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レッスン13



驚きに目を瞠った遥人君は、次の瞬間その整った顔を柔和に緩めた。


「麗華ちゃん、こんばんは」

「あ、こんばんは……遥人君」


普通に挨拶されて咄嗟に普通に返す私。


「……へぇ、熊野と知り合いだったんだ」


遥人君は熊野さんをチラリと一瞥した。熊野さんは凶悪なしかめっ面のままだ。


ビビりながらも思う。

熊野さん、何を考え込んでいるんだろう……。

熊野さんがしかめっ面をしている時は、何か考えごとをしたり戸惑ったりしている時……のハズ。

決して怒ってはいない……いないハズ……。

だから私を責めている訳じゃないハズ。……落ち着け私。


と、自分に言い聞かせる。


「熊野、コワい顔していると麗華ちゃんが怯えるぞ」

「!」


熊野さんは弾かれたようにスッと無表情になった。

……大丈夫なのになぁ、だいぶ自分に言い聞かせられるようになったから……確かに怖いのは怖いけど。


「なになに?望月も知り合いなのか?熊野のお連れさんと」

「うん、昔馴染み。ね!麗華ちゃん」

「あ、うん」

「そうだ。この間ご飯食べようって約束したじゃん、せっかくだから一緒に飲もうよ」

「……えっと」


私は熊野さんをチラリと見た。

熊野さんは未だ無表情を保っている。何を考えているんだろう。


「な、熊野。ちょっとだけ。良いだろ」

「いや、姫野さんは、もう帰さないと……」

「んじゃ、麗華ちゃんが良いって言えば良いんだな?麗華ちゃん、ちょっと顔出すだけで良いから合流しよ」

「あ、はぁ……」


思わず、微妙な相槌を打ってしまう。

曖昧な返事をしながらも、私はさっき考えていた通り最初少しだけ同席し、熊野さんを残して帰れば――――熊野さんの足を引っ張る事にはならないだろうと頭の隅で計算をしていた。


でも一方で私はちょっと吃驚していた。

優しくてむしろ大人しい印象だったのに、遥人君、なんか押しが強くなった……?それとも昔から元々そういう性格で、ピアノ教室では違う顔を見せていたのかな?


遥人君って結構強引なんだ。


柔和な顔に似合わないなぁ。でも、男の人って普通こういうモノ?それとも仕事し始めて変わったとか……?同世代の男性との付き合いが皆無だったから全くわからん。


そんなワケで私は少し面食らっていた。

だからそれほど深く考えずに頷いてしまった。


「熊野、麗華ちゃんいいって。奥に移動しようぜ」


遥人君は私の呑みかけのビールと熊野さんの『北乃勝』に手を伸ばし、持ち上げた。


「お、熊野合流?」

「やったー熊野君、呑もー」


入口で私達を待っていた二人が嬉しそうな声を上げた。

あら。熊野さんってもしかして人気者なのかな?







** ** **







奥の小上がりはこじんまりしていて、しかも私達二人が合流したせいで人と人の間が密集してしまった。掘り炬燵に座るとちょっと近いなぁと思ったけど、熊野さんと女の人の間に席を確保する事ができたので、とりあえずホッと胸をなでおろした。

左隣が熊野さん、その向こうに入口で待っていた女の人、そして右隣が先に奥に入って席に着いていた小さくて優しそうな女の人で、その向こうに遥人君が座っていた。


「じゃあ皆さんご注目!せーの、カンパーイ!」


唱和したのは入口で待ってくれていた男の人。

どうやら幹事っぽい立ち位置らしい。いろいろ気を配って、飲み物が空になった人がいればメニューを渡したりクルクルと立ち回っていた。


「じゃあ、皆さんお仕事仲間なんですね」

「そうなの。部署は違うけど新入社員研修で一緒だったメンバーで、毎年『サッポロたぱす』の時期に集まって呑みに来ているんだ」


お隣の優しそうな小柄な女の人が、ニコリと笑って説明してくれた。


「『積谷ホーム』って知ってる?熊野君と望月君は営業だけど、私は設計なの」

「へー!じゃあ、おうちの図面を描いてるんですか?」

「そう、描いているって言ってもキャドだけどね」

「きゃど?」

「えっとね、パソコンでお絵かきしているの。だから実際鉛筆で書いている訳じゃないんだよ」

「へぇー」


『積谷ホーム』ってテレビでよくCMを流しているハウスメーカーだ。確か地元の優良企業で結構有名な会社なハズ。


熊野さんって、ハウスメーカーの営業だったんだ。

友人が『百万円の壺売りつける気だね』ってドヤ声で言っていたコトを思い出す。

百万円どころか、家一件買ったら二千万か三千万余裕で無くなっちゃうな……。


「それにしても違う部署で働いてるのに、毎年集まれるって仲が良いですね」

「アハハ、そうだね。それは望月君のおかげかな?皆に声かけてくれるから」

「ん?もしかして、俺のコト話題にしている?」


彼女の隣から遥人君が顔を出した。

小柄な女の人は笑って答えた。


「うん、悪口」

「ひでー!麗華ちゃん、コイツの言う事信用しないでね」


女の人がからかうと、遥人君が大袈裟に呻いた。

ニヤニヤしている女性の隣から顔を出し、私は一応フォローした。


「嘘ですよ、褒めてました」

「マジ?」


笑って応じながらも、私は実は驚いていた。


なんか遥人君って思っていたイメージと違う。ノリが良いんだなぁ。

それに、女の人とも男友達みたいに話している。私と違って、小学校の頃の体験はトラウマにならなかったんだな。羨ましい……。




きっと遥人君は苦手意識を克服する努力をしたのだろう。

だから屈託なく女性と話せるんだ。



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