No. 1放課後easy answer(前)
【怪異】《かい-い》
現実にはありえないような、不思議な事実、そのさまを表し、また、化け物や妖怪などを表す言葉である。
この世には、不思議なものが溢れている。
それは例えば、ラップ音や髪の伸びる人形等の、怪奇現象であったり。
例えば、動物との意志疎通が可能な人間や、見たこともないものを地図等の道具を用いて発見することができる、超能力者であったり。
はたまた、未確認生物のUMAや、未確認飛行物体のUFO等々。
この世には実に様々な不思議がはびこっていて、その話題性たるや、僕達人間をなかなか飽きさせてはくれない。
だがしかし、今日人類が発展させてきた科学技術の力は凄まじく、最近見かけるこれらの不思議をとらえた映像は、偽物であることも珍しくはない。というよりも、一部を除いてほとんどが偽物だろう。
最近のテレビ番組で映される、明らかに作り物である心霊映像やUFO映像等は、見ていてとても滑稽で、笑いを禁じえない。恐ろしさや不思議な雰囲気なんて全く感じられず、信憑性は皆無に等しい。
どうせならもう少しうまく作ればいいのに。と、僕はたまに……いや、いつも思っている。
まぁ僕は、こういったものは別に嫌いなわけではない。むしろ楽しませてもらっているのだから、好きな方だと言える。
ただ、僕はその不思議な存在を信じない側の人間だった。こんなものは、現実には存在しないのだと。
つい、この前までは……。
だけどそんな僕に、それからの人生と、それまでの世界観を大きく変える、不思議な出来事が起きた。不思議も不思議。それはもう、摩訶不思議な出来事が。
それは、僕が転校してきた学校で起きた。僕が転校してきた松戸井高校の、とある一室で起きたのだ。とある一室。そうそれは、僕の在学していたクラス、二年B組の教室で起きたことであった。
その時起きた出来事は、僕の平穏無事な日常を、いとも簡単に、それはもう陶器を割るかのように簡単にうち壊してしまった。
僕はその経験から、この世の不思議なものを頭ごなしに否定したりはせずに、本物かもしれない、実際に存在するのかもしれない、と思うようになった。
僕が経験した出来事の全て、僕が出会ったものの全ては、夢や幻ではなく、現実に起き、存在していたものであったからだ。
……今でも僕はその時経験したことを、最初から最後まで、こと細かく話せるほどしっかりと覚えている。実際に話せと言われれば、話せるだろう。
もし僕の経験を話すのだとしたら、誰かに説明するのだとしたら、語り始めは……そう。
僕はある日、怪異に遭遇した。
こんなところだろうか。ふむ、まぁ、こんなものだろう。ありきたりで、よくありそうな、物語の始まりのような語り始めだ。
物語……そう、これは僕がこの夏体験した、不思議な物語である。これから僕は皆さんに、僕が主人公の、僕の人生を題材とした物語を語ろう。
六月に入り、気温が上がり始めた夏のある日。
僕は、扉の開かない数字だらけの教室という怪異に、不運にも遭遇してしまった。
*
僕は教室の扉に手をかけて、おもいっきり横に引く。
…………開かない。
さて、さてさてさてさて、困った。非常に困った。困ったことになったぞ。
単刀直入に、ストレートに、ダイレクトに、僕の心情を伝えるとしたら、僕は今困惑している。
なぜ困惑しているのか。それを包み隠さず、脚色せずに、見たまんまに伝えるとしたら、それは、数字だらけの教室に閉じ込められたからに他ならない。見渡す限りの『5』、『五』、『Ⅴ』……。5という数字が嫌いになりそうだ。今の僕は5という数字を見すぎて、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになっている。
……きっと今の説明では、僕が陥っている状況がよくわからないだろう。僕だって今のを聞かされたら、頭の上にクエスチョンマークが、一つと言わずに二つ三つと浮かび上がることだろうから。というか、言い方がまどろっこしすぎるかもしれない。これからは、わかりやすくなるように心がけよう。きっと、改善はされないだろう。何せ僕だ。とにかくまぁ、今の説明では現状がよくわからないわけだ。
よって、僕が陥っている状況、そうなるに至った過程を、できるだけ簡単に説明したいと思う。
まず僕は学校に来た。それから授業を終えて放課後になった。帰ろうとしたが、忘れ物に気づき教室に戻ってきた。すると目の前の世界が突然グニャンと歪み、意識を失ってしまう。目が覚めたら、数字だらけの教室にいて、閉じ込められていたわけだ。
お分かりいただけただろうか? 僕は何もわからない。とりあえず、何が起きたかがわからない。そして、最初にした説明と大して変わらない気がする。劣化し、逆にわかりづらくなっていたとしたら、それは申し訳ないと思う。思うだけだが。
