初恋のひと(1)
麗華の淡い初恋の相手、遥人視点のお話です。
気分の良く無い話もありますので、苦手そうだと思う方は閲覧を回避してください。
「あまり気にならないよ~」と言う方だけどうぞ!
※こちらを読まなくてもこの後のお話に影響が無いように書く予定です。
彼女は確かに俺の初恋だった。
臆病で傷つき易かったちっぽけな少年だった頃、彼女は俺の心のオアシスだった。
今はすっかり汚れてしまったこの手で、君に触れることを許してくれるだろうか?
君だって大人になる過程で色々な物を手放してきたはず。
そんな君になら、俺のこの汚れた手で触れたって―――構わないよね?
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小柄で女の子のような顔をしているからと、体の大きい乱暴な女子に虐められた。
俺はすっかり女子に対して萎縮してしまうようになってしまったのだけれど―――ピアノ教室で話をする彼女は違った。にっこりと笑って、いつも裏表なく優しい。クラスの野獣みたいな女達とは全く違う生き物だった。
触れ合うほど傍にいるのに、こんなにリラックスできる女の子は俺にとって彼女だけだった。彼女はずっと俺の中で神聖な存在で―――聖域だった。
中学生になって背が伸びると、女子の反応が明らかに変わって来た。媚びるような笑顔、高い声。態度の豹変に体では驚きつつも―――頭で理解した。
これまでの虐めも、本質は好意の裏返しだったのだ、と。
それに気付いた時、どう胸に渦巻く気持ちを表して良いのか分からなかった。
今なら少し分かる。俺は全然納得していなかったのだ。掌を返す彼女達に憤っていて、何でも無いような顔をしてあしらいながら、全く許していなかったのだと―――自分の本心を冷静に受け入れる事が出来るようになったのはずっと後の事だった。
その時は自分の行いはむしろ大人の振る舞いだと勘違いしていた。一見仕返しに見えない行為で以て溜飲を下げていたのは、未だ何も納得できず、怒りの感情をやり過ごす事も昇華する事も出来ない―――子供だったからなのだ。
頬を染めて遠慮がちに距離を取る彼女達に―――試しに優しく接してみた。
例えば―――失敗して落ち込んでいる時、それから女性同士の軋轢で孤独になっている時。
俺を貶めて嗤っていた彼女達が躓き、心細くなった時、その腹いせに足蹴にするのではなく―――慈愛に満ちた思い遣りを示してみる。
すると彼女達は面白いように俺になついた。―――心酔したと言い現わしても良いかもしれない。
愚かな自分とは違う、思いやりのある強い男を憧れの眼差しで見つめ―――人によっては完全に依存するようになる。
特に俺が選んで優しくする相手は―――同情の余地のない相手だ。
強い自分に奢り、その行いや言動の所為で孤立してしまう女、相手の男を勝手な色眼鏡で見て、自分勝手な論理で迫りアプローチが上手く行かず空回りする女、自分の見る目の無さを『男運が悪い』と責任を転嫁するズルい女。
その心に寄り添い甘い言葉を囁けば、彼女たちはコロリと自ら―――この掌に落ちて来る。
自分が思った事では無く、相手が言って欲しい言葉を言う。
相手は俺の事なんか一つも見ちゃいない。耳障りの良い言葉だけを受け入れ、自分に都合の良い展開しか認めない、努力を毛嫌いする女ほど……簡単なものは無い。
傲慢な自意識の高い女が、俺が掛ける思い遣りと言う甘い麻薬によって従順になる瞬間が大好きだ。すると不思議と―――モヤモヤと痞えていた胸が決まってスカッと風通しが良くなるのだ。
相手が俺に行使した同じ暴力を以て仕返しをするとする。
すると仕返しされた女達は俺をあらんかぎりの言葉を使って批判するだろう……そしてきっと、世間の人間はそれに追従して俺を悪魔か何かのように批難する筈だ。
けれども俺に暴力や悪意を持って接した相手に、愛情と友愛を持って接し、全力で優しくしたのなら―――それを褒め讃える者がいたとしても、責める者はいないだろう。彼女達は心の広い俺に感謝し、心酔し―――稀に自分の非をと醜さを後悔する事もある。
俺は責めを負う事無く、彼女達を貶める事ができるのだ。こんなに効率的で無駄のない仕返しがあるだろうか。




