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ミステリー・レコード  作者: 天海 扇
壱 平和break
5/21

No. 5

     *




「ということで、この時この国では、」

「先生、小麦が小妻になってます」

「ん、あぁすまん。いやぁ俺も年だなぁ。他にもおかしいところを見つけたら遠慮なく言ってくれ」

 世界史の先生が、生徒に指摘された箇所を直しながら笑ってそんなことを言う。

「せんせ~、ウィッグがずれてま~す」

「ウィッグじゃなくてカツラだ~、宇賀神(うがじん)

 クラス内に笑いが起きる。堂々と指摘する彼女は凄いな、と思う。生徒の前でカツラを直す先生も凄いけど。

 少ししてチャイムがなると、先生は何事もなかったかのように号令を指示し、生徒達の起立、礼と共に授業が終わりを告げる。

「うがじぃヤバイな」

「うん。凄いな」

 隣の席の奴に声をかけられ、適当に返事をする。名前は確か……………………。うん。

 そんなことより自分的には、発言の内容よりも彼女の『宇賀神』という苗字の方がすごいと思う。皆は慣れているみたいだけど、僕は未だに彼女の苗字に感動のようなものを覚える。ちなみに、『うがじぃ』は彼女の愛称だ。他には『じんじん』と呼ばれていたり、ノートを持った長髪の男子に『神ぃぃ!!』と呼ばれているのを見たことがある。なぜだかその男子は体がゴツい生徒に取り押さえられていたが。

 とまぁ、そんなことはあったのだけれど、今日の午前中の授業は、特になんの問題もなく終了した。

 ()いて言うなら、二時間目の体育の際に行った鉄棒の授業で、クラスメイトの山田が遠心力に耐えれずにマットの外側まで飛んでいってしまったり、とかはあった。また、同じくクラスメイトの田中が空中で体を捻り、二回転しながら着地を成功させていたり、とか。そんなことがあったりしたが、この二人に関してはこれまでの一ヶ月で慣れていたので、特に何か思うことはなかった。

 いちいち驚いていたら体がもたないと、僕は悟ったのだ。よって、僕の中では二人の奇行によるおどろきよりも、宇賀神ショックによる驚きの方が度合いが大きいのだ。簡単に言うなら、感覚がマヒした。

 まぁ、宇賀神ショックと同じか、それ以上の驚きを与えてくれた存在がこのクラスにはいるのだが、どうやら今日は休みらしい。昨日のことについて聞きたいことがあったのだけれど、何かあったのだろうか……。

四津木(よつぎ)、昼一緒にいいか?」

 昼休みに入り、机の横にさげたリュックから弁当を取り出したその時、声をかけられる。

 僕は顔を上げて声の主を確認し、特に断る理由もないので「いいよ」と答える。声の主は、眼鏡をかけた厳格(げんかく)なイメージの男子、田中だ。

 失礼なことを言うが、彼は見た目のわりには勉強が得意ではない。頭が悪い、というわけでは決してない。僕の勝手なイメージなのだが、彼は勉強に専念していて運動は得意ではない、そう思いこんでいた。あと、学級委員とかやってそうだなぁ、とか。現実はずば抜けた運動能力の持ち主だったわけだけれど。

「あれ……山田は?」

 彼の相棒的存在、山田がいないことに気づき、そう問いかける。

 すると彼は眼鏡をクイッと上げてから、口を開く。眉根を寄せたその表情は不満気だ。

「……」

「……?」

「…………くしゃみが出ない」

「あ~、あるよな~。って、くしゃみかよ。機嫌損ねたかと思ったわ」

 おっと、今度は本当に不満そう。おでこに手をついてため息をついている。

「ふむ……四津木、もう少し良いツッコミはないのか。そんなツッコミでは俺のボケが(かす)んでしまう」

「今のボケだったのかよ」

 というか、元々輝いてすらいないわ、そのボケ。

 今度は僕がため息をついた。田中は僕のイメージとは正反対と言っていいほどに違っていた。別に彼は悪くないけれど、初めて会った時は普通にボケてくる人物だとは思わなかった。

