に驚いた。と同時に涼しい顔で麗華ちゃんの事を黙っていたと思われる熊野に内心舌打ちした。

公明正大男が一丁前に隠し事をするなんて、考えてもみなかった。俺は動揺しつつも営業のエースとして培った外面を精一杯駆使して、そんな葛藤はおくびにも出さず彼女に向けて屈託のない笑顔を向けた。


「麗華ちゃん、こんばんは」

「あ、こんばんは……遥人君」

「……へぇ、熊野と知り合いだったんだ」


『これでもかっ』と言うほどの嫌味を籠めて、熊野に視線を向ける。すると熊野ヤツは人一人殺せそうなくらいの視線で俺を一瞥し返し、直ぐに逸らした。

だから俺はワザと言ってやった。




「熊野、コワい顔していると麗華ちゃんが怯えるぞ」




指摘すると熊野は瞬時に、表情を収めた。


(へぇ……)


遅ればせながら気が付いた。

どうやら熊野にとって、麗華ちゃんは特別な相手らしい。

単に双子の兄が嫌がらせをした相手を気遣っている―――と言う以外の感情が、そこに揺らめいていた。それに気が付いたのは、俺にとっても麗華ちゃんと言う存在が特別だったからだろう。







何とか二人を同期会に合流させる事に成功し、俺は高橋を挟んで麗華ちゃんと他愛無い話をした。

やはり麗華ちゃんはあの頃と変わっていないように見える。懐かしくて―――自然と純粋に嬉しい気持ちが湧き立って来るのを感じる。その所為かいつも発揮している気配りに穴が開いてしまった。熊野が席を立った隙間に小松が座り込み、俺が逆隣と会話を交わしている間に麗華ちゃんに纏わり付いたらしい。

気付いた時には、麗華ちゃんは鞄を持って立ち上がっていた。声を掛けたが物凄い勢いで飛び出して行ったので引き留める事が出来なかった。


「小松、麗華ちゃんに何をした?」


小松はいつも穏やかな姿勢を崩さない俺の低い声にビクリと体を震わせたが、目を逸らしてうそぶいた。


「は?別に?」

「小松~!熊野君の連れにセクハラ?どう考えても、小松が来てから姫野さんの態度おかしかったよね?」

「なっセクハラなんて……ちょっと不可抗力で体が触ったくらいで、大袈裟な」

「小松!」


怯みながらもヘラヘラと笑う誠意の欠片も無い男を、高橋はスゴイ形相で睨みつけた。

俺も小松に腹を立てていたのだが、それよりも麗華ちゃん自身の様子が気になっていた。打ち捨てられたような若草色のカーディガンが目に入った時、即座にそれを手に取って「俺ももう帰らなきゃ。序でに彼女を追っ掛けてこのカーディガン渡すよ」に高橋に耳打ちし、千円札を数枚出して席を立った。




トイレの前では熊野がスマホで何やら難しい遣り取りしている。

俺はそれを一瞥して、声を掛けずに居酒屋を飛び出したのだった。



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