人殺し
「現状はある程度、ただ原因は全く不明です。警備も突破されてませんから、町の中から這い人が沸いてきたとしか」
這い人=這いずる人だ。まあ略称。
「そもそも、あれらの成因がよく判らんから仮説も立てられんね。そちらの情報なら何か有りますかね?」
「そうですね、此方もそれについては全く。せめてサンプルがあれば、成因と増殖の方法くらいは推測できるかも知れません」
「ああ、確かに」
この眼鏡で高出力鑑定をすれば、何か判るかも知れんね。
「エリス、君、さっきの奴等出せるかね? 飲んじゃった奴」
「ちょっと無理、前もって言っておいてくれればそのままにしておくけど、もう吸収しちゃったよ」
まあ攻撃だからね。保管ではなく。
「じゃあ、適当なの一体持ってきておくれ」
「判った。ちょっと待ってて」
そういってエリスは出て行く。夜の闇の精霊はほぼ無敵だ、心配は無いだろう。
「詳しくは存じませんが、あなたの力で原因が判れば良いのですが」
「まったく」
「貴方はこの惨状、どのようにお考えですか?」
ギルド長が話を振ってくる。退屈しのぎにはなるかな。
「ふむ、そうですね。まず、時間稼ぎをしてしのぐという状況ではないでしょう。街中まで侵入されてしまいましたから。此処からの代替案ですと、正直撤退しかないのでは、と思いますがね」
「はい、ああ、そうですね。実は這い人は、この町の人間らしいのです」
「ああ、成る程。突然沸いて出た理由はそれですか。上手い手だ、よもや住人が敵になるとはね」
それにしても、ギルド長の心労此処に極まれり、という事だね。
「どのように対処すべきでしょうか」
独り言のようだ。あまり前例のある話でもないようだし、相当参っているようだね。
「さて、元に戻す方法が無い以上は殲滅するか、此処を放棄するか、どちらかでしょうね」
「なんとか、何とか元に戻す方法を見つけなければ」
「まあそれが最善なんでしょうが、被害が拡大する可能性がありますからな。素直に殲滅か撤退したほうが有用だと思いますよ」
「あなたは、人の命を何だと……」
おっと、説教モードだ。面倒だな。
「いやいや、ゴブリンやトロルを殺させておいて、人を殺すなというのは可笑しな話でしょう。この場合は敵になるし、法律上も問題はないかと思いますがね?」
「あなたは、法律が無ければ殺してもいいのですか!?」
「別に理由無くは殺しませんよ。ただまあ、俺にとってゴブリンと人の間にあまり差異が無いんですかね。人は会話できるから一応話し合おうとは思いますけど、敵対するなら殺したほうが良い場合も有るでしょうし」
「ゴブリンと人を一緒にするのですか?」
この場合、人、といっているのは亜人も含むいわゆる人類だ。
「さてねえ、俺の括りは身内かそれ以外かだけですのでねえ。まあ、一応社会で生きている以上、無闇には殺しません。困ってれば助ける、優先順位も勿論ゴブリンよりは上におくでしょう」
ゴブリンと人が同時に困ってたら、人を助けるだろう。シチュエーションによるが。
「唯今回は明確に敵だ。躊躇して殺されるのはごめんですのでね。特に思い入れがあるわけでもなし」
「これ以上は無駄になりそうですね」
「実に然り、そうそう、もめる前に今回の依頼料ください」
「……」
「貴方と意見が合わないですからね、終わった後に人殺し扱いされて依頼反故なんて事になったら、此方はかなりの損ですから」
まあ大量殺戮で称号おいしかったですけど。
「…………ギルドは約束を違えません」
「いやいや、法的根拠の薄い契約なんて信じ切れません。人を信用するな、が座右の名なもので。といっても、馬車が報酬でしたね、では、大金貨10枚でどうです?」
日本円にして1000万円。吹っ掛けたなあ。でも最高級馬車=車と考えればぜんぜん足りないだろう。これで許してやる。
その後ギルド長は無言で大金貨を投げた。よしよし、これで良い。あまり親しくすると便利遣いされかねないからね。やはりギルドに拠らないで金稼ぐ方法が必要だな。
話が付くのを見計らったようにエリスが帰ってきた、琥珀たちも一緒だ。
「兄さん、取ってきたよ」
「お帰り、お疲れ様」
「えへへ、ただいま」
えへへって笑い声なのに、顔が邪悪すぎる。
とりあえずエリスの持ってきたサンプルを皆で検証する。サンプルはおっさんだった。女子供を持ってこないあたり、流石である。
「どうかね、ノワール」
「はっ、見たところ通常見る這いずる人と変わりないようです。魔力による変性痕が見られないので、殺して魔術によってアンデッドにしたのではなく、何らかの原因で生きたままこの状態になった、可能性が高いかと」
