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レッスン44



一品目は『枝豆の当座煮』




「う……おいひぃ」

「出汁と枝豆の風味が合うな~」




私と梶原君があまりの美味しさに悶えている様子を見て、熊野さんは目元を綻ばせていた。


「ちょっと、辛くて食欲が進むでしょう?」

「そうですね、もっともっと食べたくなります」


枝豆を食べながら優しく微笑む熊野さんが、眩しい。そして、枝豆が美味しい。


「『当座煮』って初めて聞きました。癖になりそう」

「暫くの間日持ちするって意味で『当座』って呼ぶらしいですよ」

「へぇ~」


さすが熊野さん!物知りだぁ。


「豪太はホントにウンチク大好きだよなぁ」


とか呆れたようにブツブツ言いながら、枝豆をパクパク頬張る梶原君。うーん、やっぱり性格の違いって顔に出るなあ。造作はそっくりだけど、話すと別人だわぁ。理詰めで突き詰めるタイプの熊野さんと、勢いと要領の良さが目立つ梶原君。私が熊野さんと話しても梶原君を思い出さなかったのは、きっと同じ遺伝子でできている筈の二人の性格が掛け離れているからだ。




「浩太が適当過ぎなんだよ」

「経営者は適当くらいでちょうどいーんだよ」




絡まれつつも、熊野さんは楽しそうに返事をしているから、こういう遣り取りが二人の『普通』なんだろう。


枝豆が無くなりつつあるタイミングで、次の料理が配膳された。


「『とうもろこし豆腐』?これも初めて食べます」

「精進料理ですよ。食べてみてください」


黄色いお豆腐だ。

わさびを乗っけて、パクリと一口。




あ。




「あっまー……。何この甘さ」

「うん、旨い。俺は懐石で食べた事あるけど、ここのは本当に美味い」




またしても、感動に騒ぐ私達。

それにしても梶原君ってお金持ちのお坊ちゃんのハズなのに、いちいち食べる度に騒ぎ過ぎだと思う。高級な料理、食べ慣れているだろうに。


「あんだよ」


私の内心の声が聞こえたみたいに、ジロリと私を睨む梶原君。

ちょっとヒヤっとするけど、もう体が硬くなるほどの恐怖心は無い。熊野さんとの遣り取りの打ち解けた雰囲気に、私の緊張も少し解れたようだ。


「梶原君って、御曹司っぽく無いですよね。……前からだけど」

「はぁ?何それ。お前の言う『御曹司』ってどんなイメージだよ」

「えー……」


私はちょっと目線を上に向けて考える。

それから、指を折りながら『御曹司』の条件を口にした。


「優しくて……スマートで……落ち着いていて、いちいち小さな事で慌てたり騒いだりしなくて……?美味しい高級料理食べなれているから、少なくとも一口食べる度にわぁわぁ騒がない……」


ワイングラスに口を付けようとしていた熊野さんが、堪えきれないようにククク……と笑いだした。

相変わらずの笑い上戸ですね。


「アハハ……それは、もう浩太じゃないね」


熊野さんが意味ありげに梶原君を見ると、彼は口を尖らせた。


「何だよ。俺だって、会食や招待で高級料理食べてるぞ―――でも、忙しくてのんびり食べている暇無いから、こーやってゆっくり味わうの久しぶりなの!豪太の選ぶ店って、いつも美味うまいとこばっかだしさ。期待を裏切らないなって感動しちまうんだよ……」

「そっか!今言ったイメージって……どちらかというと熊野さんそのものです」


私がパンっと両手を打ち合わせると、気を取り直してワインに口を付けていた熊野さんが、ゴホッと噎せた。


「俺、思いっきり庶民だけど……」

「確かに、お前の方が御曹司っぽい。物腰柔らかだし、女に優しーしな。それにな―――ったく、いつの間に姫野と仲良くなっちゃってるんだよ」




梶原君の指摘から目を逸らし、熊野さんは気まずそうに、咳払いをした。


あ、目が合った……。




頬に血が上っていくのが、分かる。

熊野さんの双眸から目を離し難くて困っていると「何見つめ合ってんだよ」と梶原君の突っ込みが入った。




ああ、やっと視線を外せた。

うわぁぁ……あっつい。首が。




熊野さんはもう一つ咳払いして、話題を変えた。チラリと見ると熊野さんの耳もうっすら朱い気がする。


「そういえば、お前―――何で今日レッスンだって知ってたんだ?」

「ん?電話聞いた」

「予約した時のか?―――どこで?」

「ホテルのお前の部屋。俺、お前の部屋で昼寝してたから」

「はぁ?勝手に入るなよ……」

「俺が取った部屋だし」


悪びれない梶原君を熊野さんは睨みつけた。


「……今日は何で、俺を部屋に閉じ込めたんだ」

「だってさ、マンションで姫野と鉢合わせした時、レッスンの講師だって分かったから。久しぶりに『入れ替』わって、お前の代わりにレッスン受けてやろうかなーって。でもまさかあんなに早くバレるとは思わなかったなー」


ハハハと、笑う梶原君。その表情には罪悪感の影は一粒も見受けられない。

熊野さんは『呆れ返った』と言うように、ハーと大きく溜息を吐いた。




「バレないワケ無いだろ。それにお前はピアノ弾けるんだから、習う必要無いだろ」




ええ!




「梶原君、ピアノ弾けるの?」




ビックリして身を乗り出すと、梶原君はシシシ……と悪戯っ子のように微笑んだ。

あ。吃驚し過ぎて敬語が飛んでしまった。




「まーねー。習い事は一通りやったから。小学校の頃はサボってたけど……中学校から、真面目になったしな」




そう言って、ちょっと寂しそうに微笑んだ。




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