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とりあえず聞いてみようか、とかなり軽くエリスは言うがそれは結構な事ではないのだろうか。
「出来るの?」
「今の状態ならね。もう私の支配下にあるようなものだし」
確かに、今の昏睡もエリスによるものだ。
「ねえ、兄さん……怖くない?」
「怖いねえ、この少年、本当に生き返るなら、どうした物か……」
そもそもが黄泉返るってのが怖い。古来から黄泉に行ったなら帰って来てはいけないんだ。たとえ神であってもそれは禁忌だ、死なないなら兎も角、黄泉返るというのは……。
「そうじゃ、なくて。わたしのこと、こわくない?」
また不思議な事を言い出したな。
「判らんねえ。そもそも質問の意図が判らん。君、常日頃言っているだろう? 質問は端的に願うよ」
「普通は、怖いと思う。心を操られるのは。兄さんは、私に心を乗っ取られているかも、と思わない?」
いつも唐突に悩みだす子だ。まあ、俺の同類なんだから実に自然な事だ。
「さて、考えた事もないね。ただね君、君の事は怖くない」
「え、あ、うん。ありがと」
「何を呆けているのかね?」
「普通はエリスを恐れる」
「闇の姉様は怖い」
翡翠君、大丈夫かね?
「心と言うものは大事」
「ふむ、琥珀の言う事は尤もだが、君等の性質は何かあれば俺を殺すような物じゃあないかね? 殺される事を楽しんでいるのに、心を壊される事を楽しまないと思うのかね? 心外だねえ、実に、実に心外だよ君。ヤンデレ好きという業を、全くもって見縊っているんじゃあないかね?」
これは正しく心外だ。殺されたり壊されたりを怖がっているのでは、唯の修羅場スキーじゃないか。我等の業はそんな物ではない。初めに嫉妬ありき、嫉妬原理主義を侮ってもらっては困る。
「兄さん、有難う」
「大丈夫、理解してる。だから、アリス、大好き」
判っているなら重畳、実に結構だ。さて、脱線した話を戻すとしよう。狂気への愛を語ってしまえば、一昼夜は止まらない。
「で、どうやって話を聞くのかね? この少年は深昏睡の様だが」
「それは大丈夫。私がやってるんだし、でも起こす前に話せるようにして」
そういえば余計な事、まあ呪文みたいな物を唱えられない様に口に石詰めて縛ってたんだっけ。エリスがキーコマンドを発言することで魔法を使っているのを見たから警戒して居たんだが。
拘束はそのままに口から石を外して一応話せるようにする。舌切ったりしなくて良かった。
「はじめるけど、良い?」
「ふむ、エリスを疑う訳ではないが、話したようにこいつ等は何がどうなっているか判らない。油断しないようにね。万が一の時には殺して良い」
それでどうなるか判らないが、躊躇して此方がやられては本末転倒である。
「起きろ」
エリスの言葉に従って少年が目を開いた。散瞳している。大丈夫なのかね?
「偉大なる兄の言葉に従え」
大仰な事だ、まあ気にしていても仕方ない、はじめよう。
「まず、そうだな、君は一体誰だ?」
「鎌田浩太、14歳、日本人」
「大丈夫みたいだね。確かめる術が無いが、ここは信じる前提でやるしかないし」
「此処はどこで、今は何年何月?」
「此処はゲームの世界、今は2014年3月31日」
「なんていうゲーム?」
「知らない」
俺の死んだ日付とそう遠くない。誤差の範囲だろう。ゲームの名前を知らない、という事はそう思い込んでいるだけ、という説が有力か。
「君はどうやってここに?」
「パソコンを立ち上げたら中に吸い込まれた。神様が此処に送ってくれた」
「その時に貰った力は?」
「ランダムに能力と称号が二つもらえる贈り物。魔獣支配と剣線破棄を貰った。魔獣支配は魔獣を使役できる、代償に魔力を使う。剣線破棄は剣を振ると相手が切れる」
ふむ、神様から貰った物は俺と似ている。俺はそれに脳内の演算機や琥珀を貰ったわけだが、この少年は死んだ訳ではなさそうなので、その辺の違いかもしれない。
「さっき最初の町やそういうゲーム云々と言っていたが、神様から何か説明が?」
「神様からは好きな事をしろと言われた。パソコンで始めようとしていたゲームが、魔獣を操って町を攻めていくシュミレーションだったからそう思った」
「君は死んだらどうなる?」
これがある意味一番大事な質問である。あれこれと聞いているが、これが判らないと対処方法が無い。
「知らない」
ま、そうだよね。態々説明されなければ知らんよな。
「神様は他に何か言ってた?」
「自分は破壊と再生の神、好き勝手に生きろ」
ため息が出る。俺の時は狂神ルナティックだった訳だが、破壊神か。多くの神話では主神に近い位置か、主神そのものである。この少年は殺すつもりだが祟りとか無いかね。
「さて、どのようにした物かねえ」
この後も適当に質問をしつつ相談する。
少年は何処かの誰かに転生したわけではなく、気が付いたら森の中にいたそうだ。
武器や防具、その他アイテムなどの支給は万全だったようで苦労は無かったようだ。意外にも逞しい人だ。
例えば、俺との戦闘中に見せた脅威の再生薬や魔力の回復薬などが、その支給品という事になるだろう。そして何よりもその入れ物、見た所明らかに容量以上のものが出てきた。いわゆる無限に入る袋、アイテムボックス等と呼ばれる類のものだろう。