もし僕がこの場に一人なら、きっと意味がわからなすぎて頭が混乱していただろう。下手したら壊れていたかもしれない。だがまぁ、そんなことにはならずに僕は、気持ちを落ち着かせ、少し怪しいところはあるが冷静に物事を考えることができている。
……嘘をついた。少し怪しいどころではない。僕は混乱しているし、気持ちもそこまで落ち着いていない。だが、この程度ならまだ許容範囲。僕は冷静でいられている。冷静に物事を考えられているとしよう。
なぜ冷静でいられるか。それは、この場にいるのが僕だけではないからだ。意味わからん空間に一人で放置、という恐怖から救ってくれている、彼女がいるからだ。人間とは時として、知っている人が一緒にいることによって、多大な安心感を得ることができるようだ。現に今、僕がそう。
この場にいるもう一人の人間とは、柊千尋さんだ。彼女は転校してきた僕に多大な驚きを与えてくれた人物の一人である。
驚いた理由は彼女の姿にある。
まるで銀色に輝いているかのような、艶のある白い長髪。丸くて人懐っこそうなその瞳は、青空のような水色をしている。きめ細かい肌は白魚のように白く美しい。(白魚なんて見たことがないが)そして何より、超かわいい。いわゆる美少女とかいうやつ。希少種だ。
あと、性格もよくて男女問わず人気者。転校してきたばかりの僕に話しかけてきてくれた人物第二号様でもある。現実にいるような人間じゃない、と思う。すぐ近くにいるわけだが。
「室戸く~ん、やっぱり開かない?」
室戸。それは僕の苗字。僕の名前は室戸四津木というのだ。我ながら変わった名前だと思う。ちなみに、高校二年生。血液型はA。身長は低くもなく高くもないくらい。ちなみに彼女がいたことは一度もない。告白したこともないし、当然されたこともない。大事なことなのでもう一度言う。僕は告白されたことがない。よろしく。非リア充の諸君。僕は一人身だ。
まぁ、そんなことはどうでもいいわけで。僕は話しかけられたのだ。柊さんに返事をしなければ。
「うん、開かないみたいだ。そっちも?」
「びくともしないですな」
「そうか……」
窓が開くかを確かめていた柊さんは、「う~ん」と唸りながら、近くにあった机に腰を下ろした。
それを見て僕も近くの机に腰かけると、教室内をぐるりと見回してみる。
目に映るのは、いろんな色、いろんな文体、いろんなサイズで、教室のいたるところに書かれた、『5』という数字。驚くことに、この教室内にある数字という数字は全て、5に変わってしまっているようだ。カレンダーは五月五日だけが書かれていて他は白紙。温度計は五十五度をさしている。(さしているだけで実際の体感温度は二十八度くらい)
スマホを確認すると、今日の日にちは六月五日のはずなのに、五月五日と表示されていた。時間は五時五十五分。これでは早朝になってしまうが、放課後であるため夕方のはず。実際に窓の外に見える空には夕日が見えるため、温度計と同じく数字が変わっているだけだろう。掲示板のプリントを見てみると、数字の部分は全部『5』になっていた。凄い手が込んでいる。もしもこれが、人の手によって行われたものであれば、だが。
「いやぁ、困っちゃったね~」
足をぶらぶらさせながらそう言う彼女に、「そうだね」と返す。
本当に困った。まさか柊さんと僕の二人で教室に閉じ込められるなんて……。
ん……? つまり、密室に二人っきり……? ………………。ま、まぁそんなことはどうでもいいのだ。僕は紳士だ。獣でも、前に変態がついたりもしない、普通の紳士。あっはははは……はぁ……。
落ちつけよ自分。何かおかしな事をしたら、この先の人生が終わる。たった数ヵ月、たった数ページで僕の人生を終わらせるわけにはいかない。
「それにしても、何でこんなことになったんだ……」
気をまぎらわせる為に無駄にキョロキョロと視線を動かす。今の僕のような行動をしてる奴を、きっと挙動不審と言うのだろう。今いる場所が教室で良かった。外だったら職質されかねない。
「何でこんなことに……か。──ねね、室戸くん」
「ん? な、何でございましょうか?」
「えっなにその反応。どうかしたの?」
「い、いや何でもないです。続きをどうぞ……」
「あ、うん。──室戸くんってさ、怪異とかって信じる人?」
「へっ?」
予期せぬ質問に間抜けな声で返事をしてしまう。何か怪異という言葉を引き出すものがあっただろうか。
「怪異って……心霊現象とか怪奇現象とかのこと?」
「そう。あとUMAとかUFOとかも、私は怪異の一種だと考えております」
「……信じていない。それに、落ちがなんとなく読めた気がするから、信じたくない気持ちが今、更に強くなった……」
「実は今のこの状況は、その怪異によるものなのです!」
「な、なんだってー」
やっぱりそうかコンチクショウ。そうじゃなきゃこんな質問してこないよな、普通に考えて。
