夜
「一編に言われると良く判んない」
流石に多いから。それが怒涛のように頭に響く、結構つらいが演算器が処理してくれている。
「兄さん英雄だって、流石、兄さんは完璧だなあ」
エリスがうっとりと言ってくるが、これは心底思っているのが恐ろしい。
いきなり称号を獲得してしまった。網に掛かる気配は遠ざかっていくし、向こうにしても流石に今日は突っ込む気になれまい。少し整理しよう。
魔術強化を行いますか?
あ、はい、少しお待ちください。
結局その日は見張り要員を置いて撤退した。
敵の被害は甚大だ。言うなれば騎兵に類する突破力を持った兵科の一部隊が全滅、文字通り全滅したのだから。
敵にどの程度の戦力があるかは知らないが、これは無視できないだろう。たとえどれほどの大戦力でも、一部隊が成す術なく全滅した、という自体は大きい。
「ふむ、実に……疲れたね」
「兄さんかっこ良かったよ」
「トロルを100匹単位で殺しておいて、その程度で済むのは異常」
「今更です、人形の姉さま。主人様は英雄」
「実際に称号まで得るとは、生きている内に神の声を聞くとは思いませなんだ。まったくアリス様は規格外もいいところ」
「すごい、人です。神の声、なんて、物語の類、と、思ってました」
口々にほめられる。もっとほめろ、実に良い気分だ。
「神の声、とは何ですかな?」
骨の人が付いてきてなかった。
骨の人、骨蝋さんは正式我等がチームに編入された。短期間で結構な大所帯になったものだ。
「骨、聞こえなかったの? 兄さんが称号を得た声」
「は、精霊様。その様な物は全く、真に申し訳なく」
ふむ、何で聞こえなかったのだろうか。俺以外の面子が聞こえるのは、チームだからかと思っていたが。
「チームは関係なかったか」
「は、チームとはそもそもギルドが勝手に行っている事。神の声に干渉し得るような物では」
成る程、確かに。
「おそらく、血族の方が問題。血族というより、アリスの認識的には眷属に近い。だから誤認された」
「つまり、過日の名づけが原因であると。確かに名前は支配関係を決定する事もあります。われら兄弟も支配下に入ったという認識がありました」
話に乗れない骨蝋さんにグランが説明している。
「おお、成る程。つまりは血族としての距離と言う訳ですな。精霊様の偉大なる兄君様。どうか、この矮小なる夜の者にも眷属となる栄誉をお与え下さい」
どう思う、と家族会議をする。特に問題はないらしい。唯、グランたち兄妹が筆頭であるので、序列は一番下という事になる。
「全くもって構いません。グラン様もシュラ様もどうぞよしなに」
「ギルドの認定官ほどの方に傅かれるのは、不思議な気分ですな」
「でも、当然。私達、の方が、主家に近い、から」
「当然でありますとも。偉大なる精霊様方により近いのです、偉大なる方々よ」
「まあ、当人が良いなら良いか、名前……」
「兄さん待って。骨に言っておく事がある」
「ははあ」
エリスの言葉で、骨蝋さんが平伏した。
「まず、偉大なのは兄さんであって闇の精霊である私ではない、間違えるなよ。そして何より重要な事だ。兄さんを裏切るなよ、そんな事をすれば死が救いに見える様な目に永遠にアワセテヤル」
「畏まりまして御座います」
丁寧だなー。
「気を取り直して、名前を付けようと思うが、骨蝋さん本名は?」
「は、骨蝋、ボーン=ワックスと言うのは昔自分で付けた名でして、本名という物を持ちません。どうせならば0から決めて頂けるなら、全くの幸いに御座います」
「そっか、じゃあまあ、今後頑張ってという事で、エリス、付けてやってよ」
「兄さんがそういうなら。でもよく判らないよ、兄さんみたいに翻訳機能ないし」
「何か、多機能家電みたいに言わんでよ。いいよ、俺が訳すから適当に付けて」
「じゃあ、私の庇護に入るみたいだし、黒の骨?」
このナチュラルな中二感が天然で出せるのは素晴らしい。
「お、何かかっこいい響きがあるぞ黒の骨ってのは?」
「ノワール=オス、で良いか」
エリスが骨の人を見ると気を失っていた。感激か狂喜か、崇拝している人から名前貰ったらそうなるかも。
「えっと、ファミリーはどうする? グラン達みたいに少し変えるの?」
「エルフの習慣ですと、離れるほど変化していき、血族と認識され辛くなっていきます」
「上手いね。さてでは、ルナからえっと、グランたちはルーナだから……」
「特に、変化、に、規則は、ありません。なんと、なくでも、大丈夫です」
考え込んでいると、シュラから助けが来た。と言ってもな……ルーナに何か足せば、立場が判り易いかな。
ルーナ……ラテン語で新月の事をルーナ・ノワと言うらしい。もう良いか。フランス語とラテン語混ぜると不自然しかないけど、まあ良いか、別世界だし。
「ノワール=ルーナノワ=オス、と命名する」
「くどいね」
「くどい」
側近二人からは不評だが、まあ二人もそこまで拘りは無い様で、許してくれた。
ノワールは目が覚めて号泣していた。骨だけど。
ノワールが目を覚ます前、称号について検討しておく事にした。
魔術強化を行いますか?
