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レッスン23


「それは、やっぱりそういう事なんじゃないの?」

「そういう事って……?」


円山にある古いオフィスビルをリノベーションしたカフェで、私は恋愛における百戦錬磨の達人(と勝手に私が呼称している)―――友人、麻利亜まりあと向き合っていた。私の質問に答えず、スパイスの聞いたカレーを頬張った彼女はもぐもぐと口を動かした。

ちょっと焦らされたていの私は、ランチ定食のしまほっけを箸でほぐそうとした手を止めて麻利亜をじっと見た。


もぐもぐ、ごっくん。


大きい声を上げる事さえなさそうな美しい顔の割に食いしん坊の彼女は、ゆっくりとカレーを味わってから再び口を開いた。


「麗華に気があるんじゃないの?だから『接待の下見じゃない』って、答えたんでしょ?」

「……そうかなぁ……」




『これって、接待の下見ですか……?』

『違いますよ』




じゃあ、どういう……と聞きかけて呑みこんだのは、つい先日のこと。




もしかして、もしかして。

ひょうっとして熊野さんは私のこと……




いやいやでも……とグルグル考え始めた私は、この手の事に詳しい専門家に縋りついた。


麻利亜は涼しい顔で、そんな私を一刀両断した。


「つーか、麗華がその『熊野さん』の事、気になってるんでしょ?だから相手の出方が気になる、と」

「ま、そうです……ハイ」


私は真っ赤になって俯いた。

なんと続けてよいか分からず、しまほっけに再び箸を伸ばした。

口に運ぶと何とも良い味わい。じんっと旨味が口の中に拡がり、香ばしさが鼻腔をくすぐった。うーん、美味。


「告白しちゃえば?」

「え!」

「何かまずいコトある?」

「だって、仕事の……『お客さん』だよ?」


レッスンに通う生徒さんに告白って――――相手にその気が無かったら、セクハラだ。それに気まずくなって、レッスンをやめてしまうかも。

いくらなんでも、それはちょっと私の立場では難しい。


眉をしかめる私に、涼しい顔でスープを飲みながら麻利亜が言った。


「だってさ~、あっちからドンドン誘ってくるんでしょ?絶対気ぃあると思う。だから大丈夫なんじゃない?」

「違ったら、どーする?!痛い『勘違い女』じゃん!」


私は真顔で麻利亜を睨んだ。


「え?……『相談したい』って言って呼び出しておいて、そう言う態度?」


今度は麻利亜が私にスゴんだ。

美人が真顔になるとコワい。私はすぐにシュンとなって、白旗を上げた。




『麻利亜』と『麗華』




どちらもキラキラネームだけれども、麻利亜の場合は私と違って名前負けでは無い。


綺麗で自信があって、姿勢が良くて食事の仕方が美しい。

お家もここから近い瀟洒な高級住宅街にあって、見たまんまお嬢様だ。だからだろうか、時々ビシッと凄まれると、その生まれ持ったカリスマ性というか人を従える雰囲気に圧倒されて、反射的に固まってしまう。


本人にそんなつもりがないの、分かっているから付き合いが続いているんだけどね。

私も結構言いたいコト言うし。


だいたい私がウジウジグダグダ言って、麻利亜がバッサリそれを諫めるってパターンだ。麻利亜の言っているのは正論なんだよね。だから麻利亜が正しい。

でも私は私で自分の気持ちを偽るコトができないから、正直に話す。麻利亜はバッサリ言う割に懐が深いというか――――懲りずに私に付き合ってくれるから、結構対等な関係なんだ。

だって、思い込みの激しい私のぐるぐる行ったり来たり堂々巡りの愚痴聞くのってかなり精神的に大変だと思う。私は結局、麻利亜の優しさに甘えているのだ。

だけど地味な私と美しい完璧なお姫様のような麻利亜が一緒にいるのを、主従関係のように勘違いする人もいる。親しい人はそんな勘違いはしないけれどね。


麻利亜も麻利亜で、結構恋愛には苦労している。

モテるんだけど近寄ってくる男の人が清楚で嫋やかに見える彼女を性質を勘違いしている事が多く、ビシバシ言われて退散してしまう結末になってしまう事が多い。だから付き合うまではスムーズだけど、サイクルが短かったりする。なので彼女にとっては不本意ながら、結果的に『百戦錬磨』になってしまったのだ。

じっくり付き合えば、麻利亜の優しさが伝わるのになーと、彼女から逃げて行った相手に対していつも思うのだ。




「でもでも……だってさぁ~」




私がウジウジ言うと、麻利亜が再びモグモグごっくんとカレーを呑み込んで、ビシッと私に指を突き付けた。


「じゃあ、今度は麗華から誘ってみたら?気があるんだったら、ホイホイ誘いに乗ってくるんじゃない……?そんでこっちから告白できない事情があるんなら、あっちに言わせるように、アピールすんのよ!生徒さんから告白される分には、問題ないんでしょう?」

「うぅ……『アピール』?……『アピール』って……どうやってすんの?」

「任せなさい!私がとっておきの技を教えてやるから」


どんっと胸を叩いて、力強く麻利亜が頷いた。




その自信あり気な表情を見て、私の背筋に何故か冷たい物が走ったのだった。




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