ビルとメイドさん
遅くなりまして、申し訳ありません。
引き続きゆっくりペースですがもしよろしければお付き合いください。
「落ち着け、何だね、いったい?」
笑いやまないビルに突っ込みを入れる。
「あ、ああ、済まない済まない。興奮してしまってね、なにしろ私の宿願が叶うやもしれんのだ」
「宿願だ? それは……」
「待って待って兄さん。さっきからさっぱり判んない、こっちにも判るようにやって」
エリスが俺の言葉をさえぎる。確かに、そういえば翻訳の魔術が掛かってないから判らないんだったか。
ビルが一息で話す性もあったが、こっちも大分興奮していたから忘れてた。
まあ、世界を滅ぼした敵の話なんて興奮してしまうのも無理は無い。明日はわが身かもしれないし、実際に神様にあっている身としては荒唐無稽と笑うことも出来ない。
実を言うとさっきから心臓がバクバクと音を立てて指先が震えている。これでビルが実は全部嘘で、壮大なドッキリだと言ってくれれば全力で突っ込みつつ喜ぼう。
まあそれはともかく。
「ビル、申し訳ないが翻訳の魔術とやらを掛けて貰えるかな?」
「いや、それがね私はその魔術使えないんだよ。翻訳は結構な高等魔術でね、魔力が足らんのだ。そうだな、君なら掛けられるだろう。魔法陣はそこの装置の台座になっているよ」
そういってビルは記録装置らしきものの下を指差す。ちょっと変わったテレビ台のように思っていたが魔法陣か。
魔術は基本的に魔法陣を通して発動される。俺は空想魔術師でそれが必要ないから協力なのだ。そしてエリス等は人間ではない魔法をつかう。魔法陣を通すかどうかが魔術と魔法の違いだ。空想魔術は限りなく魔法だ。人間が使う魔法をそういっているに過ぎない。
俺は翻訳の魔法陣を起動する。魔力を通すとその内容を実行する。
なるほど、結構魔力を使うな。翻訳なんてどんな原理か知らないし、英語苦手だった俺からすれば妥当な量だ。しかし考えると、炎を生み出すとか物理無視の事をするよりも翻訳が重いってのは全く納得できないね。
「どうだろう、たぶん掛かったと思うが……」
「あー、私の名前はフォン=ビルブランド。通じているか?」
全員の反応を見ると通じてはいるようだ。
俺からさっきまでの話を説明し、ビルに対しては俺の客人という扱いをしろと説明した。下手をすると、いや下手をしなくても復活させた俺になんて失礼な、なんて事を言い出すからね。
それ自体は別に良い。なんかちやほやされて嬉しい。でも普通に周りの人には失礼だからな。強気な態度が奏効する場合もあるが……、まあいいや俺がフォローすればいいんだから。
ともかく今判っている事を説明した。といっても今判っていることなんて殆ど無い。
ビル達の文明はビル達が『神』とよぶ勢力と敵対して滅ぼされたこと。
理由は不明だが定期的にやってきて文明を滅ぼしていくこと、それらは魔術が効かず戦力的には圧倒的に不利だったこと。
元々物理的な戦力を研究していたビル達の国が、琥珀のような魔力を動力として動く兵器を開発し対抗したこと。
しかし時すでに遅く結局は滅びたこと、その情報を断片的にでも伝えようと記録を残したこと、などだろうか。
自分で説明していても荒唐無稽すぎて全く意味がわからない。
「おい、動き出すぞ」
俺が説明しているとビルが声をあげた。魔力を供給したビルのメイドさんの再起動が終了したらしい。
一瞬会話が止まり、ゆっくりと起動するメイドさんに視線が集まる。
ポカンとした顔をあげ、メイドさんはゆるゆると周囲を見渡した。そしてビルに視線を集め停止した。
「苦労を掛けたようだ、すまなかったなあ、お前達」
ビルが深々と頭を下げる。しかしなんというかその姿も絵になっていた。尊大なまま頭を下げるとか器用な事をする。
「……ご主人様?」
なんというギミックか、目を一杯まで見開いたメイドさんの一人が恐る恐る声を掛ける。