「んで、山田は?」

「何で俺に聞く?」

「いや、いつも一緒にいるじゃん」

「確かにそうだな。俺に聞く理由などそれしかない」

 あ……なんかめんどくさいぞ……。

「じゃあ、どこに行ったんだ?」

「何で教えなければならない」

 …………ほう。

「俺が知っているからといって、お前に教えなければならない理由なんて無い」

「でも、教えない理由もないよな」

「いやある。俺の気分だ」

「あ~……」

 ウザい。初めて会った時は、こんなにウザい奴とは思ってなかった。

 僕は聞き出すのを諦めて項垂(うなだ)れる。別に山田に用事があるわけじゃないのだ。無理に聞く必要なんてどこにもない。

「奴なら保健室か購買だ」

 な~んて思った矢先に言ってくるんだもんなぁ……くそ。

 僕は心の中で「言うのかよ!」と叫び、目の前に座っている田中を睨み付ける。満足気な表情が憎たらしい。

 ん……? そういえば今、保健室って……

「何で行き先の候補に保健室が?」

 確か、彼は先程まで普通に授業を受けていたはずだ。具合が悪いようには見えなかった。むしろ体育館の床に叩きつけられても、笑ってピンピンしていた。いったい何が……。

「ん、俺が殴ったからな」

「は?」

「俺が殴った」

 ……予想の斜め上の答えが来た。加害者かよ、お前……。

「理由をお聞きしても?」

「あいつ、俺の前に来たかと思えば、いきなり笑顔で『購買に行こうばい!』とか抜かし始めたからな。みぞおちに一発いれてやったらダウンしてしまったので、保健室に捨ててきたんだ」

「……何で殴った?」

「あんな下らないダジャレを、よもや俺の前で言ったんだぞ? 口より先に手が出てしまったわけだ」

 お前のボケも大抵下らないよ。誰かの百連発ギャグとかの方がまだましだよ。

「奴も覚悟の上だろう」

 ダジャレを言うだけで何を覚悟すりゃいいんだよ。芸人でもないのに、殴られるリスク背負ってまでダジャレ言うやつなんて早々いねぇよ。

「それにしても、最近の四津木の弁当は美味そうだな」

「ん? そう?」

 田中は僕の弁当を覗き込むと、眼鏡をクイッと上げて「ふむ」と呟く。

「確か、弁当は自分で作ってるんだったな」

「うん、まぁ。おじさんは朝食と仕事の準備で手一杯だからな」

 ついでに言うと、弁当くらいは美味しいものが食べたいからでもある。もしも空腹のピーク時に炭なんて出されたら、たまったもんじゃない。弁当は料理を詰める物なのであって、炭化した有機物を入れる物ではない。

「て、ちょっと。勝手に盗るなよ」

 田中が僕の弁当にあった唐揚げを、箸でヒョイッと奪い去っていく。

「今、取ったぞ」

「事後報告じゃなくて先に言えよ!」

「じゃあ、いただくぞ」

「何で僕があげる前提なんだ。まだあげるって言ってないのに取るなよ!」

「まぁまぁ、そう怒るな。お前にはこれをやろう」

 田中はそう言うと、自分の弁当からポテトを肉で巻いた物を僕の弁当に置いてしまった。

「これ、冷凍食品だよな」

「なんだお前、冷凍食品は美味しくないと言うつもりか! 冷凍食品は手作りの物にもひけをとらない素晴らしいものだ! 俺の弁当は全て冷凍食品だしな!」

 熱弁を(ふる)う田中。冷凍食品でここまで暑く語る人間を初めて見た。だが、そこまで冷凍食品を愛しているというなら、

「そんなに言うなら、自分のを大人しく食べれば良いだろ」

 当然、こう思う。

「そうは言っても、やはり手作りの方が良いだろう」

 だが当然、田中は止まらない。止まれよ田中。

「あ、おい!」

 僕の抗議などは全く気にせずに、田中は僕の作った唐揚げを口に運んでしまう。

 あぁ……大好物なのに……自分で作ったのに大好物って言うのもなんだけど……。


 昼の楽しみと言っても過言ではない唐揚げを奪われてしまった僕は、その後の食事をムスッとしながら食べることになった。そういえば、北海道では唐揚げのことを『ザンギ』と言うこともあるんだとか。方言は面白い。あぁ、食べたかったな唐揚げ……田中の野郎め……。

