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レッスン40



口の右端を上げる嗤い方―――その表情はまさしく小学校の頃のいじめっ子『梶原君』のものだった。


こうして見ると表情の違いが、見る者の印象をかなり変えるんだって痛感する。

子供の頃入れ替わっていた時は、それほど目立たなかったのかな?それとも私が熊野さんを身近でよく観察していたから、些細な違いを見つけられるのだけなのだろうか?


梶原君もやはり、熊野さんに負けず劣らず長身で体格が良い。勿論ホッケーで鍛えて来た熊野さんの方が、より筋肉質で胸板とか体全体が厚い感じがして一回り体が大きい気がするけど。

熊野さんソックリの顔は精悍だ。体格に比して頭が小さく手足が長い。パッと見、プロポーションが一般人とかけ離れている。それを包むスーツは明らかに上等でその体格を引き立てるような上質な仕立てに見える。もしかするとオーダーメイドかもしれない。


だけど本能が私に警鐘を鳴らす。反射的に体が縮こまって硬くなってしまう。

そんな私の緊張を尻目に、梶原君はニヤリと嗤って口を開いた。




「……こんにちは」




声質はそっくりだ。電話で聞いたら熊野さんと間違えてしまうかもしれない。




この人は、子供?子供なの……?

見た目だけは立派な青年に見えるのに、小学校と同じ悪趣味な悪戯を仕掛けるなんて。




「……」

「レッスンの続きをお願いします」

「……は?」




思いっきり眉を顰めてしまった。

梶原君の言っている意味が分からなかった。まるで熊野さんに成り代わったような言い方。


「……梶原君でしょ?」

「あれ?バレた?……おっかしーな」


やはり梶原君は、また性懲りも無く『入れ替わり』を画策していたらしい。


「な、何しに来たの……?」

「え?ピアノ教室でやる事なんて決まっているでしょ?」

「レッスンを受けているのは熊野さんであって、梶原君じゃない」

「似たようなモンでしょ?」




何を言うか。

全然違う。




「怖い顔しちゃって……気ぃー強くなったな」


くすっと笑う余裕の表情に、思わずカッとなる。

あんたの所為で私はねぇ……どんなに辛かったか!

それなのに屈託のない顔で『気が強くなった』の一言で済ませるなんて。


「帰ってください」

「『お客様』に向かってそれは無いんじゃないの~」

「私の『お客様』は熊野さんです……!梶原君じゃない」


梶原君は頭を掻いて、それからニコリと笑った。


うっ……素直に笑うと熊野さんに重なって、カッコ良く見えてしまう。

それにこの余裕。女子にモテまくっている雰囲気がぷんぷんする。


だけど中身があのいじめっ子だって分かっているから、全くときめかない。湧き上がるのは嫌悪感と恐怖心だけ。脚が震えないように私は虚勢を張って、いつもは言わないような強気な言い回しをしてしまう。それが相手の逆鱗に触れないかと内心ヒヤヒヤしているんだけど。




「随分言うようになったんだな」




梶原君がスっと、真顔になった。

私は内心「ひっ」と悲鳴を上げた。こ、こわい!




「姫野先生……俺にもイロイロ教えてよ。豪太に教えているみたいに、優しくさ」




そう言って梶原君は一歩こちらに踏み出した。

それに合わせて私も一歩後ずさる。


「豪太と何処まで行ってるの?」

「ど……何処までって……」


ジリっと、また一歩梶原君が踏み出し、私も一歩下がる。


「豪太といつも防音室で……どんな事しているんだ……?」


また梶原君が前に出て、私が後ずさる。

とうとう背中がトンっと壁に付いた。


「何処まで行った……?」

「ろ……」


私の顔のすぐ横に梶原君の腕が延びた。彼は壁に手を付いて、長身を折り曲げ私の顔を覗き込む。


ちょっちょっと。

背の高い梶原君に見下げられると、照明が遮られて影に包まれる。

それが私の恐怖心を更に煽る。


「『ろ』?」

「ろ、六小節までですっ……!まだ途中なんです」

「……」


途端に梶原君の精悍な目元が顰められ、半眼になった。




ひいぃっ




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