「うむ」
「……ああ!! やっと、やっとお会いできた!! 私達はついに活動をとめ、ご主人様と同じ所にいけたのですね!!」
「ご主人様が人形は人形の天国に行くんだ、なんて言うから!!」
「私達は……ご主人様がお眠りになられた後、私達が止まった時同じ所にいけるかだけが不安でした、心配でした、苦痛でした」
「でも、私達はご主人様と同じ所にこれた、ありがとうございます、ありがとうございます」
すごいな。声を掛けた後、メイドさんは左右からビルに取り付き、矢継ぎ早に言葉を発する。両脇から抱えられ、べたべたとしやがって。
「ふー、礼を言うぞ。私のメイド達がそうそうに動けるようになったのは……」
一通り落ち着いたようで、ビルはこちらに礼を言ってきたが、その前にだ。
「エリス、お願い」
「んふふふ~、仕方ないなあ兄さんは。寂しがりやなんだから」
「エリスばかりずるい、アリス、こっちにもいるよ。私もアリスがいないと寂しい」
ふう、落ち着いてきた。両腕にエリスと琥珀を侍らせる。ふー、落ち着く。安心する。腕を組むでは飽き足らず、二人を両腕で思いっきり抱きしめる。これ位すれば、落ち着いた。
「待たせたね。そちらだけそんな状態で話など出来ないからね」
「あ、ああ、失礼。ともかく礼を言う、このメイド達が早々に動けるようになったのは君のおかげだ。ありがとう」
一瞬面食らったように見えたがすぐに持ち直し、今は深々と頭を下げている。なるほど、修羅場をくぐっていると小さなことには動じなくなるものなのだな。
「いや、こちらこそ起こしてしまって悪かった。希望するなら君達をこのまま埋葬することも吝かでないが」
彼はメッセージを残し、十分に良く役目を果たして死んだ者と思う。それを情報収集目的で呼び戻し、このままというのは流石に悪い気がする。
もう少し情報を収集させてもらって、今後の方針を決めたのなら、その時こそ再び眠っていただいても良い。
「い、いや、待ってほしい。このままでは死んでも死に切れない。先ほど見せてもらった魔力供給さえその魔方陣さえ判れば、わが宿願が叶うのだ」
「む、そういえばさっきもそんな事言ってたな、メイドさんが起きて有耶無耶になったが」
有耶無耶の半分はこちらのせいである。しかたない、目の前でイチャイチャされて耐えられるものか。
「そうだ、その件についても改めて御礼を」
そういうとビルは頭を下げる。一拍おいて二人のメイドさんも頭を深々と下げた。どうやら今の話でここが天国ではなく、連続した時間であると判ったようだ。
「私達からもお礼申し上げます。ご主人様と死に別れてから約『87600000時間』、ほぼ意味も無く過ごして参りました」
「私達の願いは早く壊れ、ご主人様ともう一度会える可能性のある、死後の世界、とやらに行くことでした」
「それなのにご主人様はお亡くなりになる前、突然、人形は人形の天国へ行く。俺のことは忘れろとおっしゃいました」
「私達にそれを確かめるすべは無く、その時が来るまで怯えてすごしておりました」
「ですが今日、再びお目にかかれました。どんな形でアレお目にかかれたと言うことが大事」
「「有難うございました」」
そう言ってシンクロしながら頭を再度下げた。いいなパッと見た感じ結構依存していると思う。ビルのほうは微妙だが、やっぱり女性はこうでなくちゃなあ。
「とりあえず、感謝は伝わった。お力になれて何よりだよ。ところで話を戻そうか、さっきビルが言った宿願と言うのは?」
俺の言葉でビルが俺の目を見る。その表情は不敵なにやけ顔だった。イケメンがやると絵になるなあ、俺だと企ててると言われるのに。
「勿論、私の遣り残した仕事だ。私の世界を滅ぼし私が止められなかった神の軍勢を、今度こそ打ち滅ぼしてやることだ」
そういうと後ろ二人のメイドさんとそろって低く笑ったのだった。
うーむ、キャラ……かぶるな。