 方言といえば、こっちに来てから話が通じなくて困る、という経験は少ないように思う。宮崎さん(いわ)く、北海道はほぼ標準語らしい。方言を使う人もいるけど、使わない人も多いんだとか。きっとあの人の主観での話だからあまり信用できない情報ではある。だが、北海道に来たら『なまら』とか使っているところを聞けるのかと思っていたのだが、今のところ使ってる人を見たことがない。そこら辺は少し残念ではある。よく聞く方言といえば、『ごみを投げる』だろうか。

 と、食事を終えた僕は田中の話を無視して、方言について考えたりしていると、教室の扉が勢いよく開いて、そこから満面の笑みの山田が現れた。両手にはいくつものパンを抱えている。

「生きていたようだな」

 舌打ちをしながら田中が呟く。殺す気で殴ったんだろうか。

「いっやぁ、途中教頭とすれ違ったけど、いつものことながらすげぇなあの匂い。香水かお香か知らないけど、少し嗅いだだけで甘ったるすぎて気持ち悪くなるぜ」

 山田は、こちらに気づくとうんざりした表情をしてこちらに向かってくる。

 彼が言う通り、この学校の教頭からは強烈な匂いがする。加齢臭を気にしているのか趣味やオシャレの類いなのかは知らないが、非常に迷惑極まりない人物である。その部分を抜けば優しそうなおじいさんだというのに、その欠点一つで一気に印象が悪くなる。なかなか残念な人だ。

「そんなことよりも……おい聞いたか田中!」

「なんだよ山田」

「最近この学校にはな、こわ~い噂が流れてるんだぞ!」

「へぇ、そうなのか」

 あ、興味なさそう。

「なんだよ~、反応悪いなぁ」

「正直に言おう、興味がない。俺はオカルト話なんて全く信じていないし興味がないんだ。いいか? 俺はお前の話題に対して、興味がない」

 興味がないって三回も言ったぞこいつ……。

「とか言って、実は気になってんだろ? その噂の名前はな~」

 三回も興味がないって言われてるのに、全く話を聞かないで話し始める山田も流石だな……。

「お前は昔から俺の話を聞かないな」

「だってこうでもしなきゃお前、聞いてくれないだろ」

 そりゃそうだな。何しろ田中は微塵(みじん)も興味を感じてないわけだし。

 だが田中は、山田の勢いを見て諦めたのかため息をつくと、「仕方ないから聞いてやる」と言って、背もたれに体重をかけて座り始めた。

「そういや、聞いたことあるかも。なんだっけ名前?」

 確か、鏡がどうとかって名前だったはず。

「おぉ四津木も知ってるか! その噂の名前はな、『カガミノナノハ』っていうんだ」

 そうだ、僕がこの前友達から聞いた噂の名前は、確かにそんな感じの名前だった。

「カガミノナノハ? なんだその変な名前は?」

 山田は田中が食いついたと見ると、口角を上げてニヤリと笑いだす。

「なんだその顔は。殴るぞ」

「田中~、そんなに短気だと女子にモテないてっ! ちょ、やめぐふっ! 待って悪かぐはぁ!」

 それから山田は田中によって、一分間ほどフルボッコにされていた。モテないのをそんなに気にしていたんだろうか。少し気になるけど、言ったら今度は自分が殴られそうだから止めておこう。僕はマゾではないのだ。

「……っ……いって~……そんなに怒らなくても」

 五分ほどの眠り(もとい気絶)から目覚めた山田が、痛みに顔を歪ませながら立ち上がる。生きているようで何よりだ。

「いいから続きを早く話せ」

「えっと……なんでカガミノナノハって名前なのか、だったよな。俺の聞いた話だとな、この学校の玄関の所に大きな鏡があるだろ? あれの前で、とある言葉を唱えると小さい女の子が写るんだってさ。それで、その子を呼び出すと鏡の中に引きずりこまれるんだってさ!」

 カガミノナノハ……確か、鏡に写る少女の名前がナノハっていうんだったかな……。

 この町に来てからいろんな噂をよく聞くけど、これもそのうちの一つなんだろう。夏だから怖い話が流行っているんだろうか? それともまさか……この噂も昨日のアレと同じ……いや、そんなわけないか。

