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異世界転生:ヤンデレに愛された転生記  作者: 彼岸花
3部[タイトル未定]
76/105

拉致?

 ふむ、割と懐かしい景色だ。

 周囲を見渡すと、以前に住んでいた家、実家であった。実家のエリスの部屋、まあ俺の部屋でもある。

 何年も経った訳ではないが、何か懐かしさすら覚える。

 成長著しい訳ではないので、今でも調度良いサイズのベッド、それとひんやりとして、緊張感を持った空気。この部屋に居る時は常に気を張っていたからな、妹君の精神状態やら外の両親の動向やら。


「お帰り、兄さん」

 背後から声がする。当然のようにエリスの声だ。

「お帰り?」

「うん、お帰り」

 先程の不機嫌が嘘の様に上機嫌だ。我が妹たるエリスは、この世と隔絶した美しさを持っている。創られたと評すれば良いのか、完璧に過ぎるほどの美少女だ。

 機嫌が悪ければ悪いほど、その容姿は人形染みて行き、先程の様な無表情では完全に人形だ。

 大して今の様に上機嫌であると、その美に人間的な要素が加わり、この上なく美しい。


「俺は人形愛ピュグマリオニズムにも怯まない男ではあるが、今の君も実にいいね。所で、これは一体?」

 因みに琥珀はすでに俺が勝手に定義付けている、人形愛、からは外れている。あれは人と同じだと思う。

 完全に動かない人形と言うものを愛でる。少々趣味ではないが、守備範囲ではある。


「最近は兄さんを独り占めできないから、独り占めしようと思って」

「ほほう、それでこの部屋は?」

「兄さんの空間制御の魔術、影の中に仕舞っているでしょ。それの応用かな。ほら、私影は専門だから」

「よりによって、此処を模したのは? 君には良い思いではない筈だがね」

 ここは、エリスが虐待を受けていた部屋で、過去の象徴みたいな物だ。俺でさえ、今も扉の外を気にする事を止められないのだから、エリスは更に深刻ではないのか?



「違う、違う、違うよ兄さん。ぜんぜん違う、此処は私が兄さんを独占できていた場所。当時の私は兄さんさえ信じていなくて、今考えれば後悔しきりだけど、細切れに私が話す我侭を、兄さんは必ず叶えてくれたし、頭撫ででくれたし、温めてくれたし、食べ物くれたし、私が必要だって言ってくれた」


「ここは私が初めて意思を持った思い出の場所。此処での事は、今の私が羨む位、幸せで、大切な思い出」

 エリスはそう言うと自分が座っているベッドをポンポンと叩いた。来いって事だろうな。



 ベッドに座ると、横からエリスが抱きついてきた。不自然な体勢だが、首に縋り付くように抱きしめられる。エリスの綺麗な黒髪がサラサラと気持ち良い。


「この状況は、むしろ俺にとってはご褒美だがね、流石に外が心配するんじゃないかね? この中は時間の調整とかはしてないだろう?」

 闇の属性を極めると、時間すら操作できるらしい。なんとなく重力とか光とかが関係するんだろう、とは思っているが詳細は謎だ。そもそも、魔法とはなんだろうな。


「……そんなこと、どうでも良いでしょ? どうして、私といるのに他を気にするの? 兄さんは私の兄さんなんだよ?」

「うん、確かにそうだ。俺は君の兄だった。大変失礼したよ」

 エリスの顔が無表情に戻り、気温が低下した。この空間は正にエリスの領内だから、感情に反応したのかもしれない。


「私の兄さん……私の兄さん。兄さん、寒いから……あっためて」

 手を引かれ、ベッドに落ちる。エリスはまだ10代前半、それなのに何とも妖艶な誘い方をするじゃあないか。

 正直に言えば、女性と褥を共にするのは嫌いだ。罪悪感もそうだが、抱きしめる事が尤も安心感を得る方法で、それ以上は余計な事なのだ。



「君の事は好きだが、やはりこのまま抱きしめている方が、満たされる」

「知ってる。だから、普段はそれで我慢するから。たまにはキスして、その先まで……。それで我慢するから。兄さんが他の女を構っても、琥珀を大事にしても、翡翠とじゃれてても……あの蛇を助けても我慢するから」

