レッスン46
「本当にお前は……」
梶原君は顔を歪めた。
まるで泣き始めるような、クシャっとした表情で。
「……」
「な、なに……」
梶原君はテーブルに被さるようになっていた体を、どさっと背もたれに戻した。そしてプイっと横を向いてしまう。
な、何?何を言いたいの?
気になるんだけど……。
そこへ次の料理が配膳された。
皆一端話を止めて、配膳されたばかりの料理を覗き込む。
本当に目で美味しい、食べてお美味しい一石二鳥の料理の数々だ。恐れ入ります……。
「『お造り』可愛い」
思わずポロリと称賛の言葉が零れる。
ぽってりとした白い陶器の皿に、笹の葉が敷かれ、白身魚、ハマチ、マグロと甘海老が彩り良く配置されている様は、まるで華道の作品のようだ。添えられた飾り切りのニンジンと冬瓜が、よりそれらを引き立てている。
「うん、エビが甘い」
熊野さんがパクリと一口で飲み込んだ甘海老を褒めた。
梶原君も黙々とスゴイ勢いでお造りを大きな口に放り込んで行く。私も同じく、パクリパクリと一心不乱に食べ進めた。
一番最初にお皿をペロリと平らげた熊野さんが、ペロリと唇を舐めた。
それをつい目にしてしまった私は、心臓をドッキューンと撃ち抜かれてゴクリと白身魚を丸のみしてしまった。
の、喉が苦しい……!
……みかん酒を慌てて喉に流し込んで事なきを得た。
熊野さん―――貴方がカッコいいという事は罪です。
私を何度キュン死に寸前に追い込めば気が済むんですか……!
すると熊野さんがワインを一口含んで、笑った。
え?私の心の声が、もしかして聞こえちゃった……?!
「『優し過ぎる』って、言いたかったんだろ?」
テーブルに肘をつき、身を乗り出して熊野さんが梶原君の顔を覗き込んだ。
梶原君はそんな熊野さんの顔を睨みつけるように見てから「違う」と言って目を逸らした。
ん?
何の話?
二人の会話にピンと来るものが無いので、聞き流した。
どうやら私の騒がしい胸の内を見透かされたようでは無いらしい。
思わずホッとして、次に箸を進めた。
それに食べ終わった熊野さんと食べ終わりかけの梶原君と違って、私の『お造り』の減り具合はまだ半分だ。急かされている訳では無いけれど、集中してさっさと食べ終わりたい。
熊野さんの言葉にムスっとした様子の梶原君が、今度はせっせとお刺身を口に運ぶ私をギロリと睨みつけた。
背中に悪寒が走る。
どんぐりをせっせと埋めていたリスが、自分に狙いを定めた狐の視線に気づいたように、私はビクリと体を一つ震わせて、そろそろと顔を上げた。
ひぃっ!
だ、だからそのしかめっ面が怖いんだってば……!
「違う。『優しい』んじゃない、そういうのは馬鹿みたいな『お人好し』って呼ぶんだ」
「―――本当に素直じゃないんだから」
熊野さんの溜息が聞こえて、隣を見る。
私を見守る様に、微笑んでいた。
「姫野さんの事ですよ」
「……え?……」
「浩太が姫野さんは『優し過ぎる』って」
「違う。どうやったらそう聞こえるんだ。度を越えた『お人好し』だって言ってるんだ」
「―――不器用にもほどがあるだろ。素直に言えよ。姫野さん、『許す』って言った貴女の言葉に、浩太はかなり戸惑っているんです。コイツの辞書にはそういう言葉は最初から載っていないから。素直に『ありがとう』って言えない奴で、本当にすみません」
ようやく熊野さんの言っている言葉を理解した。
思わず梶原君の顔を振り返る。
目が合うと―――彼はボンっと顔を朱くして。
慌てたようにまた顔を背けたのだった。




