戦闘行動
短いです、戦闘描写が壊滅的です。それでもいいという方はよろしく願います。
異世界にきて1年が過ぎた。今迄はすべて順調だった。勤勉は金を運んでくれる。食料も十分蓄えた、例え天明の大飢饉に匹敵する惨事になっても妹と俺だけは生き延びて見せる。
順調だった。ただ、順調な時には大体望まないことが起きる。幸運は足早に通り過ぎ、不幸は幸運の背中に張り付いている。通り過ぎた幸運に目を向けると、不幸と目が会うのだ。
何が言いたいかといえば、現在の俺は不幸だということだ。具体的には襲われている。
森に慣れた事もあり、少々深入りしてみた。壁の様な崖の下で網を張っていると、それが通りかかった。
控えめに表現するなら、四本の腕を持つ巨大な熊だろうか。しかし、体中に鱗はあるし、一撃で木を薙ぎ倒すし、おまけに爪を飛ばしてくる。魔法の存在で非常識な世界だと認識はしていたが、こんなキメラみたいな生物に出くわすとは、認識が甘かったかね。
現在戦闘中な訳だが、もともと遠距離戦専門の移動砲台みたいな俺なので、ちょっと死ぬかもしれない。こいつの鱗は硬いだけでなく微妙な湾曲を持っているため弾丸がはじかれる。加えて知能が高いらしい、急所をことごとく護っているため致命傷に至らない。
もちろん弾丸を弾く相手に剣戟が通る筈もなく、力も強いため魔力での足止めも不可。さてどうしたものかね。
体を丸めて弾丸を回避していた熊、巨大なアルマジロのようだ。毛皮と鱗が一体となっているのは気持ち悪い。絶滅前の後期の恐竜がそんな容姿をしていたらしいな。
熊は防御から一転、そのまま突っ込んできた。こちらは自分を中心に蜘蛛の巣状に張った網を手繰って回避する。
背後で轟音、熊の野朗崖に穴あけやがった。さらに突進、恐ろしく早い。網を手繰り寄せ再び回避、しかし張力の関係でそう距離は稼げない。
突進軸から直角に逃げたはずなのに、熊の野郎は横っ飛びに追いかけてきた。着地の時にはすでに目の前に居る。
一瞬その図体に似合わない速度に唖然とする俺に向かって、熊の体の側腹部辺りについている腕が下から振りぬかれる。まあ彼には下からでも此方には目の前なんだが。土下座する勢いで緊急回避、ありがとう反射神経。振りぬかれた腕からの風圧に恐怖しながら、さらに回避。
大振りの一撃の隙をついて銃を撃つ。弾丸の形状をドリルのように変化させ高速回転を加える。
ギリン! と硬質の音がして弾かれた。
切っ先が刺さらないといかに螺子でも進まないか。
これはまずい。物理的に傷つけるのが難しいぞ。いや今の戦力でも何とか傷はつくだろうが、その隙を作るのに3回は死に掛けてる。これ以上やってもいずれ力尽きるな。
とか言ってる間に10mは離れた熊が腕を振るった。正規の位置についた前腕を大上段から一気に振り下ろす。
頭で考えるよりも早く炎の壁を立ち上げる。
ギリン!
と先程と同じような硬質な金属が削れるような音がして、熊の爪が炎の壁に刺さった。こいつはナイフを突き立てても通らない、鉱物と同じくらいの硬度はあるはずだが、速度がすさまじい。今回避できたのは奇跡だね。
炎が視界を遮ってしまった。この欠点は改良の余地ありだ。
何しろ炎の壁に体当たりしてきた瞬間まで、熊が視認できなかった位だからね。
壁が物凄い圧力で押された。どういう理屈か、俺にもその圧力は感じられた。空気の塊を叩きつけられるような感じかね、これでも大分軽減できているんだろう。まともに当れば後ろの岩と同じく粉々な筈だから。
それでもしんどい。生きてるのが嫌になる位には痛い、このまま守勢になれば一瞬も持たない。
起死回生、網を熊の顔めがけて展開。魔力を伝って炎を走らせる。鱗は耐熱性も高いらしいが、眼球は熱に弱いだろう。眼を瞑って貰うだけでも良い。出来るなら失明しろ。
その間に魔力の膜で熊を包む。その中でとにかく炎を出す。
急激に失われる膜の中の酸素。元々大した容量でなかったんだろうが、炎はすぐに消えた。残ったのは倒れ伏した熊だけ。
流石に合成獣でも呼吸している以上は酸欠に耐えられまい。所々の切り口から赤い血が流れていたから試してみたが、やはり酸素を必要としていたか。くくくく……、人間様を嘗めるからこうなるんだ。
疲れた。もう二度とやりたくない。
酸欠で倒れた熊の脳を壊しておくため、耳から炎を突っ込んでかき回す。流石に脳を壊されれば動かないと信じたい。
今回の反省点は自分の攻撃手段が物理攻撃しかないことだろう。今みたいに搦め手も用意しておかなくてはいけないようだ。たとえば高熱の水蒸気で気道熱傷を誘うとか、コークスのようなもので一酸化炭素を発生させるとか、もっと単純に何らかの毒物を持っているとか
いずれにしても指向性を持たせないと危なくて使えないな。その中で一番現実的なのは高温ガスか。まあ、訓練の強化が必要だな。正直接近戦は初めてではないが、明らかに格上の相手とやったのは初めてだ。
最近は、というか今までの俺の魔法は狩での使用が主体だった。そのため弾丸は1発ずつの発射が殆どだ。だが、あくまでイメージは重機関銃の類。連射することによる立体制圧が目的だ。今回の熊だって連射すれば少なくとも攻撃は出来ないだろうし、防ぎきれなくなる可能性も高かった。
普段やり慣れてない事は咄嗟の時に出来ないな。よく酸欠なんて思いつけたものだ。
前世の読み物で印象が強かったのが幸いしたか。これからは自分の能力特性をよくしっとかないとな。
さて反省はここまでにして、戦果を確認するか。
それは良いが、頭がくらくらする。今はまだアドレナリンだのなんだののおかげで痛みはさほどでもないが、もう切れるだろう。心拍数は大分落ち着いてきている、ああ麻薬が欲しい。鎮痛したい。
痛み出した体に鞭打って熊を観察したが、鱗の様に見えたのは硬質化した毛だったらしい。犀の角も毛であることを考えると不思議ではないのかね? その高質化した毛を衝撃を受け流すように動かすことで防御効果を高めていたらしい。こいつの毛皮でマント作ったら、それなりの防具になるかな。それよりも目玉が驚きだ。炎を食らったはずなのに破裂どころか傷もない、まったく非常識な生き物だよ。
売れるかどうか判らんが持って帰るべきだな。しかし、肉は硬そうだ。熊って食ったことないな。
ああ、糞重い。体のあっちこっち擦過傷だらけで痛い。治したいけど魔力ギリギリ、何もかも最悪だ。生きていただけがありがたい。
別に俺一人なら死んでも仕方ないが、妹君がいるからねえ。
人生こうあってほしくないという事ほど起こる物だ。マーフィーの法則、昔読んだね。大体思ってる最悪の事態の斜め上を行くんだよ、看護師やってるときもそうだったんだ。
「人間か?」
脳内麻薬が再分泌、血圧と心拍数が上がり、瞳孔と気道は開いているだろう。