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彼女がやってきた

作者: 白石結衣

確かに最近、仕事が忙しくてあまり連絡がとれていなかった。収録にレコーディング、撮影にライブの準備。一応、人気バンドグループの一員として、曲作りや練習は手を抜かずにやっている。当たり前だ。

 不規則で欲にまみれた生活を送る中で出会った彼女は、言うなれば平凡。中堅企業で事務をして働くそんな彼女にどっぷりハマったのは自分だった。特にあの瞳。あの真っ黒な瞳で見つめられるだけで身体の疼きが止まらない。いくら強引に迫っても落ちなかった彼女を2年がかりで、最終的には泣き落としのような形で手に入れたのが半年前。同時期にスタートした全国ツアーのおかげで、なかなか満足に触れ合えない日々が続いていた。付き合いたてだってのに!それでも、短い時間でも、自宅に連れ込んで甘くて野獣のような時間を過ごして、愛し愛されるということを肌で感じる幸せを噛み締めていたのだ。

 仕事は忙しいけど、ずっと夢見ていたステージに立つ快感はいまだに新鮮で、なのにクセになる。彼女に思うように会えないのは辛すぎるほど辛いが、このツアーが終わればまとまった休みもとれるし、どこか静かな旅館への旅行にでも誘おうかと、内心にやにやしながら勝手に予定を立てていた。

 いや、問題はそこではない。ツアー後の連休(予定)に備えて、その他の細々した仕事(内職)を精力的にこなしつつ、クールさが売りのライブを終えたあとの握手会。何故ここにいるんだ。

 抽選に当たらないと参加できない握手会。今となってはファンの人達と直接触れ合える数少ない場に、なんで彼女のお前が笑顔で並んでるんだよ!見ろよ、お前のことを知ってるメンバーだって唖然として見てるじゃないか。こんなところで頬をピンクに染めて、魅力的な瞳をよりキラキラさせるのはよせ!可愛いじゃないかちくしょー!

 なんて内心の思いは一切表情に出さず、ありがとうと言いながら握手する一連の行動を繰り返す。しかし申し訳ないけれど、相手が、好きですとか応援してますとかライブ良かったですとか言ってるのはよく聞こえない。聞きたくない。彼女の前で告白されて握手するなんてどんな拷問だ!あぁ、どうしよう。あと一人で…


「好きです」


あぁ、俺も好きだよ愛してる。お前だけだよ本当だ。


「ありがとう」


 少しひんやりとした白い手を、両手でぎゅっと握りしめる。離したくない。このまま手をとりあって二人でここから走り去れたらどんなに幸せだろう。そうだ。きっと彼女もそれを望んでるんだ。寂しくて、俺を一人占めしたくてここに来たんだ。


 するっと、彼女の手が、両手から零れた。あぁなんなんだその満足げな表情は。俺をここから連れ出してくれるんじゃなかったの?どうして俺を置いて、俺に背を向けて去っていくの?


「好きです」


 あぁ次の方どうも。俺の心は彼女のものだけど、それでもいいなら握手くらいしますよ。告白してくれたっていいですよ。最愛の彼女に置いていかれたこんな俺でもいいならね。なんて嘘ですすみません。いつも応援ありがとうございます。はぁぁ。

誤字等ご容赦ください。

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