「どう? 気になるでしょ?」

「いや、別に気にならんな」

 田中はバッサリ切り捨てる。

「は? マジかよ!? 四津木は?」

「いや、僕もそういうの信じているわけではないし」

「そうか……つまんないなぁ、せっかくお前等を誘ってやろうと思ったのに」

 ってことは、山田はやるつもりなのかな? 好きなんだな、そういうの。

「そんな下らない遊びにこの俺が付き合うわけないだろう」

 田中は相変わらず手厳しい。

「じゃあいいよ。一人でやるもんね」

「そうしてくれ」

「ん~じゃあさ、カットマンてのは知ってる? なんでもその噂にもあの鏡が関係して──」

「そんなことより山田、あまり話ばかりしていると昼休み終わっちゃうぞ?」

「マジか!? うわ本当だ、今日は昼休み短いな~」

 早く感じるのは君がダウンしたからだと思う。二回ほど……。



 その後昼休みが終わると、午後の授業が始まった。

 この学校は月曜、火曜、金曜が六時間授業。水曜、木曜が七時間授業となっており、今日は金曜日なので二時間の授業が終わると帰りのホームルームを行って解散となった。

「あ~……めんどくせ~」

 僕が机を後ろに下げてリュックを背負うと、モップを持った山田がダルそうな足取りでゆらゆらと近づいてきた。まるでゾンビのようだ。

「な~手伝ってくれたりしない?」

 ゾンビが道連(みちづ)れにしようと手を伸ばしてくる。だが、そうはいかない。僕はその手を軽く振り払った。

「ごめん、今日宮崎さんの所行かなきゃならないんだわ。掃除頑張って」

「あ~そっか……てかまた行くのか。ホモかよ~」

「ちげぇよ。変なこと言うのやめろ、うがじぃ見てるから……」

 山田は肩を落としてため息をつく。すると何かに押されたのか急に「うわ!?」と声をあげて前につんのめりだした。

 後ろに立っている人物から察するに、押されたか、どつかれたりしたんだろう。

 後ろに立っているのは誰か。もちろん田中だ。

「山田、サボってないでちゃんと掃除しろ」

「お前は手を出す前に口を出せないのか!」

「ほら行くぞ」

 田中は山田の抗議を完全に無視して、後ろ首を掴んで引きずっていった。

 本当に仲が良いな、あの二人……。うがじぃと何人かが興奮した面持ちで二人を見ながら話してるけど、まぁ別に伝えなくてもいいだろう。

 彼等はクラスの皆にヤマタナコンビと呼ばれていて、学校内でも結構有名な二人組らしい。幼馴染みで昔から一緒にいて、山田曰く、クラスが今まで離れたことが無いのだとか。物凄い腐れ縁だと思う。


 僕はその後、階段を降りると玄関から外に出て自転車にまたがり、家に向かって走り始めた。

 すると、数百メートル程進んで市役所の辺りまで来たところで、拡声器によって大きくされた声がどこかから響いてくるのが聞こえてくるようになった。

 最近田中から聞いたが、どうやら昔ながらの民族の文化や、その存在自体を尊重し、共存していこうとする『共存派』。昔起きた事件や対立からその存在を危険とし、それぞれ別の地で住み分けるべきだと主張する『対立派』という二つの派閥が市長の座を巡って選挙で争っているらしい。

 最初の方は五分五分だったらしいけど、『対立派』の中でも危険な行為を行う過激派が現れたことによって、今では『共存派』の方が僅かに優勢らしい。

 僕が田中に教えてもらったことを、横断歩道の信号が青になるのを待ちながら思い出していると、だんだん演説の声が近くなり、少しすると目の前を選挙カーがゆっくりと通過していく。車の屋根には所属する政党と名前、そして『共存派』の大きな三文字。窓から手を振る壮年の男性の名前は羽山(はねやま)次郎(じろう)

 彼は共存派の代表で、仏のような笑顔とハキハキとした力強い演説、何よりその人柄から彼を推す者はかなり多いのだとか。

 僕は信号が変わるまでその選挙カーを目で追っていた。

「なんともまぁ、熱心なことで……」

 何が彼等をそこまで突き動かすのだろうか。

 昔この町で何が起きたのか、(わず)かに興味が湧いた僕はそう呟きながら、信号が青に変わった横断歩道をゆっくりと加速しながら渡り始めた。





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