No. 16ナノハprisoner
*
夢から覚めた僕は、ベッドから立ち上がり伸びをする。やはり、夢の中で遊んだところで現実には影響が無いらしく、疲れは完全に消失していた。
「……」
夢野。数ヵ月前から……いや、僕がこの町に引っ越して来てから夢に現れるようになった謎の少女。
僕は、彼女について何も知らない。知る必要はないと思っていた。気にすることはないと思っていた。だが、目を覚ます直前に見せた彼女の表情を見て僕は、そういうわけにはいかないのかもしれないと、そう思った。いつか彼女と向き合う必要があるかもしれない、と。
「だけど今は、その時じゃない、かな」
僕はスマホにささっている充電器のプラグを抜いてスマホを回収すると、SNSアプリを起動して柊さんにメッセージを送信する。
『話したいことがあるので、九時にbacksideに来てください』
*
「えぇ!? 昨日私達と別れた後にそんなことがあったの!?」
「よく、無傷でいられたな……いや、怪我をしなくてなによりだが」
宮崎さんの喫茶店backsideに柊さんとボディーガード役のチェイサーが到着すると、僕は昨日起きたことを一から説明した。
花蟷螂という怪異に憑かれた怪人のこと。被害にあったのがカガミノナノハの怪談を検証していたはずの山田であること。山田は病院に運んだ時点では意識が回復していなかったが命に別状はないことなど。一から十まで全部。
……いや、訂正しよう。一部を除いて全部だ。なぜだかわからないが僕は、ワタリさんのことを特に説明したりはしなかった。聞かれなかったからというだけかもしれないが。
ともかく、僕は話したのだ。昨日のことを。僕の身に起きたことを。
「……運が良かった……て、それだけじゃ片づけられないよな」
ワタリさん……ワタリならきっと、それで済ませてしまうのだろうけど。実際昨日はそんな感じだったし。
「う~ん……確かさっき、目に違和感があった、て言ったよね室戸くん?」
「え、あぁうん。なんかこう、焼けるようなっていうか、うまく言えないんだけどそんな感じかな」
「柊、それって」
「うん、そうだね」
「ん?」
柊さんとチェイサーは二人で頷き合う。
何か心当たりでもあるのだろうか。
「室戸くん。多分、きっとだけど、あなたはチェイサー達と同じなんだと思う」
「同じ……?」
というか、チェイサー……達……?
「昨日言ったよね。チェイサーには標的を追い続けることができる能力があるって」
「あぁ言ってたな」
「それでね、能力を発動する時に、室戸くんが言っているような違和感を感じるらしいいんだけど、その能力を発動している状態だと瞳の色が変わるらしいんだよね」
「瞳の色が……変わる?」
何やら、異能物でよくあるような感じの話になってきたな……。
「室戸は、自力で能力を発動、できる?」
「いや、能力を発動する方法なんて皆目検討もつかないな。自分にどういう力があるのかなんてわからないし、そもそも、昨日はただただ必死に動いていただけだからな。自分がどういう動きをしてたのかも覚えてないよ」
僕の話を聞いたチェイサーは何かを考えるかのように腕をくみ、しばらくするとため息をついて「仕方ない」と、小さな声で呟いた。
「……柊」
「あ~、うん……怪我させちゃダメだよ? あと、お店の物は壊さないようにね?」
「うん。わかってる」
「いや待て、わからない」
「私が今から攻撃を仕掛けるから、避けろ」
「頭大丈夫か!?」
「大丈夫。能力は使わない」
「当たり前だ!」
「優しくするから」
「いくら優しかろうが殴られんのは嫌だよ! 口で、こう、コツみたいなの教えてくれりゃ良いじゃねぇか!」
「習うより、慣れろ」
「そんなうおぁ!?」
僕の顔の横をチェイサーの拳が通り過ぎる。
こえぇ! マジ怖い!! つか、宮崎さんと黒間さんは何で何も言わないで黙ってるんだ!
僕はチェイサーから離れながら二人を確認する。どちらも平常運転だ。宮崎さんは洗ったコップを拭いていて黒間さんはコーヒー片手に新聞を読みふけっている。黒間さんに関しては開店前なのに僕達よりも先に来ていたのを含めていつも通り。
何なんだあんたら、もう少し周りのことに関心を持ってもいいんじゃないかな……! つか宮崎さんここあんたの店だろ注意しなくていいのか!
「よそ見とか余裕だね」
「ぐおぇ!?」
まずい。二人に気をとられてチェイサーの正拳づきをまともにくらってしまった。今は目の前のことに集中しなければ。
「お前、結構痛いじゃないかっ」
「ある程度の強さじゃないと、避ける気にならない」
僕のことを思ってのことだと、そう言いたげだ。いや、実際そうなのだろう。だろうけど……!
