VS 中隊長
「お嬢ちゃんがやるってのか?」
「お前達如きに、アリス様の、お手を患わせたくない。それに、私たちも、主人を侮辱されて、憤っている。かかって、こい」
小さな、だがはっきりと通る声でシュラが威圧する。
「ルナ家分家、シュラム=ルーナ=アコライト。お相手する」
大きな杖を、挑発してきた中隊長に突きつける。
シュラは小さくて可愛いから、余計にプライドが傷ついたのだろう。かなり憤った顔でにらんでいる。
「良かろう! はじめようではないか! だが困ったな、かの魔術師殿が相手かと思い、兵達を集めたのだがこれではいくらなんでも卑怯だな。おい」
「はっ!」
一番横の目立たない位置にいた青年が呼ばれる。まだ少年の様な見た目だ、戦士としてやっていけるのだろうか。
「お前いって、稽古をつけてやれ。後ろにいる本命を引っ張り出すんだ」
「はい!」
どのような形式の模擬戦になるのか聞き及んでなかったが、流石に最下層にいるであろう、少年1人とは面白くない。が、模擬戦の主役はあくまでシュラ、彼女が何も言わないなら、取りあえず傍観しよう。
「お嬢さん、怪我はさせたくありません。引いてもらえませんか」
少年はシュラを心配しているようだ。まあ当然かね、シュラはエリスたちよりは大きいがまだ少女だ。向こうも少年だろうがこういう部隊に所属しているんだ、それなりに自身はあるのだろう。
「そういう、御託はいい。私たちは、主を試され、怒っている」
シュラはそういうと肩から提げたカバンから、何かビンを取り出した。あれは以前に何とかという少年から巻き上げたものだ。あの少年はなんと言ったかな、神の尖兵だった少年。
まあいいや。シュラは取り出したビンを床にたたきつけた。
ガシャン、と大きな音がして中の液体が床にまかれる。液体は石造りの床しみこまず、あっという間に気化してしまった。テープの早回しのようだ。
そしてシュラはなにやら魔法を使っているらしい。何の魔法だろうと思ってみていたら、突然対戦相手の少年が倒れた。
「っか、か、かはっ」
ふむ、窒息している? 神経毒? 筋弛緩薬? まあ早くしないと死ぬな。
「シュラ、解毒してあげて」
「ん、わかり、ました」
そういってまたビンを取り出し割る。魔法を唱える。少年復活する、と。
「ふむ、どうもビンの中の液体を気化させて、それを魔法で吸い込ませているように見えるね」
シュラはエルフ特有の風の魔法を使える。以前はもっと普通に魔法を使っていたような気もするが、カッターとか。
「そう、調合した毒を気化させ吸入させる。解毒しなければ死ぬ」
「ふざけるな! 毒だと! 卑怯ではないか!」
相手の中隊長が騒ぎ出した。
「ふむ、卑怯とは? 何の事を指しているのかね」
話しかけると中隊長が近づいてくる、それに合わせて自分も前に出る。
結局中心で向き合った。
「では、改めて聞こうか。今の戦いのどこが卑怯なのかね? 開始をする前に始まったというのは勘弁してほしい、こういう事に慣れていない故だ」
「そんなものはどうでもいい。毒だ! 毒を使うなど卑怯ではないか!」
「そこが良く判らない、毒の何が卑怯なのかね?」
「剣を抜く相手に毒を盛るのが、卑怯ではないとでもいうのか!?」
「認識の齟齬があるね。相手を無力化するという点において、剣でも毒でも目的が達成できるならどちらも同じだ」
「だが!」
「戦闘に綺麗も汚いもない、そうだよ。方法が違うだけだ。そちらの少年は油断しきっていて毒を吸った。敵が投げた液体なんて、最大限警戒して然るべきはずだ。まあとはいえ、油断した少年一人では納得行くまい?」
「当たり前だ! 毒など! 貴様らは何一つ力を示しておらん!!」
面倒な脳筋だな。
「よし、では当初の予定通り、俺が相手をしようかね。いやーすまんねシュラ。君がせっかく気を使ってくれたのに、相手が納得できないようだ」
「申し訳、ありません」
シュラもまさか戦闘方法にイチャモンヲつけられるとは思っていなかったろう。謝られてしまった。
「なに、相手が狭量なだけさ。君のやり口は興味深い、後で詳しく教えてくれるかね?」
「は、い。それは、もちろん」
「アリス様! 私なら奴らに合わせて勝てます、私にお任せください!」
話に入ってきたのはグランだ。確かに身体強化が使える魔法剣士なら、勝てるだろうが……。
「相手は俺を引っ張り出したいのだよ。まあ、君が言っても納得はしないだろうね」
「ですが!」
「まあここは一つ譲ってくれ給えよ」
グランはまだ納得いかないようだったが、とりあえず譲ってくれた。彼は俺を主君のように扱うから、強く反対できなかったんだろう。
ノワールもこっちを見ているが、彼の表情はまったくわからない。何せ骨なので。
「ついに魔術師殿がでてきたか」
中隊長以下30名ほどが構えている。
「ついにも何も、本来なら終わった話なんだがね。まあ、これも依頼料に含めておきましょう、ニズヘグさん」
遠くでニズヘグ氏が恐縮している。
「では、いきますぞ」
中隊長達が腰を低くして構える。一斉に飛び掛ってくる気か? さてどうしようかな。俺の魔術は殺傷力がありすぎる、脚を狙ったって怪我するだろうし。そしたら本番の戦力ダウンだろ。
「まあ、こうかな」
「ぐっ!?」
ずしん、と音を立てて相手がひざをつく。
「な、なんだ? 何をした魔術師!」
「なにを? ただ魔力で押しているだけですよ。『魔技』という魔力の使い方です。魔術を使うと、殺してしまうのでね。どうでしょう、この辺で納得していただけませんか?」
大商人の私兵、というからもっと強いのを想像していたが、そうでもない。
この世界の強さレベルがいまいち判らない。琥珀みたいのが居る以上、そういう戦力が必要な敵を想定しているはずだ。これまで会ったことは無いが。
「く、この程度で!」
「いや、もうその辺で結構ですよ」
ニズヘグ氏が中隊長に声をかけた。
「すみませんねえ」
「いえ、貴方のせいでは……」
「いえ、実は私の仕込みなんですよ」
「は?」
ニズヘグ氏がそういうと、中隊長が立ち上がって頭を下げた。
「失礼をお許しください! 魔術師殿!」
う、良く判らん。




