やっぱり魔力はあがらない
「次、ノワール」
「はは! お許しを得まして、オイ!」
琥珀に頭を下げ、普段あまり聞かない様な声で外に呼びかけた。
入って来たのは青白い顔の女だった。20歳半ばと言った所か、割と可愛い顔をしている。俺の周りが人外な美しさなので、目立たないが悪くない。はじめて見る顔だがね。
「これはどうもお初に。どちら様ですかな?」
「……」
「申し訳ありませんアリス様。これは喋れないのです。私めの使い魔をさせております、以前に頂いた『這いずる者』です。色々と調べましたが、感染性の呪いは消えておりました。通常の物と差異はありません。そのままでは移動にも難儀でしたので、琥珀様の許可を頂き、生ける屍へと変質させた物にございます。防腐処理はしておりますゆえ御安心を」
ノワールの説明を聞き、彼女を見ると深々と頭を下げていた。
「事後承諾、いいよね?」
「構わんとも、食事は?」
「生肉を与えておけば良いでしょう。管理は私めが。尤も使い魔です、自分の事は自分で何とかしましょう」
「使い魔は構わんが、あまり粗略に扱うなよ。身内は大事だ」
「はは!」
ノワールと共に使い魔が頭を下げる。
「そういえば名前は?」
「いえ、まだつけておりません。使い魔自体がこれだけですからな、区別する必要もないかと」
「ふむ、まあ俺達が呼ぶときに困るから、適当につけよう。ノワールの眷属だから、ネロでいいかな」
ネロ、ネーロ。黒のイタリア語らしい。
「勿体無くございます。有難き幸せ」
ノワールの本音は判らんが、まあ別にいいだろう。それにしても、どんどん大所帯になる。
「次に、輝夜」
「ん、君からも何か?」
さっき仲間になったので、特に報告とかは無いと思うんだが。
「うむ、あの少年に操られていた時に判った事をの」
「ほう、聞こうじゃないか」
「まず、操られて判ったのじゃが、我の先に乱心した二人の眷属、あれは我と同じ操作ではない」
輝夜が言っているのは、以前に倒した、森の賢者殿の他の眷属についてだ。特にそういう話は出なかったが、俺は勝手に彼らもテイムされたものだと思っていた。
「自分が操られている時の事は覚えているが、どうも我の力が強かったゆえ細かな操作、と言う物ができなかった様なのだ」
「支配、と言うからにはあまり自由意志はないのじゃないかね?」
「主人様、翡翠の能力は、自由意志が残せる」
ふむ、別物なのだろうか。それともあの少年があえて意思を残さなかったのだろうか。
「どちらにしても、我を操りきれなかったのに、二人の眷属をあのように自然に支配できたとは思えぬ。彼奴等は我より強力じゃったからの。ゆえに、別の何者かがいる可能性があるということよ」
「ぬ、さらに別の能力者か。操作系の能力は勘弁してもらいたいねえ」
それは俺の致命的な弱点と言える。しかし現時点では、結局有効な対策は不明だ。
「その他は?」
「特に無い」
「うん、では最初に戻ろう。今後の指針についてだがね、やはりプレイヤーの存在が実に気になってね。神の尖兵、とやらも気になるし、此処からはプレイヤーが居るものとして行動したいんだが、どう思う? 輝夜がいった別の操作者の事も非常に気になる」
俺が居て、彼が居たんだ。偶然としても、3度目が無いと考えるのは迂闊に過ぎるだろう。
「私も同感です。相手の持つ脅威を考えると、楽観視する事はできません」
「同感、です。それと、今までも、似たような事、あったかもしれません。調べる、必要がある、と思います」
グラン達が同意を示す。
「僭越ながら、情報も必要でしょうが正直それをする手立てに不安がありますな。知識の都、リーブルの大図書館あたりが有望でしょうが、過去の文献を当たるだけで一苦労、加えて何を調べればいいのか……」
「同意。雲を掴むような話」
反対意見はノワールと琥珀からだ。
「うむ、一理ありますな。闇雲に調べるのも難しい、か。浅慮でありました」
「では、どう、します? 私、は、馬車……物資を、整える、べき、だと思います」
「ふーむ、エルフの娘よ、主見かけによらず学があるの。物資、と来たか」
シュラの発言に輝夜が同意する。俺も同意だ。
「琥珀、様が、教えて、くれます」
「ほう。琥珀殿が、のう」
輝夜が琥珀を見た。面白がっているようだ。それにしても琥珀がそんなことをしているとはね、俺も初耳だ。
「琥珀、でいい。立場は同じ」
「謙虚よの、流石に同じではない。が、主が良いと言うなら甘えさせてもらおう」
「ふむ、仲が良くて結構なことだ。ところで、琥珀が教える、とは? 何かしているのかね?」
琥珀は元々戦略・戦術立案用の相談役としての機体だ。それに関係しているのだろう。
「アリスが考えている通り。戦略の基本と自衛手段を教えている。対象はアリス以外」
予想通りだが、此方から頼まなくても動いてくれるのはあり難い。だが、何で俺以外?