RPGの大きな袋といえばお約束だ。このお約束が無いと、アイテム管理に非常な煩雑さが伴う。個人個人が携帯する様式になると、戦略性すら出る始末だ。それが良い、という者が居ても当然だし、俺も結構好きだ。
ただ現実にはアイテムボックスがあると非常に助かる。現実の冒険には食料や水、その他の生活雑貨も持ち歩く必要があるからだ。
俺はすでに収納用の影を空想魔術で作成し、何とか運用している。毎日毎日こつこつと魔力を注ぎ込み、いまや相当な広さを持つ収納場所になっている。欠点といえば操作が俺にしかできない事だ。
「なので、この袋の性能はありがたい。非常の場合誰でもつかえる収納があると便利だ。そうだね、シュラあたりが良いかね」
「なんで?」
エリスが疑問を呈する。自分でない事が気に入らないのか、声は固い。
「いやいや、君等は大体俺と一緒にいるからね。別行動するにしても君等は俺より強いから、まあ信頼の証だよ。別行動するならグラン達だろうし、前衛よりは後衛の方が余裕がありそうだと、その程度の理由だね」
まあエリスが気に入らないのは、ただただ自分じゃないという事実のみだから、この程度では機嫌は直らないだろうね。しかしそれでも根拠を示されて否定するほどの事も無い、我慢してもらおう。
袋の中身はほとんど空だったが、辛うじて魔力回復薬が2個ほど入っていた。まあ袋自体の方が貴重だ。後で容量等調べておかないと。
「アリス、様。この薬、一個頂いても、良いで、しょうか?」
「ん? 構わんが、魔力切れかね?」
「いえ、あまり、見ない薬効、ですので。研究したら、同じものが作れないか、と」
「シュラは薬師の真似事もしておりました。一人では難しいでしょうが、ノワールの手を借りれば、と思っております」
グランが補足してくる。相談したような素振りは無かった。阿吽の呼吸は流石といったところか。
「薬学は専門外ですが、お手伝いできる事があるやも知れません。何より魔力の回復薬など、見た事も在りませんからな。研究の価値は十二分にあるかと」
「ほう、無いのかね? 貴重なだけかと思っていた。魔力の重要性を考えたら、ありそうなものだがね」
なにしろ各国の軍事力の指標にも成っている程なのだ。以前にも述べたが、『魔力貯蔵』の魔方陣を用いて貯蔵した物が軍事力に相当する。抑止力かもしれないが。
因みに魔力貯蔵は効率が悪いらしく、毎日の様に貯蔵しても微々たる物だそうだ。これはノワールに曰く。
だからこそ回復薬などの研究はしているだろうと思っていた。
「回復薬が無いからこそ、魔力の貴重さが高まっている、という事もございます」
成る程。
大幅に話がそれたが、とりあえず少年をどうするか決めよう。
「まあ、どうするか、と言うよりは殺す以外に何か意見があれば聞く、と言うところかね」
「殺してどうなるか、が心配ですな」
「死体が残れば大体大丈夫だとは思うけど、確証は無いね。本人が知らないんじゃどうしようもない。ただ、俺と同じような物だから、きっと殺せば死ぬ、とは思うがね」
「結論は出ている。殺すか生かすかなら、殺すべき。他の能力なら兎も角、この力は危険。エリスは兎も角、私はハッキングを受ける可能性もある」
「ふむ」
琥珀は人形だ。電力を魔力に置き換えているが、AI制御の高度なロボットと言っても良い。AIは神様から貰ったものだから、ちょっとやそっとでは揺らがないだろうが、ハッキングはいつか必ず防壁を破る事ができる、と友人が言っていた。
用心しすぎる事はないし、幸いこの少年の事を俺は何も知らない。殺しても思う所は無いだろう。
「じゃあ殺すとするよ。これは俺の意思で、殺す事にするよ」
「別に私たちの意見を尊重して、でもいいのに。兄さんと違って私達には罪悪感なんて無いんだし」
「そうですな。実験材料にしたかった、と言う未練はありますが」
ノワールから出た意見だ。万が一を考えると許可は出来なかった。
「そもそも、先に手を出された、だから、反撃は当然、です」
「然り、流石はシュラ様ですなあ。アリス様は闇の精霊様の寵愛によってほぼ不死身だとか。それでも辺りの血と体力魔力の消耗具合からどのような戦闘だったか、容易に想像がつきます」
「うむ、先に手を出したのも無論であるが、我等が主たるアリス様に刃を向けたのだ。当然の結果と言えましょう」
分家衆が同意を示す。ノワールはそれなりに実践を経ているようで、鋭い。もちろん琥珀を騙せる訳は無く、エリスも俺が生きていれば良いと言うスタンスのため触れなかった。
「ふむ、まあ世界観の違いかね。俺やこの少年が居た世界は、平和だったんだよ。やられてもやり返しては駄目、っていう法律があるくらいには、ね」
恐らくは琥珀以外は甘い、と言うだろう。ただ……それが過ごし易かったか、は判らない。余裕がある分詰まらない事で深みに嵌る。自殺者が3万人と言うのは戦争状態よりも多い。
自殺なんてとんでもない、と言う人も居るが、死にたい奴は死ねばいいんだ。死んでも明日を生きたくない、と言う事も1つの選択肢ではあるだろうから。
「まあ、そう大した意味は無いよ。気分の問題であるから」
純粋な人を殺すのは初めてだろう。這いずる人を人扱いしていない時点で、手遅れではあるが、これは人であるとして殺すのは初めてだ。
ザクッ!
