パワースポットがあるらしい
「ごめん、兄さん」
「んふふ、君に我侭を言われるのは好きだなあ。気にしないでいいんじゃないかね、無論翡翠君には後でフォローしとくさ」
「うん、有難う兄さん。起きてると疲れるから、寝て良いよ。私は兄さんを堪能するから」
俺に寄りかかっていたエリスの体が黒い煙状になり、俺を包むように移動する。
「君、こんな事出来たんだね?」
「うん。兄さんなら、こんなの見せても嫌わないでしょ?」
「意味がわからん。便利な事で、実に結構じゃないか」
それから何か話していた気がするが、徐々にまぶたが重くなり闇に包まれるように眠ってしまった。見張りをしていたのだから良くなかったが、エリスが起きていたので、今回は良しとしよう。
翌朝目が覚めて、とりあえずエリスにあまり見張り中に邪魔しないよう釘を刺した。頷いてはいたが、どこまで納得したのやら。
翡翠が支配した狼は、その支配を通じて若干強くなったそうだ。最初の支配対象なので、折角だから育ててみろ、といったら何故かノワールまで張り切っていた。
ともかく、群れを丸々引き連れるわけにも行かないので、森に潜みつつ後を着いてもらうこととなった。餌などは翡翠の魔力をもらっている事で、少なくて済むそうだ。
注意点は翡翠の魔力残量だろう。それなりに高いとはいっていたが、魔力切れは死だ。最大の注意が必要だろう。
いま考えているのが俺と翡翠の魔力をプールすることだ。といっても、翡翠が俺の魔力を一方的に搾取できる、と言うルールで。
こうしておけば多少の保険にはなる。
この案は翡翠が狼を支配するのを見て考えた。つまり今考えたものなので、具体性は無いが、輝夜の時みたいに焦る必要は無いので試行錯誤しようと思う。
その後も予定通りに都市を目指す。今まで名前が出なかったが、目指すのは「ザイル」と呼ばれる都市だ。
商業が盛んという事は物流が盛ん、と言うこと。現代日本なら未だしも、此方に着てから体感した移動手段では、末端までの物流は難しいだろう。
だから商業が盛んな都市はその国中心に近い所にあることが多い。
今向かっている所もそうらしい。首都の隣にある都市。都市国家的な考えがあるこの世界なら大きな都市国家周囲の衛星国家のような考えかもしれない。一応一つの国として纏まっているが、自治権などはしっかり持っているらしい。
例外はあるだろうが、首都ともなれば国の重要な地域に配される。間違っても国境線付近に置くものではない。
なので、その近くにある都市も必然的に国境からは遠くなる。
つまりあと何日かは旅を続けなければならないのだ。疲れる、徒歩は嫌だ。自転車でいい、自転車がいい。
国の中心に近づいても、大きな町は少ないらしい。
今日の宿泊地は小さな村だった。街道の傍にあるので宿屋と食事どころ、食料を売る店程度はある。まあ野宿で無いだけましか。
野宿も嫌いではないのだが、続くと体に来る。馬車の寝心地に期待しよう。
あまり人の行き来の少ない村で、エルフや夜族まで引き連れてウロウロしているととても目立つ。宿屋の人も驚いたようだったが、何とか3部屋取れた。
そして今は酒場兼食堂で話し合い中だ。
「少々疲れたね。ここで2泊くらいは休んでもいいかも知れんね。何しろこの体まだ子供なので」
「何でした、バロックに乗られては?」
「いやいや、独りだけそういうの苦手なのでね」
とりあえず、疲れを取るために2泊することになる。
「翡翠君、狼達はどうなってるかね?」
「周りの森にいる。自衛以外では人は襲わないようにしてる」
「そうか、とりあえず良い判断だ。人を襲うとしつこいからね。それは良いんだが、彼らはどうかな、その鍛えれば戦力になるかね?」
これは前々から考えていたのだが、翡翠の能力をつかって魔獣の軍を持ちたいのだ。
もちろん魔獣だけでなくて、手広くやりたいが、とりあえずは軍団と呼べる物を持ちたい。
「……そうですな、戦力、の対象によりますな。例えば寵姫を相手取る、等と申せば、それは全く戦力にはなりますまい」
ノワールが遠慮がちにいうが、全くしまった事だ。戦力評価はその局面を明確にしなければいけないのだった。
「あ、実に失礼したね。そうだな、俺が考えているのは、自分達で自由に動かせる軍隊のような物、が欲しいと言う事だ」
軍隊がほしい、と言う理由は簡単で敵がいると判ったからだ。