「有難う。琥珀には色々面倒を掛ける。この先必要かは兎も角、全員が共通認識できる知識とは重要だ。俺も覚えてみたいが」
「アリスは良い、私達の主だから。いざと言う時は私がサポートする、それは私の仕事」
「ふむ、そうか、それでは宜しく頼むよ」
どうも、エリスもそうだったが役割機能に大分重きを置いているらしい。それならば触らないでおこう。
「話がそれたね。結局の所物資を整えるといってもね……早速だが琥珀、具体的にどうすれば良いかね?」
恐らく物資を整える、と言うのは今まで俺がしてきた、飢饉に備えるとかの蓄え、とはまた違う概念なんだと思うが、目的が良く判らない。
「アリスの概念で言うなら、国……そこまで大袈裟じゃなくても秘密基地を作りましょう、と言う事」
「ふむ」
「此処の様な休息場所、あるいは何かまずい事が起きた時の為の避難場所。たとえばギルドや国と揉めた時に立て籠もって隠れられる様な。ある程度自給自足できる所」
「成る程ねえ、今回の件だってギルドには好印象を与えてないだろうし、確かにそんな場所があるならば安心材料の1つにはなるだろうが、気安くそんな場所が作れるのかね? 自給自足と言うのは中々の物だと思うが」
最初から完全に自給自足する必要は無いので、そこまで難しくは無いのかもしれないが、人数が増えてきたとはいえ少人数だし、人員の当ても無い。何より場所が問題だと思う。
国が管理している所を勝手に使ってたら、それこそ国と揉めかねないと思うんだが。
「まず自給自足、と言うのはあくまで最低限。動物が多いような森が近くにあればそれだけでも暫くは大丈夫」
俺の懸念を問うと、琥珀が答えてきた。
「人員は問題ないと思うけど、もし必要なら奴隷を買っても良い」
「成る程、そういった資金はどうする? ギルドと敵対した事を考えるなら、資金源を他に考えた方がいいと思うが」
「そうですな。この世界の住民すべてが冒険者と言うわけもなく、魔物の素材の買取や薬の販売、また個人的な護衛依頼等ありますし、何より冒険者ギルドも高階梯の冒険者と事を構えはしないでしょう。自分達の手駒を減らす事になりますからな」
元ギルド職員のノワールが言うと実に説得力がある。確かにギルドに依存しなくても金は稼げそうだし、ギルドとも早々簡単にもめる事はなさそうだ。
「そして場所ですが、これは問題ないかと。国が管理していない無管理地帯など幾らでもあります。管理されている地域のほうが珍しい。無論守り易さや気候、地形など考慮したうえでの場所の選定は必要でありましょうが、場所そのものは潤沢でしょう」
「エルフ、の森、も、そういった、無管理地帯、を開墾した物です」
「無管理地帯、か」
「アリスの世界では無かった事だけど、この世界では普通。開墾し一定の規模を持ち、周辺に影響を与えるようになると町に成り、大きくなれば国に成る」
「何とも、大雑把な事だね」
「この世界では普通の事。そもそも国という単位が小さい。元々魔物の襲撃から身を守るための集団だった物だし、広大すぎる世界だから領土問題もほとんど無い。領土が広くてもそれを維持するのも困難」
何となくは理解できる。前世で領土問題が深刻なのは、人口、経済活動にくわえてその領土を生かせるだけの技術があったからだ。この世界でそれは難しいだろうし、領土を維持するのも前世より大変だろう。魔物なんて居るのだから。
「成る程ねえ、ある程度理解は出来るが、やはり不思議な感じだね。土地が余ってるなんて言うのは」
「アリスはそうでしょう」
「アリス様の世界は、何とも不思議な世界ですなあ」
「まあ君等から見たらそうだろうね。さて、秘密基地成るものを作るのはいいのだが、場所の選定なり何なりですぐにとは行かない。まずは馬車を手に入れて彼方此方歩き回ってみようと思う。それにプレイヤーなんて物騒な物が出てきた事だし、エリスや琥珀の強化のための場所を探さねば成らない」
エリスはパワースポットの様な所で、琥珀は古代遺跡だ。琥珀の方が難しそうだが、どうせ目的も無いのだから探しても構わないだろう。
「それは判っている。この世界は広すぎるから、拠点を作るにしても一つでは足りない。でも本拠地は必要だし、移動手段も心当たりがある」
「ふむ」
「私が眠っていた遺跡。あれらはネットワークで繋がっている。魔力で稼動するテレポーターのような物」
「何とも超技術だね。予想は出来るが、一度現地に行って起動しないといけないのだろう?」
「あたり」