 エリスは俺の首に手を添えた。

「本当は我慢なんて嫌………………皆死んだら良い、兄さん以外は皆死ねばいいの……私だけだよ兄さん、私だけを見てよ! 皆皆邪魔! 邪魔なの! どうして兄さんと二人でいられないの、皆邪魔をする! 死んでしまえばいいのに!」

 ギリギリと首を絞める力は強くなる。魔技を使って体内の気道が潰れないように補強する。頚動脈も同様だ。


「兄さん、兄さん、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん……。好き、大好き、兄さんが好き、大好き。誰にも渡したくないの、触らせたくない、話しちゃ駄目、兄さんは私の兄さんだから、誰も見ちゃ駄目、ここにいるの、兄さんなんだから。何処にも行っちゃやだ、捨てないで、ここにいて、父さんも母さんも来ないよ。兄さん、ね、ね、ここにいて、ね。怖いから、寒いの、おなか減った、兄さん、お願い、お願いだから、捨てないで。兄さん、兄さん、に……」

 首を絞める力が強くなって、補強していない骨の方が軋んで来た。

 堪らなくなってエリスの頬に手を添えた。


「君」

 声帯が潰れている性でやや嗄声気味だが、声が出た。滑々(すべすべ)で弾力も最高な頬をするりと撫でる。


 俺の声を聞いてか頬を撫でられた性か、エリスはバッ手を離してしまった。

「ご、ごめんなさい! 違う、兄さんを傷つけるつもりはなくて……」


「手、離してしまうのかね?」

「え、あ、違うの……」

「残念。俺を殺してしまいそうな、実に良い依存具合。良い心地だったのに」

 下からエリスの髪を撫でる。さらさらで細く、上質のシルクのようだった。



「君は最高だ。俺の保護欲を満たしてくれる、独占欲を満足させてくれる。依存されている、と全身で感じる事ができる。ああ、君は実に可愛い。俺の可愛い妹、君を捨てるなんて有り得ない。君が俺に依存したように、俺も君に依存してるんだから」

 言葉を切る、体内からあふれ出そうなこの歓喜をどう表現したらいいのか。


「君は本当に素晴らしく俺好みだ。姿形など瑣末な事だ、君の心根なかみは俺を安堵させてくれる。少なくとも今は必要とされてるって思える。人間には有り得ない、心からの依存。なんて心地良いんだ。エリス、君、俺の可愛い妹」

 とても嬉しくなって、涙が出てくる、なんだか嬉しいのか哀しいのか判らなくなってきた。でも今はまだ大丈夫、俺の事が必要であると言ってくれる。まだ、俺は捨てられない。


 

 ふーっとエリスが息を吐く。俺が心を落ち着ける時の所作だが、真似している内に移ったのだろう。俺もやる、落ち着かないと何を言ってしまうか判らない。


「ごめんね、最近兄さんが構ってくれなくて、夜眠らせること(私だけの仕事)も無くなっちゃって、兄さんが遠くに行ってしまったようで……」

「君の気持ちがよく判るだけに、実に罪悪感があるね。緊急事態といえ、結果的に君を蔑ろにしたのは確かだし、その原因が他の女である事も、全くの事実だ」

 理由がどうであれ、実にまずい事をしたものだ、と思う。蛇君や身内を見捨てる選択肢は無いから、同じような事を繰り返すのは間違いないが、それでも反省は必要だ。



「兄さんがそういう人で、私は兄さんを逃がさない為に、皆と一緒にいるの。それは私が決めた事で、兄さんは悪くない」

「俺が君たちの配慮に胡坐を書いているのは事実だ。だから俺も君らに最大限の配慮をしなければ行けないんだが、どうにも俺はそういうのが苦手でね。これからも間違いなく、君に寂しい思いもさせるし、他の身内を優先する事もある。……ねえ君、俺が言うのもなんだが、君なら他に……」