「で、では、元に戻せる!?」
「否、この手のアンデッドは成った瞬間にはもうアンデッドだ。アンデッド、死に損無い、殺してやる事は出来ても生き返らせることは出来ん。それこそ、我の様に骨になれば、まだまだ動けるがな」
カタカタとノワールが嗤う。カッコいいなーあれ、カタカタって嗤うの。
「では、やって見ますかね。『鑑定真贋』」
攻撃系統の魔術を鍛えたように、眼鏡を使った鑑定も鍛えた。グランの件から判った事だが、魔力量によって鑑定はより詳細になっていく。
そして詳細を突き詰めると、隠されていた事まで暴く事ができる。どうもこの『眼鏡』は今までの研究結果などにアクセスできる端末らしく、データはアクセス権限の様な物で幾層にも分かれている。
魔力によってその権限に干渉し、より詳細なデータを引き出す、らしい。これは『眼鏡』を鑑定して得たものだ。鏡で鑑定するのは非常に滑稽だったがね。
「……何というか、発言に困るね」
這いずる人:元哺乳類・魔物(低位)
人間だった物が変化した魔物。蝕白草から抽出された寄生媒体を元に人工的に作られた固体。
低いが感染性があり危険である。意思は無く、操られている事もない。
寄生媒体
蝕白草から抽出された物質。蝕白草が斑白草に寄生するときに活性化していた物質。相手の情報を読み取りそれに擬態し、またその情報を伝播する事ができる。
呪いやその他の影響まで伝播する事ができる。
大分懐かしい名前が出てきた。蝕白草、ギルドにきた最初の頃に採取したもので、白草のコロニーで見つけた寄生型の新種だったはず。ギルドは判らなかったのか、意図的にかは知らんが認めなかった物だ。
まあ後者だろう。それで研究していた? 見つかった物質で感染を媒介した? いやあ、どうにも無理があるな。
もしその通りなら、今回の犯人はギルドで魔獣大発生と関係が無い事もありうるが、それは考えにくい。
むしろ俺とは別の経路で、蝕白草の事を知っていた誰かが、魔獣も率いている、と考えた方が……。
つまり、俺と同等以上の鑑定眼を有して、それ以上に……。
「兄さん!?」
おっと、また思考に沈んでいたか。ちょっとカッコいいな。
「失礼、鑑定結果がアレだったものでね」
「アレ?」
エリスの疑問ももっともだ。
俺は鑑定結果を、以前の新種発見の話を含めて説明した。
「……そんな」
「感染性ですか、厄介ですな。ある程度の魔力があればその類は防げますが、さてどの程度の物か」
魔力があれば大丈夫なら、とりあえず俺たちは大丈夫だろう。
「さて、話し込んでしまったがとりあえず外を収めてこよう。ギルドの人は念の為内通者を探して、あとこの町を放棄する準備をして置いた方が良いだろうね」
「やはり、殺すしかないんですか?」
きけばギルド長はこの町の出身だったとか。まあ身内も多いし、同情は出来る。これは教訓だろう、油断すると身内を失う恐れがある。この件が落ち着いたら、何か考えねばならないね。
「殺すしかないでしょうね、もしくはこのまま逃げるか。身内を殺される事に非常に同情しますが、言ったように身内以外はどうでも良くてね。殺すなら此処は俺たちがやる、逃げるなら殿もやる、それで収めてもらいたい所ですね」
一応精一杯の譲歩だ。先ほどはああ言ったがやはり人を殺すのは躊躇われる。躊躇わない為の方便が必要なのだ、人間とトロルを差別しない、と。
差別と区別の違いくらい、痛いほど知ってはいるが。
どちらにしてももう這いずる人を殺している身だ。後戻りはできないし、する気も無い。なに、高が100人や200人何のことは無い。
虚勢を張っていると太ももの上のこぶしが酷く痛んだ。
震えるこぶしを琥珀が握りつぶしていた。音がしないのが不思議だ。
こぶしからは血が噴出して、脳が焼けるほどの痛みが伝わってくる。緊急で魔術を使用し傷を癒す。同時に痛みを最優先で取り除く。背中が汗でびっしょりと湿った。
幸いな事にギルド長たちに気づかれはせず、此方の進言を受けて撤退準備のため退室した。
「つっ、か、はー……」
死ぬほど痛い。
「何を……」
「下らない事を考えていた。前の世界ではとも角、この世界ではアリスの考えで正しい。なやむな、どうせもう人殺しだ」
「えー、悩んだらいいんだよ。兄さん、私が慰めてあげる。兄さんは何も間違って無いって囁いてあげる」
「ああ、そういうことか。有難う二人とも、琥珀すまんね」
どうやら、形ばかりの前向きを看過されたようだ。そして思考の袋小路にはまる前に戻してくれた。誰かに強烈に指摘されれば、それなりにスッキリするし。




