旅行日和(9) 【最終話】
『旅行日和』最終話です。
苦し気に呻く彼女を解放するため、腕から力を抜いて彼女の顔を覗き込む。
姫野さんも恥ずかしそうに俺を見上げ、ニッコリと笑ってくれた。
「明日、エンゲージリングを買いに行きましょう」
きちんと彼女のサイズを測って、好みの指輪を買いたかったので事前に購入しなかったのだ。今日もし了解して貰えたなら、旅行の仕上げにジュエリーショップに向かおうと考えていた。
「は、はい……」
頬を染める姫野さんは本当に可愛い。
俺がその恥じらう様子を余すところなく目に焼き付けようと、改めてジックリ彼女を眺めていると―――
「やった~!」
「キャッ」
「うわっ」
ドカッと見つめ合う俺達に体当たりして来た人物がいた。
「よろしくな!妹よ!」
俺の向かい側から姫野さんごと抱き着いて来たのは―――今回のデートで俺達に迷惑をかけまくった―――俺の兄、梶原浩太その人だった。
「なっ離せよ、コータ!!」
「お兄ちゃんは嬉しいんだよ~、弟よ!」
「く、苦しい……」
** ** **
やや暫くして、何とか浩太を引き剥がす事に成功した。
「何でこんな所にいるんだよ!」
「いや~プロポーズが成功するか心配でさ。弟の幸せを影ながら見守っていた訳だよ」
フフフ……と気味悪く笑う浩太を、俺は目を眇めて睨んだ。
「何でお前がそんな事知ってるんだ」
誰にも言っていないのに。
「ジュエリーショップのパンフレット……」
「え、何でそれを……」
「お前の部屋で見つけた。スマホでも検索してただろ。履歴に残ってたぞ」
「お前……それ、犯罪だぞ」
視線で殺そうと思えば殺せるほど殺気を籠めて、浩太を睨んだ。
ニヤニヤしていた浩太の笑顔が一瞬ひくついた。
おっし、金箍児の刑継続時間追加だ。……帰ったら覚えてろ。
「まっとにかく、オメデトウ!これで晴れてお前は俺の妹だな」
ポン、と姫野さんの肩に手を置き、浩太はニッコリと笑った。
「な、麗華!」
「なっ……」
俺だってまだ呼び捨てにしてないのにコイツは~~!
「……やっぱ、止めようかな……」
ポツリと呟かれる囁きに血の気が引いた。
恐る恐る彼女を見ると、諦めたように首を振って力なく笑った。
「冗談です。こんな『お兄ちゃん』がいても、熊野さんと結婚したいです」
「またまた~~、こんなお兄ちゃんがいるからこそ!……いいんだろ?」
陽気に笑う浩太を振り切るのも馬鹿々々しくなって、俺達は笑い合った。
「ゴメンね……」
「大丈夫です。マイナスを覆い隠すほど、熊野さんは魅力的ですから。私には勿体無い人です」
「有難う」
ギュッと、浩太を無視して手を握りあった。
浩太がムッとしたように抗議の声を上げた。
「お前このハイスペックな俺を……『マイナス』呼ばわりだと?地味で普通な庶民のくせに」
「ちょっと梶原君は黙っててくれる?」
ビシッと跳ね付けられて、浩太は口を噤んだ。
おおっ浩太を黙らせる事ができるとは。
そんな女性は―――浩太にとって初めての存在かもしれない。
瞬時に萎れてしまった浩太。
ショボンと、少し恨めしそうに呟いた。
「おまえ……強くなったな」
「お影さまで!」
「……」
遠慮ない遣り取りに、小さな嫉妬心が揺らめいた。
横目で見るとちょうどロープウェイの籠が到着した所だ。俺は華奢な姫野さんの体をヒョイと抱えた。所謂『お姫様抱っこ』と言うやつだ。
「く、熊野さん……!」
「今日はもう俺以外の男と口をきくの、禁止です。帰りましょう」
「豪太!お祝いしよーぜ」
「いらん!お前、も~絶対、ついて来んな!!」
どうせ、小樽には馴染みの女がたくさんいるのだろう。
観光の仕事でよく来るからだろうか。まだまだ知合いは多そうだ。その娘達に今日は遊んで貰えば良い。
あ、それから大事な言うべき事があった……!
姫野さんを抱えたまま、籠に乗り込む直前に振り返り拗ねている男に怒鳴った。
「もう俺の苗字使って遊ぶなよ……!酷い目にあったぞ」
「えー?何の事ですか?じゃー弟よ……後でホテルでなっ!」
プシューッ。
扉が閉まった。
「ホテル……一緒なんですかね」
俺の首に手を回したまま、姫野さんが不安気に言った。
「バリケード……作っときましょう」
絶対に今夜は邪魔はさせない。
ニコリと余裕を見せて彼女を下ろし、俺は別のたくらみを心の中で企てていた。
ホテルに付き次第、アイツの部屋をキャンセルする。
俺の名前を騙った代償は……しっかり払わせてやる。
その日初めて―――俺は俺の意志で『梶原浩太』の名を騙ったのだった。
【旅行日和・完】
熊野のプロポーズ大作戦でした。
しかし最後は兄、浩太の所為でグダグダに……。
彼は初めて自分の意志で『浩太』に入れ替わりました。
優しい人を本気で怒らせると、痛い目を見ます。
麗華の見てない処で『金箍児の刑』にガッツリ処せられるでしょう。
それでも浩太は懲りずに弟夫婦に絡む予定です。
お読みいただき、有難うございました。