この前殺した少年は、今は翡翠が使っている能力でそれなりの数の魔獣軍を作っていた。幸いな事に個々の強度が低く、俺の能力と相性が良かった事もあり、こちらに被害は出ずに終わった。
だが今後はどうか判らない。彼のような敵が複数いるかは不明だが、俺や彼と言う実例がある以上いると考えたほうが無難だ。
そして今後どのような状況で戦うかは判らない。多面に前線が展開すれば俺一人では支えられないし、戦いが数である事は事実だ。
「まあ、だから、あの少年が使っていたトロルの群れ程度に対して通用するかどうか、と言うところかね」
「私達が展開すれば、多少の被害は出ても多面戦闘も可能」
「いやいや、君等に被害が出ないようにするための軍だよ。要は盾さ」
守る気があるのは身内だけだが、軍が身内に入らないように注意が必要だな。
「戦力をあの餓鬼と同じと仮定しますと、数さえそろえれば、と言うところ。といってもこれは現状であります。恐らくは個々の訓練で強化を図れば、相当の戦力になる、と予想されますな」
「何か、特別な方法を?」
「いえ、通常は魔獣種に限らず、訓練などしません。被支配体である事による連携と、通常行われない訓練、その他の要素を考えますと、それなりに使える、と思われます」
「ふむ、了解。じゃあそれらは翡翠とノワールに一任する。俺が余り介入すると使い捨てられなくなるからね」
「判った主人様」
「畏まりまして御座います」
小さな村なので、特にやることが無い。体を休める事が目的だから、それでも構いはしないんだが、やはり暇だ。
結局は皆で話すしかない。翡翠はノワールとネロを連れて、狼たちの訓練に行っている。翡翠も強くなったし、ノワールもそれなり以上に戦えるらしいのでまあ大丈夫だろう。
今は馬車の機能について話している所だ。
ノワールがいないので、馬車の値段についての相場が良くわからないが、大金貨10枚、日本円にして1000万の予算があるのだから、それなりの物は帰るだろう。
「俺は中が広くて、雨が入らなければそれでいいよ」
「確か、空間に、作用する、魔術が、ありました。中を、広く、出来る、と聞いた事が、あるです」
「行商人の馬車などは、それを使って積載量を上げているとか」
グラン達は俺たちに会う前は旅をして居たそうなので、多少は詳しい。
「雨はどうなんだろ、兄さんの外套だって全然雨透さないんだから、大丈夫なのかね」
「雨くらいは防いでもらわんとの。商人が使うとなれば当然商品を守らねばならんからの、まあ大丈夫じゃろ」
確かにそれくらいは当然かね。
「ねえ、馬車にも兄さんのマークつけようよ。兄さんの馬車だって判るように」
マークとはギルドのカードに入れた徽章だろう。ただ決めたは良いが後から蛇君が加入して、俺の徽章に異議が付いたのだ。
俺の徽章は赤十字に絡みつく青い蛇、だったのだが、水蛇である所の輝夜その物になってしまい現在凍結されている。
カードを見せること自体が少ないし、あまり目立っていないがこの機会に考え直してもいいだろう。
「あれは君等が気に入らんのではなかったかね?」
「だから、やり直し」
まあそうだろう。
ちなみに、グラン達にも一応徽章はある。グランとシュラは赤十字の後ろに交差した弓と剣で同じもの。ノワールはエリスと同じだ。眷属、と言うことなのかもしれない。
輝夜には以前の俺の物をそのまま進呈しよう。赤十字に絡みつく蛇、青いし、まあ合っている。
馬車に徽章と言うか、マークを描くのは一般的らしい。旗を掲げたり、家紋をつけたりもする。
当初は権力の誇示だったり、識別のためだったりと理由はあったのだが、有力な商人が真似し出して、その後に我も我もと続き今では一般的になっている。
「やり直し、と言われてもねえ」
手近にあった皮と木炭で、適当に図案を示す。黒い霧の中の赤十字、パターンで言えばエリスを強調したものだ。
「ま、こうかねえ。基本、エリスが一番だから」
「……………………っけ」
「エリスが正妻でわれらは愛人、無難な図であろう。我はアリスから徽章をもらったので、満足じゃ」
「概ね承諾をもらえて実に結構なことだ」
琥珀が少々以上に不満気なのと翡翠がこの場にいないのがきになるが、琥珀は俺以上に俺を理解しているので、ほっといても大丈夫。翡翠も事後承諾でいいだろう。
「エリスもそれで…………ぐえ」