 全く言うつもりも無かったのに、君なら他に良い男が見つかる、なんて自分の首を切断するような言葉が出そうになる。


 悪い癖が出た、と思うと同時にエリスの俺の中の比重が此処まで重くなった事に少し嬉しくなる。

 自己評価が低く、本気で人の心が判らない俺は、自分と居るよりも、他の人といた方が幸せに成れるのではないか、と常々思って生きている。

 自分と居るのは良くないと、そう思って生きるのは存外骨が折れ、唯でさえ脆い精神がギシギシ言う。しかたなく、他人の事等知るか、俺は俺の為に彼・彼女と居るのだ、と開き直るのだ。


 そして、彼等の重要度が自分より上に来たとき、初めてこの台詞が口をつく。そもそもが重要な相手だ、こう言った所で離れる訳が無い、と確信しつつ言うのだから始末が悪い。結局は罪悪感の捌け口だ。

 それを自覚して、相手にとって非常に不快な事すら知っていて、それでもなお言ってしまう。何とも度し難い屑野労だ。そう思った所で、今更変われるとも思えないが。



「知ってる」

 脳内で自己を卑下しつつ、相手を試すような台詞を言おうとした口を塞がれた。

「知ってる、その兄さんの台詞。言うべき時も相手も意図も、全部知ってる。まあ琥珀に聞いたんだけどね、便利ねあの

 口を塞いだ手にギリギリと力が入る。エリスの小さい手では俺の顔を覆えないのだが、魔法か?


「此方を試すのも、それを言う相手が何なのかも、知ってる。だから、嬉しいけど、やっぱり腹は立つね。兄さん、私が兄さんを捨てるかどうかじゃないの、兄さんはもう逃げられない。私達が絡め取った獲物なの。口当たり良く唆しても駄目よ? 兄さんのこれから先の長い一生、私が消費しつくすんだから。でも……」

 口を塞いでいた手の力が緩み、唇を撫でられる。


「身勝手で、腹が立つ。この位は仕方ないよね」

 そう言うと俺の顔に唇を寄せ、噛み付いた。

 とっさの事で反応が遅れるが、俺の唇を持ってったらしい。結構な血が出るが、そんな物は治癒でどうとでもなる。


「君。闇の精霊は、噛み付くのが習性なのかね?」

 キスでもされるのかと、ちょっとドキドキしてしまった。エリスは昔から噛み付く癖があるが、大体は混乱している時だったんだが。


「うーん、癖なんだと思う。他の精霊を知らないけど、私に関しては確実に癖だよ。味を占めた、とも言うかな。だって、私がどうにも成らなくて噛み付くと、いっつも兄さんが抱きしめてくれて、慰めてくれたから……味を占めもするよ」

 そう言うと笑う。


「兄さん、私は人間じゃない」

 暫く俺の傷をチロチロと嘗めていたエリスが、真面目な声でそういう。

「私は闇の精霊。理解しきれて無いみたいだけど、人間じゃないの。だから、兄さんが心配しているような事は、絶対に起こらない」


「ふむ、君の意図がよく判らないんだが」

「兄さんが心配している事。私達が自分から離れて行くのではないか、他に良い相手が来て横から取られるんじゃないか、嫌われる、忘れられる、居なくなる」


 確かにすべて怖い事だ。俺は孤独に耐えて楽しむ事ができるが、いつまで持つか判らないし、何よりも寂しさは怖い。今まで自分を満たしてくれていた相手、その喪失とそれに伴う空虚な、波立たない感情が俺の尤も恐怖する事だ。