それにしても……怪異か。怪異ねぇ……。確かに怪奇現象の類いなのかもしれない。今のこの状況は。だがまだ、他の可能性もあるんじゃなかろうか。例えば、夢落ちでした~! とか、ドッキリ大成功~! みたいな可能性もあるじゃないか。後者だとしたら看板持ってきた奴を、問答無用でぶっ飛ばすけれどね。それにしても……
「何で怪異によるものって思うのかな……?」
まさか、実は私が犯人です。だからわかるのです! というどんでん返しだろうか。そんなトンデモ展開望んでいないのだけれど。
「だって、普通じゃないじゃん? 怪しくて異質じゃん? 怪異じゃん!」
じゃんって言われても……簡単に受け入れられるわけないじゃん? でも、良かった。僕が考えた理由よりもずっと単純で。
「それに、私の長年の経験から判断しますとね。これは間違いなく怪異です。私の第六感がそう言ってます!」
「今までにいったいどんな経験してきたのやら……」
「説明したら長くなるよ~。数時間くらい語っちゃうよ~?」
「あ、ならいいです」
「怪異が信じられないなら~……あ、そだ。最近流行りのあれってことでいいんじゃない? 異世界に来ちゃいました、的なやつ」
「どっちもどっちなんですが……」
というか、この空間を異世界って言うのは間違っている気がする。まぁ、平凡な日常からかけ離れていて、普段生きている現実とは異なっている世界って考えれば、確かに異世界かもしれない。規模的にはせいぜい、異空間って感じではあるのだけれども。
そもそも最近流行ってるのは、剣や魔法があってモンスターがいて。ついでにチートな能力と一緒に転生しちゃったりっていう、王道ファンタジー物だと思う。今の状況と比べたら全然違うわけだ。気づいたら異空間になった教室に、なんて全然流行らなそうだ。まぁ、どっちの方がマシかって言われたら、断然今の方だけどね。僕が異世界なんかに行っても三日ももたないに決まっている。下手したら、スライム相当のモンスターに殺されるかもしれない。
「ね、ねぇ室戸くん」
「ん、何? 柊さん」
「脱出の仕方、なんか閃いたかな?」
「いや、特に……」
非常に申し訳ないことに、特に何も思いついていない。そもそも、脱出法について特に考えていなかった。
「そ、そっか。思いつかないか。いやぁ大変だね~」
……? なんか柊さんの様子がおかしいな。そわそわしているように見える。なにか大事なようでも思い出したのだろうか……。
いやそれにしても、そろそろ本腰をいれて考えていかなきゃまずいな。ずっとこのままじゃ、いつか餓死してしまうし、水分補給もできないんじゃ、そう長くはもたない…………ん? あぁ、そうか。柊さんの様子がおかしい理由がわかったかもしれない。確かにこのままじゃ大変だ。教室から出ることができないんじゃ、お花を摘みにいくこともできないわけだもんな。これは思ったよりも大変な事態だ。全然他人事じゃないし。
「柊さん。ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
「その……怪異……ってのはさ、発生原因みたいなものはあるのかな?」
「あ、うん。怪異によってもたらさる大体の現象には、何かしらの発生原因があるよ」
「例えば?」
「基本的には強い想いとかが顕現しちゃう感じだから……誰かに対する強い想いとか、その場所に対する強い想いとか、そういったものが原因になるのかな」
強い想い……か。うん。怪異を受け入れた風に怪異について普通に聞いてみたけれども、やはり簡単に理解できるものではないようだ。強い想いが顕現する、なんてことが本当に起きうるのか、こんな意味のわからない教室に閉じ込められている今でも、いまいち実感がわいてこない。
「あ、あとね。部屋や物体、森とか、そういう人以外のものが引き起こす場合もあるよ? 今回のは……誰かのいたずら、みたいな感じだけれど」
「なる、ほど……」
全くなるほどではないけれど……米粒一つ分も理解できていないわけですけれども……。
物にも魂が宿るんです。という、宗教的な話だろうか。怪異とは奥が深いもののようだ。できるなら、足を踏み入れたくない領域である。足どころか身体全体、僕という存在自体が既に巻き込まれてしまっているのが、悲しい現状であるわけなのだが……。というか、いたずらって……勘弁してほしい……。いたずらなんかに巻き込まないでくれ……。
「はぁ……じゃあさ、怪異の解決方法は?」
自然に出てしまったため息の後に、気持ちを切り替えるための質問をする。
「怪異を引き起こしたものの願いみたいなのを叶えるか、怪異を打ち破って突破する……とかかな?」
「時間経過で自然に解決するとかは?」
「少なくとも今回は違う……かな」
「へぇ……」
余計気持ちが沈んだ。
つまり解決するには自分達でどうにかしなければならないわけで。
僕は椅子に腰かけ瞼を閉じ、背もたれに体重をあずけると長考を始めた。まずは、何について考えるかを明らかにしよう。
《問》
この教室からの脱出法は?