銃は殺す事を楽にするそうだから、あえて剣にしてみた。少年の剣である。別に意味は無い。
「ふむ、それでもやはり、心に来る物があるねえ」
「貴方は正常に歪んでいるから、良いの」
サイコパスなんて詰らない、と琥珀は言う。そういうものかね。
さて、肝心の死体であるが、どうにも消える様子も復活する様子もない。死に戻るにしても、ゲームなのであれば死体が消えるような気もするが、流石に死に戻りした後の死体がどうなっているのかは気にした事がない。
どこかで復活している可能性は否めないが、確かめる術も無い以上、警戒しつつもほっとくしか手はないだろうね。
死体の処理はどうするか悩んだ。日本人であるらしいので、荼毘に臥すかと思ったが、殺された相手に供養されるのも憤慨物だろうし、何よりなんとなく逃げなような気がして止めた。
「それで翡翠様が吸収するのですな」
「君は翡翠にも様付けなのかね」
「恐れ多く、勿体無くも翡翠様はアリス様の姫君、重ねて言うならばエリス様の妹姫、何で無碍に扱えましょうや。寵姫とも呼べましょうが、妃様が決まっていない様なので」
結局翡翠に食べてもらう事にしたのだが、かなり異質なため吸収に時間が掛かるらしい。その様子を見るとも無くノワールと話している。彼は容姿や種族、性別などで他者を評価せず、なかなか付き合いやすい。
妃や寵姫等といった呼称を使われる身分ではないが、それは今更なので諦めている。
「確かに、我等から見ればアリス様のお傍に侍るお三方は別格の存在、また恐らくは膝の上の方に置かれましても」
グランが俺の膝の上を見ながら同意する。
膝の上の方、今そこに居るのは蛇君だ。
そう、蛇君である。実におかしな縁で出会った、この世界最初の友人。生真面目な蛇で、森の主である梟の眷属。
今現在翡翠に喰われつつある少年が操っていた友人である。
蛇君の現状については当然少年に問いただした。テイムといっても少年の能力は支配であるので、少年が死ねば精神は元に戻るはずだ。これが洗脳の類だと、かなり苦労する。
前世でも洗脳された状況を元に戻すのは、かなりの難度らしい。そもそも自分がおかしい事の自覚が無いので、そこから始めなければ成らないのが理由だ。
蛇君に視線を移して頭を撫でる。人型の時で本当に良かった。蛇君は蛇であるので、冷たくてざらざらしているのだ。両生類ではないのでヌルヌルしていないが、とても大きい蛇君なので、蛇型だと膝の上で愛でるのは捕食シーンにも似ている。
大して人型は稀に見る美幼女である。可愛いのではなく美しい幼女なのだ。
エリスも琥珀も実に良い少女であるが、蛇君とはベクトルが違う。ベクトルと言うよりは属性だろうか。
撫でていたためか、視線によるものか、蛇君が身じろぎした。目を覚ましたようだ。
「おう、アリス、久しいの」
「君、大丈夫かね?」
「くふ、アリス、また助けられた。すまんの」
嬉しそうに俺の顔に手を伸ばす蛇君。頬を撫でられる。
「そんな死ぬ様な動作は止めてくれたまえよ。君、大丈夫かね?」
「いまは、の。ただ……長くは無いじゃろ」
蛇君の弱弱しい笑みに心臓が跳ねる。今回ばかりは萌ではない、衝撃だ。
「ほう?」
表面はつくろわ無くては成らない。そうでなくては崩れてしまうだろう。