「ますます持ってゲームだね。まあ目的が一致しているのはあり難い。とりあえず、馬車を手に入れよう」
話し合いというか何というか、とにかくその類が落ち着いた。会話に参加しなかったエリスと翡翠だが、エリスは反省中との事で、翡翠は寝ていた。進化しても大きさは自由らしく、また俺のフードだの膝だので眠る日々が続くのだろう。実に良き哉。
「それにしても……精霊や魔道人形と言う物は、遣り様によって魔力を高められるのか。羨ましいものよの」
「輝夜、アリスの眷属になったのだから、お前の位階も上がるだろう。そうすれば魔力も増える」
「ほう、そうか。実に僥倖よの」
輝夜がふと漏らした言葉が気になる。
「何とも羨ましいですなあ。ことに、魔力を上げる為外法を持って骨になった身からすれば。まあ、それだけが目的ではありませんがね」
ノワールの発言も気になる。
「ね、君達。前から聞こう聞こうと思っては居たんだが、タイミングが無くてね。魔力は一度使い切って、再度回復する時に増える物だと思っていたんだが、間違っているかね?」
今までは、魔力枯渇時に起こるかなりの苦痛に耐え兼ねているんだと思ってはいた。苦痛な事は長く続かないし、死なないのが不思議なくらいの責め苦だ。一回毎に上がる量も大した物ではない。となれば、魔力の向上を渋っても実に納得が出来る、と思っていた。
自分はドウなのか問われれば、こんな道すがら化物が闊歩するような世界で、非武装で居るなんて気が狂ってしまう。死なないのだから、我慢しよう、と思っていた。
だが、ノワールが死んでまで魔力を上げたがった、と言うならば前提がおかしくなってしまう。
「くっ! かかかかか……」
突然骨が笑い出した。表情が見えないので其れなりに迫力があるね。
しばらく笑っていたかと思うと、突然ぱたりと糸が切れたように動かなくなった。
「この身を化物に落としてまで得た魔力を、それほど簡単に、全く、なんということだ」
「ノワール、アリス様、に、思う所、でも?」
何らかの感情が篭っているであろうノワールに、意外にもシュラが噛み付く。
まあでも、ノワールの気持ちは判らんでもない。自分が死ぬ思いでやり遂げた事を、簡単にやられるとなると、それは腹も立つだろう。一々死に掛けてるので、決して簡単ではないけど、骨オンリーにナルよりは楽だと思う。
「狂って居る。ああ、何とも狂っている! 我等が主は狂人で在らせられる! 死とはそんな半端な物ではない、地獄とはそんな温い物ではない、狂っているとも、ああ、ああ、狂っているとも」
ノワールが笑う。骨をカチカチ言わせて大仰な身振り手振りで、高らかに言い立てる。彼の着ているゆったりしたローブがその度にフワリと揺れ、なにやらどこぞの教祖のように見える。
「ノワール、いい加減に……」
シュラの目が見開かれ、魔法なり魔術なりを発動しようとした、と思われるが……ノワールは床にひれ伏した。
「やはり私の目に狂いは無かった。いや、何もかも狂っている。それでも尚、私は正しかった!」
「ふむ……君、大体の状況は察するが、やはり魔力の向上はどうにも異常な事のようだねえ」
手でシュラを制してノワールに尋ねる。寵姫共は念のため網で縛ってある。軽く止めてあるだけだが、此方の意を汲んでくれているのだろう。
「我等が主、偉大なるアリス様。魔力を上げるため古今の魔術師が手を尽くしてまいりました……」
彼の話を要約する。
やはり魔力と言うのは基本的に上がらないようだ。もって生まれた物に、僅かに上昇するかどうか、と言う物。魔方陣が存在するので、魔術を使うのは難しくないが、魔力のせいで実用に足るのは一部の人だけ、らしい。
当然魔力を上げる為の試みがなされる。
問題となるのは、魔力は使い切ると死ぬことらしい。死に方は様々だが例外は無かったようだ。
何故俺が死なないのかは不明である。不明では在るが、恐らくはエリスが入れた魂の影響だろう。1つの体には過負荷となる魂は、不老だけでなく擬似的な不死をもたらすと言う。
魔力枯渇による死因に対抗できるだけの不死性を、俺は持っているということだろう。
「偉大なる我が主よ。世界の根底を覆す、ばかばかしき力の持ち主よ、どうか末永く我等の主たらんと、伏して、唯付して願い奉りまする」
ノワールが床にひれ伏して仰々しく言う。悪の神官の様だ。
「兄さんは逃がさない。お前が此処に居るなら、兄さんは何処にも行かない」
「ははあー!」
やはりノワールはエリスに任せるのが楽でよい。