「く、ふお、くそっ」
「む、意外に良い動き」
「そりゃどうもっ」
「なんか、本気だしたくなってきた」
「はぁ!?」
「室戸、この勝負ボクが勝つ」
「趣旨が変わっちゃってんじゃねぇかっ!」
「ちょ、ちょっとチェイサーダメだよぉ!!」
柊さんが止めようと叫ぶが、そんなことはお構いなしで、チェイサーの動きは徐々に激しさを増していき僕は紙一重で攻撃を避けて弾いてを繰り返していく。
「ぐっ、この!」
「甘い」
このままだと本当にKOされてしまいそうだと思った僕は、状況を打開するために拳を突き出した。だがしかし、僕の拳はチェイサーにかすりもせず、ジャンプすることによって回避したチェイサーに隙を見せる結果になってしまう。
「もらった……!」
「室戸くん!」
「……!」
空中で体を捻ったチェイサーから放たれる本気の回し蹴りが、体制を崩していた僕の首に急接近した……その時、やられると感じたその時に、僕の目に違和感が、焼けるような熱い感覚が走った。
次の瞬間、僕の世界は急激に速度を失い、気づいた時には既に、ほぼ停止に近い状態となっていた。チェイサーが空中で、停止に近い状態となっていた。
簡単に言うなら、全てがスローモーションの世界。そんな世界へと変貌を遂げていた。
「なんだこれ……これが僕の力なのか? ……っ!」
驚きを隠せないでいた僕だが、チェイサーの動きが速くなってきていることに、徐々に世界が時間を取り戻し通常運転を再開しようとしていることに気づいてすぐに行動を開始する。
まずはチェイサーの蹴りが当たらない位置に移動し、そしてすぐに取り押さえられるように身構える。
さぁ、動くなら動け!
「えっ……」
「あれ?」
あり得ない、と口にしていなくてもそう思っているのがわかるような声をもらすチェイサーと、何が起きたのかわからないというのを素直に表した柊さんの声。
そして次の瞬間、渾身の蹴りをからぶったチェイサーは着地すると同時に僕に振り返ろうとしたが、その前に僕によって床に取り押さえられた。
「はぁ……はぁ~、疲れた」
「今のが室戸の……?」
心底不思議そうに僕を見るチェイサー。だがそれは僕も同じ。正直意味がわからない。何が起きたのかは大体わかるけど、何がなんだかよくわからない。
「室戸」
「ん?」
「何で馬乗りになってんの」
「取り押さえるため」
「本気出そうとしたのは悪いと思ってるけど、もう終わったでしょ。重い、どけて」
「あぁ、ごめんごめん」
僕は立ち上がってチェイサーの拘束を解除する。
「……あ、室戸くん。ほら」
「ん? あ、瞳の…………」
僕は柊さんから受け取った小さな鏡で自分の瞳を確認する。
僕はまたまた驚いた。なぜなら僕の瞳が、水色に淡く光っていたからである。
「へぇ、なるほどね。僕もビックリ人間の仲間入りってわけか……」
「室戸、ボクに対して、そんな印象だったの?」
「間違ってないだろ」
僕は、ゆっくりとまぶたを閉じ、そしてゆっくりと開く。すると、僕の瞳から水色の淡い光は消えていつも通りの黒い瞳に戻っていた。
……うん。よし、大体わかったぞ。
「ありがとう、柊さん、チェイサー。僕自身についての疑問は解決したよ」
「あ、え、うん。どういたしまして……」
「柊さん? どうかした?」
「いや、なんか、すんなりと受け入れるんだなぁ、と思って。そんなすぐに受け入れられる内容の話じゃないと思ったんだけど……室戸くんてさ、時々不自然なくらいに理解早いよね。適応するのが早いというか……身の回りの変化に慣れている、というか……何でかなぁ」
ふむ。確かそれ昨日、ワタリにも言われた気がするな。流石の適応力だ、とか、言ってなかったっけ。
「そういうの含めて、能力みたいな感じなのかもな。もしくは、そういう怪異だったりしてな」
「じゃあ、退治しなければいけないな」
「ちょ、チェイサー冗談って、危ねぇ!!」
チェイサーがテーブルに置いてあった醤油を突然投げつけてきたため、僕は再び能力を発動する。目に走る焼けるような違和感。投げられた醤油が減速し、空中で停止に近い状態になる。
「たくっ宮崎さんに叱られるだろ」
きっと叱られるとしたら僕だけだ。そんな気がする。被害者なのに。
僕が醤油を元の位置に戻すと、ちょうど能力が切れたようでチェイサーと柊さんから感嘆の声が聞こえてきた。
能力が発動している時間は大体五秒から十秒くらいだな。覚えておこう。
「本当に、理解してたんだな……驚きだ……」
「化物だね……」
「柊さんそれは普通に傷つく」
「あ、ごめん!」
「つか、危ないじゃないかチェイサー! 物を投げるなんて!」
「過ぎたことだ。気にしなくていい」
「それお前の台詞じゃないからぁ! はぁ……まぁいいよ。次の話に移ろう」
「うん。じゃあ次は……花蟷螂とカガミノナノハについて、話し合おっか」




