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旅行日和(8)



天狗山の駐車場に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


「ロープウェイに乗りましょう。本当は明るいうちに来てスライダーに乗りたかったんですけど」

「スライダー?」

「天狗山の頂上から滑り落ちる長い滑り台があるんですよ、結構楽しいですよ」


俺が笑うと、姫野さんもクスリと笑った。


「乗りたかったなぁ」

「また来ましょうね」


先程のトラブルからは上手く切り替えられたようだ。屈託のない様子に安堵する。

とにかくこれ以上あの兄貴に邪魔される訳には行かない。


入口で支払いを済ませ、次の籠が到着するのを待った。

定員が三十名と書いてある。それほど混んでいないので、乗り込むとかなりゆったりと自由にできる。後部側に立つと夜景を見ながら山を登って行く様子を眺める事が出来た。


「わぁ……綺麗ですね。小樽の夜景って、実は初めてです」

「函館の夜景ほどは有名じゃないけど、港町の夜景は湾の形がくっきり出て面白いですよね」


ロープウェイが山頂に到着して引分扉が開いた。まばらな客達に混じって建物の外に出た。


「うーん、イイですね~。宝石箱みたい」


そう言って振り返り、彼女はふんわりと笑った。


そんな彼女の笑顔の愛らしさに、思わずジッと見入ってしまう。

そうして数秒目線を合わせていると、彼女は頬を染めて口を開けたり閉めたりして言葉に詰まった。


「熊野さん……夜景を見ましょうよ……」


そうしてやっと、それだけ絞り出して真っ赤になった。


「夜景も、見てますよ」

「……」


悪びれない俺を少し睨んで、彼女はプイッと夜景に目を向けた。

ちょっと揶揄からかい過ぎたかな。

可笑しくて思わずクスクス笑い出してしまう。すると姫野さんは夜景から目を離さずに言った。


「熊野さんは余裕ですよね。いっつも私ばっかりドキドキさせられて、狡いです……」


ショボンと肩を落とす彼女に、やはり揶揄い過ぎだったかと口元を引き締める。


彼女は誤解している。俺が余裕に見えるとしたら―――それは精一杯格好付けてボロが出ないよう取り繕った結果だと言うのに。

実際俺の胸の内はかなり忙しい。彼女の挙動一つで上がったり下がったりは日常茶飯事だ。




「姫野さん……それは俺の台詞です」




俺の真剣な声に、彼女がやっとこっちを見てくれた。

辺りはすっかり闇の中だが、俺達が立っている所は建物から洩れる灯でほんのりと明るい。

見上げる姫野さんの表情は少し戸惑ったような照れているような……色んな感情が混じり合ったそんな曖昧なものだった。きっと俺が何を言わんとしているか測りかねているからかもしれない。


「俺の方がずっと、姫野さんに夢中なんです」


俺はボウッと俺を見上げたままの彼女の両手を取った。


「貴女とずっと一緒にいたい。姫野さんがいれば、いつも俺は元気でいられるんです。……もう二度と貴女を手放したくない。もし貴女も同じように……思ってくれるのならば、俺と―――結婚してくれませんか?」

「えっ……」




彼女は我に還ったようにパチクリと瞬きを繰り返した。




「えっと……」




そして何故か助けを求めるようにキョロキョロと視線を彷徨わせた。

逃がすものかと俺は握った手に力を籠める。痛く無いよう細心の注意をほどこして。

彼女はガッチリと補足されたまま、心細そうに俺を見上げた。


「でもまだ……付き合って半年しか……熊野さん、勢いで決めちゃって―――後悔しませんか?」


逆に心配されてしまって―――苦笑してしまう。


「俺は後悔しません。むしろ今申し出ないでいる方が―――後悔します。これから仕事はもっと忙しくなるでしょうし、十分に会う時間を作れるかどうかわからないですけど―――だからこそ少しでも一緒にいたいんです。ここですれ違って、いつの間にか離れる事になりたくない。もうそんなのはコリゴリです」


小学校の頃、浩太が入れ替わりを言い出さなくなって―――その間浩太に虐められた姫野さんは違う中学校へ去って行った。もう二度と彼女に会えないと思っていたのに、偶然彼女を見掛けて追いかけたピアノ教室で再会する事が出来た。

往生際悪くあちこち誘って……距離が縮まって行くに連れドンドン彼女を好きになって行ったけれど、自分が彼女のトラウマを作った原因そのものだったと打ち明けられないまま……ズルズルとそばに居続けた。


彼女に自分と兄の素性を打ち明けて―――まさか許して貰えて、しかも俺を好きになってくれるなんて思っても見なかった。


だからもう遠慮したりなんかしない。

ほんのちょっと躊躇ためらっている内に状況が変わって会えなくなるなんて事が、今後また起こらないとは言い切れない。俺にとってもあの出来事はトラウマだったのだ。


俺を見上げる昔とほとんど変わらない、まっすぐな瞳。

いつもはのんびりとしている彼女が、好きなピアノを弾いている時だけは別人に変わる。ピアノを前にした彼女も、のほほんとした呑気な彼女も両方、ずっと俺の傍にいて欲しい。―――そうしてくれるって約束して欲しい。




俺の勢いに押される形で、彼女はオズオズと頷いた。




その微かな了承を見逃したりしない。

俺はギュッと彼女を抱き寄せた。

そしてホーっと溜息を吐く。




良かった……!本当に。




「熊野さんっ苦しいです……っ」




あ。

嬉しくて力を入れ過ぎた。



次回、最終話となります。

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