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レッスン27



真っ赤になって口をパクパクさせている私を見て、熊野さんはクスリと笑った。


「まあ、だいぶん先の話ですからね。考えておいてください」


私を安心させる口調でそう言って、熊野さんはパンフレットに目を落とした。




きっと熊野さんは誤解している。私が熊野さんのお誘いに吃驚して躊躇しているんだろうって。

行きたい……一緒に行きたいし、そう言いたかった。

なのに恥ずかしくて。

そのうえ自分からまた会いたいって言いたかったのに―――まさにその話題が熊野さんの口から出て来て、図星を突かれたみたいに動揺してしまったんだ。


とにかく気持ちを落ち着けよう。

一緒に行きたいって気持ちを伝えるのは後でも大丈夫。だってまだ今日は始まったばかりだし、レッスンはまだ終了していないんだから。


「じゃあ、そろそろ移動しますか」


熊野さんの声掛けで、当初の目的を思い出した。

そうだ。熊野さんに道産ワインを堪能してもらって、今度こそ私が彼をもてなすのだ。


「ワインとチーズのブース、行きませんか?道産ワインも用意しているらしいですよ」


私が熊野さんの持っているパンフレットの一部を示すと、熊野さんの声のトーンが少し上がった。


「いいですね。行きましょう」




ワインブースに来たものの、何を選んでよいかさっぱり分からない。

私は熊野さんにお勧めを教えていただく事にした。


つまり丸投げである。


『もてなす』と息巻いておいて、すぐに放り出すなんて中途半端だなぁと思うけれども。一口も飲んだことの無い私より、詳しい熊野さんが選んだほうが絶対美味しい一杯を選んでくれる筈だ――――と、都合よい解釈をして一歩下がった。


思い込みは激しいが、頼れるものは頼るという潔い処が私の長所である……え?……言い訳が上手い?なんとでも言ってください。美味しい物が正義です。熊野さんのチョイスを私は信用しているのですっ!


案の定、熊野さんが選んだワインは飲みやすくて、フルーティ。私の口にぴったんこ!な白ワインだった。一方熊野さんが自分の為に選択したのは赤ワイン。


ここで私は麻利亜の教えに忠実に従った。

『一つの皿から分け合うべし』と言うあれだ。『ソフト・ボディタッチ』という高度な技は私にはハードルが高い事が判明したので、今日はこれ一辺倒で押しまくる所存だ。


「それ……どんな味なんですか?」


と勇気を出して、切り出した。


つまり「一口下さい!同じグラスのものを飲ませてください!」と遠回しに提案したのだ。


この、意図が相手に通じるのか通じないのか微妙な台詞を言うために、口を散々パクパクと開けたり開いたりし、背中と掌に大量の汗を掻いた。この事実一つとっても私の恋愛偏差値というか女子力の低さが明らかになるというものだ。

絶対に熊野さんには、知られたくない事実だ。


熊野さんは私の大汗にも挙動不審にも気付かない様子で、「ん」と言ってグラスを差し出してくれた。


な、慣れてるな~。


彼は女の人と食べ物や飲み物を共有するのに、何の衒いも無いようだ。ちょっと胸がチリリと痛む。


私は沸騰しそうな頭でふらふらしながら、グラスを受け取った。

せめて間接キスにならないよう、熊野さんが口を付けた部分を避けて口を付けた。ドキドキし過ぎてワイングラスに着く直前の唇が『タコちゅう』みたいになっている気がする……。


あ~何でもっとスマートにできないかなぁ~、私……。


熊野さんが選んでくれた白ワインと違って、少し渋みとコクがある気がする。

熊野さんって大人だ。

私よりずっと年上で経験豊富なんじゃないかって錯覚する。


でも実は同い年なんだよな。


同い年って知ったのは、熊野さんの事を麻利亜に相談するにあたって出来るだけ情報を集めるよう言われたから。それに、遥人君と同じ高校で同期っていう事からも年が近いって分かって、内心驚いていたんだ。

改めて確認するとちゃんと申込書に記入欄があって、年齢が書いてありました。いかに最初私が色んな事を見落としていたか、熊野さんをちゃんと見ていなったかってことが改めて浮き彫りになったエピソードだ。




「俺も味見しよう」




そう言って、熊野さんは立食形式の高いテーブルの上に私が放置した白ワインのグラスを手に取った。


ああ!そこは!……私が口を付けた処ではありませんか!!


熊野さんがサラリと一口飲んだグラスを元に戻した。「うん、やっぱ旨い」とか呟いて気に病む様子も無い。私は衝撃を受けて固まった。


絶対、私よりずっと恋愛偏差値が高い。熊野さんって。

それとも、全く気にしないタイプ?天然とか……。

少なくともエスコートの仕方や食事の誘い方のスマートさなんかから、女の人と付き合った経験はあったんだろうなって気がする。あ、遥人君みたいな『宇宙人』と一緒にはしてないけど。きっと真面目なお付き合いだよね。


でもそれでも、ちょっとモヤモヤしちゃう。

独身だって事は知っているし、今付き合っている人はいないと以前言っていたけれど。

今日までの間に誰かと付き合う事になっていたりしないだろうか……?付き合ってなくても好きな人がいるとか……。

今までどんな人と付き合って―――どんな女の人がタイプなんだろう?

これだけカッコ良い人がモテないワケ無いんだけど――――だからこそ焦っちゃう気持ちがある。もし今完全にフリーだったとしても、すぐに誰かから声が掛かるだろうって気がする。




うーん、『恋愛』って大変。




気付いてしまったら、ドキドキやワクワクだけじゃなくて―――焦る気持ちや自分の到らなさが浮き彫りになって、浸ってばかりいられないんだ……。


気付くの遅すぎ?

みんなこんな悩みは中学校や高校で通過済みなんだろうか。




気持ちを落ち着けようと一口グラスを煽ると。

白ワインのフルーティな香りが鼻に抜ける。




『恋愛』も、こんなふうに爽やかな後味だけ残してくれればなぁ。

赤ワインが齎すような『雑味』や『渋み』は――――対男性対応不足で恋愛初心者の私には……まだ荷が重い。




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