企てる
遅くなりまして申し訳ありません。
「あー、重い重い。重いし心当たりがあるね。神の尖兵とか、殺しちゃったよ。尖兵なんだからそりゃその後本隊が来るのかねえ。君も、面倒なことになったね」
白衣の男の重すぎる映像は終わった。終わってから琥珀を見る。突然、君は兵器だ、しかも最終兵器になりうる、と宣告されるのはどんな気分だろうか。
髪を撫で表情を伺う。
「本当に面倒、私はアリスと一緒にいたいだけ。でも、まあ、でも、それがアリスを殺すというなら、滅ぼさないといけない」
いつもの無表情で淡々と言う。
「兄さんを害する可能性は、全部諸々殺さなきゃ。これもそう思ってる」
エリスも常ならぬ低い声でつげる。普段と違う声色がすごくかわいい。そしてエリスが指差す『これ』とは、ここに案内してくれたメイドさんだった。
先ほどのうつむいたままの姿勢で居た。
「ん? そうなのかね?」
自分の事を言われているのは判っていると思うが、メイドさんたちの反応は無い。反応どころか微動だにしない。
「兄さん、これは人形よ?」
「そう、そしてもう止まった」
「は?」
そう言われて良く確かめると、先ほどまで動いてここまで案内してくれたメイドさんたちは、確かに止まっているようだ。
大分あせっていたようで、思い至らなかったが、普通に800年も原形を保っているのだから人間の筈はなかったね。
「たぶん、この骸骨が主だった。最後の命令を守るためにだけ、動いていた」
琥珀は何か思うところあるのか、メイドロボの顔を撫でた。
「ふむ、そうかね」
俺は貴重な情報をもたらしてくれた骸骨を見る。椅子に座り、肘掛に腕を置いてそのまま朽ちた躯だ。どういう理由なのか800年以上経過していると言うのに白衣はボロボロではあるがいまだ原形を保っている。
彼がまだ生きていたら、きっと様々な情報を持っていることだろう。
「ノワール」
「はっ!!」
俺が声をかけるとノワールはすぐさま応じ、頭を下げた。
「ノワール、君は夜族といったっけね? この人を生き返らせることは出来る?」
もしこの人物を蘇生できれば、それは大きなアドバンテージになる。ノワールはネクロマンサーなのでこういったことには適任だ。
「ははっ! 可能では在りますが、生物としての蘇生、と言うことであればネクロマンシーの範疇を逸脱しております。恐れながらアンデッドと言う形になってしまううえに、魔力の絶対量が不足し、不完全な復活となりうることも」
「魔力さえあればいいのか?」
俺の魔術は空想魔術なので、正直この世界にある他の魔術・魔法と言うものを理解していない。ネクロマンシーがどういった原理でどういった手段で、などはわからない。
「は、魔力があれば意識を戻せるかと思われます。ただこの者がこの世に何らかの未練を持っていないと、難しいかと思いますが」
アンデッド、幽霊などはこの世への未練を核に動くものだそうだ。基本的に未練がなければただの動く屍程度になってしまう。いわゆるスケルトンやゾンビなどの知能を持たない奴らだ。
彼の知識面での貢献を期待している身としては、ただの動く骨が手に入っても余り嬉しくない。
「まあ彼は大分ひどい状況で死んだようだし、とにかくやってみようかね。エリス」
「ん、兄さん」
名前を呼ぶだけでエリスがのどを鳴らす勢いでよってくる。
「エリス、君だったらノワールに魔力を移せるかね?」
「出来るよ。眷族だからね。でも、兄さんがやったらいいんじゃないの?」
魔力の供給は俺にも出来る。輝夜の維持の為に開発した魔術がある。だがあれは指向性が強すぎて輝夜以外だと1000:1位の交換レートになってしまう。
「まあ、効率が悪いからね。君がやれるならその方が良い」
「……うー」
そういうとエリスの機嫌が目に見えて悪くなる。
「兄さんは輝夜だけじゃなくて、私にも魔力供給出来る様にしといた方がぜったい良いよ」
輝夜以外に魔力供給をするのは、まあ何かの時には確かに役立つかもしれない、
明確に敵がわかった以上鍛えておいて損はない。
「まあ、改良は何とかしておく、今日のところはエリスとノワールで頑張ってくれ」
今日すぐ改良できるわけではなく。何とか頼み込んで、開発成功の暁には、エリスから実験してみることで何とか合意した。
確かに輝夜以外にも魔力譲渡ができれば相当有用だろう。俺は今でも魔力向上を続けているし、幸いにして未だ限界には達していない。
神様と戦うとか冗談じゃないが、備えよ常に、の精神は必要だ。
そういった意味ではエリスや琥珀達の魔力量や、どの程度の魔力でどの程度戦えるのか、など考える事は多い。思えば色々と戦力は増えているが、皆に任せっぱなしでおれ自身はあまり把握していない。
エリスはなんというか、黒魔法だな。そんな用語はこの世界にはないようだが、黒魔法だろう。ほとんどなんでも出来る。物凄く強い。こんなに強いのに精霊信仰がないのが気になる。あるところにはあるのか。
琥珀は物理特化の白兵要員。明確な目的を持って作られたらしいので、運用のコンセプトも確りしている。魔力で動きつつも物理的に相手を殺すための兵器らしい。万が一今後そういった魔術が効かない相手が出てきた場合、俺はほぼ無力なので頼りになる戦力だ。
はて、琥珀は魔力で動いているのだろうか。神様にもらった物だから大丈夫なのだろうか。
翡翠は徐々に進化しつつ、今は下位種の竜だ。下位とはいえ竜なので中々強い。しかも元々の小さい爬虫類の姿にもなれるため潜入も得意で、俺とタイムラグなしで会話できる。隠密要員としては最適だ。
そういえば精霊獣を配下にしたり少しずつ獣軍団が組織されている。
輝夜は余り強くない。元々が強さを基準に助けたわけでなし、強くないと言っても一般的には相当強いらしい。槍とか使うし。
一番のネックは俺の魔力供給がないと死んでしまう事だ。長期戦で魔力補給できない場合は無論のこと、さらわれたりして物理的に距離が開くと一番困る。一応シュラに頼んで魔力回復の薬を作成中。できれば複数持っていてもらって時間を稼ぐ。
次にグランだが……。
「アリス様、準備が整いましてございます」
考え事を途中でさえぎられ、ノワールの声がかかった。
椅子に座ったままの骸はそのままに、その周辺に文字の様なもので円が書かれている。
「ほほう、こういった様なのかね」
「は、我が流儀ではこうなります」
「よし、では早速頼むよ、君」
「はは、心得ましてございます」
そういって深々と頭を下げると、ノワールはなんとも聞き取り辛い音を、独特な音程で詠いだした。始まったようである。彼が生前の知識を持っていれば、対策は立てやすくなる。その前に本当に対策が必要なのか、そこからだ。