一人黙っていたエリスに話しかけた。喜ぶだろうと思ったのに反応が無いから、少々悲しかったのだよ。
そしたら襟を持たれて一気に部屋に連行された。
部屋に着くなり壁際に押し込まれ、首に抱きつかれる。ほとんど同じ体格の人間に抱きつかれたため、力の向きが下になる。
力に逆らわずに、壁に背中を預けたままずり落ちて、壁を背に座り込む形となった。
「んふふ、君、実に良い反応だね」
久々に妹君に噛まれている。抱きつく体はブルブルと震え、抱きしめる腕はギシギシと締め付けるのに、噛み付く口は傷つくのを怖がるかのような甘噛だった。
「……嬉しい」
「そうだろうとも、そうでなくてはね。さらっと行ったようで、此方も一大決心の元の発言だ、それなりに心にひび……」
「うん、響いた」
口をふさがれる。ああ、良い気分だ。
結局その日は部屋でエリスにベッタリとへばり付かれて終わった。休息という観点からうすると、有意義な時間の使い方だったのではないでしょうかね。
次の日には出発の予定だったが、翡翠が情報を仕入れてきたので出発は見合わせる。
「パワースポット、と思われるものがある、と翡翠殿が言われるのです」
「本当かね、翡翠君」
「断言は出来ない。でも魔力が溜まっているような、そんな違和感は感じる」
昨日、俺とエリスが色々としている間、翡翠君は狼たちの訓練を行った。訓練等言っても正式なやり方など知らないので、ノワールと話した行き当たりばったりではある。
その一環として森の中を縦横無尽に駆け回っていたそうだ、翡翠も大型になったのでそのような動きも可能になった。調子に乗って飛び回っていると、妙に魔力が多い場所があったのだそうだ。これがパワースポットなるものか、と報告に帰ったそうだ。
ただパワースポットといっても力の大小はあるし、そういった場所には大体先客がいる。それらは領域の主と呼ばれるようだ。
エリスの強化のためにパワースポットを探して入る。しかし其処から力を得ることが出来るのは、何も精霊だけではないのだ。
もちろん強化の度合いは精霊が一番なんだろうが、普通の魔物でも強化は出来る。餌場や水場に陣取るようなものなんだろう。
先客が居ようと居まいと、どちらにせよ強化は必須だ。仮想敵があの少年レベルであるならまだいいが、尖兵とあったり、あの少年自体が若すぎたりと、色々と不安要素はある。
だから強化するのだ。俺も連日の魔力強化は怠っていない。琥珀の強化には手間が掛かるが。
とにかく強化だ。面倒な敵を圧倒的な武力で蹂躙するのだ。
「んくく、くくく」
「君、実にご機嫌だね。俺の嗤い方に似ててあまり褒められた物ではないけれども」
道すがら、エリスは実に機嫌が良い。昨日ほぼ一日を使って色々あったので、もともと上機嫌ではあったが、それに輪を掛けている。
まあそのおかげで琥珀の機嫌は非常に悪い。翡翠と輝夜はあまり気にしていないようだ。其処には明確な序列意識があるらしい。もともとこの世界の人だし、そういうのには慣れているのだろう。
琥珀は俺の脳内友人だったし、嫉妬心の塊のようなものだ。
その嫉妬の感情はとても良い気分だ。愛されている事に胡坐を書いて、愛を試すような事は禁忌だが、琥珀だけは大丈夫だ。
「兄さんが好きなの。幸せなのだよ、んくくくく」
「あ、いや、うん、あれだ、その、そう! 君! そんな死亡フラグのような台詞を吐くものではないよ。そう、良くないよ、えっとそういうの」
これだ、不意打ちに圧倒的に弱い。即応能力が無いから、あれこれ予想して予測して対処するのに、こういう不意打ちは本当に苦手だ。
「結構なことです、アリス様とエリス様の仲が安泰であれば、それはそのまま御家が安泰ということ」
「結構、です。少し、うらやましい」
「ぬ、それはこ、今度だ今度」
「ん、了解」
いやいやエルフ兄妹、最近の君らは武家みたいになって来てるからね、それは可笑しいからね。
シュラは控えめなように見えて積極的らしい。まあグランは硬い正確だから、どちらかが積極的でなければ兄妹間の恋愛など成立しないだろう。
うろたえた俺を見て、ますます笑みを深めたエリス。笑み自体は嘲笑の様になっているが、まあ機嫌がいいのはいいことだ。
最初の投稿から2年も経ってしまいました。
遅々として進まない作品にお付き合いいただき有難うございます。
どうか今後ともよろしく願います。