 だからだと思うが、エリス達のように一心に相手が自分を求めてくれる。それこそ殺そうとする位まで、ともなれば安心と幸福を感じるのだ。

 そして、それを失う可能性に至り恐ろしくなる。多くの場合、言い訳と諦観でそれに耐えるが、耐え切れなくなると何もかもを捨てて逃げ出すことすらある。まったく、幼児期のトラウマなど厄介な事だ。




「闇の精霊は人間じゃない。その精神は人間の様に柔軟ではないの。精神や魔力といった物が形を持ったのが精霊、らしいけど私はよく判らない。でも私達の精神が様々に変わる人間の精神ほど、複雑でないのは判る。精神そのものな精霊だから、コロコロと思いが変わってしまえば、自我を維持する事もできなくなる」


「兄さんの事が好き、という感情は私そのもの。もう動かせないし止められない。兄さんが他の女と逃げても、私を殺しても、他の男に私を差し出しても、何もかも嫌になって逃げ出しても、何をしても何をされても……たとえこの世界を滅ぼしたとしても私の心は動かない。そもそも精霊とはそういう物。精霊に見込まれたら最後、貴方が死ぬまで、死んでも、生まれ変わっても追って行く。だから、安心して、兄さん。他の人の方が良いとか、怖い事言わないで、ね」


「琥珀もそう、あのは兄さんの人形だから、そもそも裏切るという思考がない。翡翠は兄さんの従魔、裏切る訳が無い、あの蛇も兄さんからの魔力が無ければ死んでしまう。あのエルフの兄妹だって、兄さんの居ないところで本音を聞きだしたの。少々きつくなってしまったけど、大丈夫。あの二人は兄さんに心酔しているし、兄と妹を助けてもらったってすごく感謝してる、裏切るなんて考えもしない! あ、あの骨、えっとノワールなんて私の眷属だ者、兄さんを裏切る訳無いのよ! だから、だから」


 最初は静かに、言って聞かせるように説明していたエリスだが、徐々に焦り出した。

 この期に及んで、満たされる感覚を得るのだから、全くもって人間の屑である。ただ、慕ってくれる相手に対して、幾許かの信頼を寄せる事は難しくない。

 信頼はすでにしているのだろう。後は俺が逃げなければいいのだ。



 その後、やや取り乱したエリスを宥めた。

 恐らくエリスは、俺以上に寂しさ、という感情に敏感なのだろう。俺の寂しさを慰めてくれたのか、去って行きそうな俺が寂しかったのかは判らない。


 ベッドの上で壁に寄りかかり、膝の上にはエリスの頭があり、俺はその黒いサラサラの髪を撫でている。

 落ち着く。実に良い気分だ。

 


「そろそろ、行かないと」

 膝の上から俺を見上げ、撫でる手を更に撫でていたエリスが残念そうに言う。

 どの位の時間この空間でエリスと戯れていたのか、時間の感覚は無かった。かなり長い時間エリスと、かわいい妹と戯れていたと思う。それはもう色々と。


「おや、此処から出るのかね」

「うん、兄さんを閉じ込めておこうと思ったけど、やっぱりそれじゃ駄目なんだと思う」

「そうだねえ。閉鎖空間で人間の精神がどこまで持つかは、ちょっと判らないねえ」

 人間の精神は刺激が無い状態に弱く、一定の刺激では慣れてしまう。実に脆く出来ているので、通常の精神しか持たない俺の場合、この空間に長く留まるのは不可能であろう。



「外に出すと、他の女に集られるから、壊れてても良いからここにおいておこうと思ってたけど、それじゃあ駄目。兄さんは兄さんで無いと、私も耐えられない」


「置物で良いならそれも構わんが。まあ闇の精霊の精神なら、それも良いのかね?」


「ううん。さっきも言ったけど精霊は精神そのものだから、兄さんを失えば、私もそれで終わり。だから、外に行こう。また、此処に帰ってくるけど、今は外に行こう」


「ま、いずれ別の場所も提供したいものだが、ここが君の故郷であるなら、再訪も吝かではないよ」 



「兄さんが独り占めできる場所。何時か作ってね、私もそこに居たいから」

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