称号、世界から与えられる名誉らしく、様々な効果が……魔術強化を行いますか?
……はい。
魔術強化とやらを行う事にする!!
魔術強化の内容を決定して下さい。
よく判らんが、自分で希望を出せるらしい。これを機に今まで出来なかった事を希望してみる。
それは、俺の使う魔術に、任意で質量を持たせることができる、と言うものだ。
未だに俺の魔術は質量を乗せられない。爆発力と熱量・硬度で補っているが、質量があれば更に強力になるのだ。
強化内容が受理されました。任意で0g~1000000gまでの重量付加が可能です。重量が重くなるほど魔力消費量が増加します。
1000kgって。高質量兵器まで再現できるよ。望外の喜びである。
一瞬気が遠くなるような感覚まであったが、気を取り直す、文字通り。
称号の詳細を確認する。
虐殺者:大量の敵を一度に倒す事で入手できる。自陣より多い敵に対して各種補正。
蹂躙者:一方的に大量の敵を蹂躙する事で入手できる。自陣より多い敵、自分より弱い敵に各種補正。補正効果にて威圧効果、任意で発動可能。
殲滅者:大量の敵を一匹残らず殺す事で入手できる。敵に対して各種補正、魔力量増加。
無慈悲:殺さなくても良い相手を殺す事で入手できる、入手条件に虐殺者必須。敵に対して威圧効果、任意で発動可能。
威圧:自分より弱い相手を弱体化、および硬直状態にする事ができる。力量差により可変。
射撃高揚:大量の敵を遠距離攻撃で倒す事で入手できる、遠距離攻撃に補正。
英雄:虐殺者・蹂躙者・殲滅者・無慈悲を同時に入手し、さらに一定以上の敵を一人で倒している事で入手可能。魔術使用に補正、魔術強化可能、身体能力補正。
なんとも、かなり色々得たもんだ。幸いにもと言うべきか、ある意味当然なのか、今の戦闘方法を後押しする効果が並んでいる。射撃高揚は特に有用だ。他のも有用なんだろうが、願わくば有用になるようなシチュエーションにはなりたくない。
英雄は質量付与だけでも有り難いが、身体能力補正があるのが強みだ。俺の身体能力はゴミみたいなもんだし。
もしかすると此れで、シュラに接近戦で勝てるかもしれない。
驚愕の事実であるが、今の俺はバロックにすら負ける、魔術ありでエリス・琥珀と互角か少し下。例えば琥珀なら、今日の群れに単身飛び込んで、皆殺しにするくらいやってのける。
武器が傷んだり、数が多かったりで時間は掛かるし、その間に町に進入されるだろうから、状況にはあっていないが。
称号の確認を終えて思う。大分化け物になったな、と。悉く遠距離戦特化になり、大規模を相手にした虐殺に強みを見せる。まあ、俺の目指すものが何であれ強いのは良い事だが、俺は何処に行こうとしているのか。
エリスたちは口々に褒め称える。グランやシュラまでがだ。新規加入のノワールは絶賛気絶中である。
力の比重が高いこの世界だ、強いと言うのはそれだけで良い事なのだろう。俺もこの家族を守らねばならんし、強くなるのは吝かでない。ただ、当初思っていた強さと大分乖離したなあ、と思う。
原因はおそらく魔術だろう。俺の魔術はほとんど現代兵器を元にしている。
空想魔術なんだから、もっと色々や利用はあるだろうと思う。だが、近代・現代兵器とは一定の戦果をあげている、殺す事と壊す事に特化した技術の結晶なのだ。
有史以前から研鑽してきた叡智・技術の結晶だ。攻撃に関してこれ以上の物を考えるのは骨である。そもそも、ほとんど全ての技術は、軍事転用される。兵器とはその場所と時代で最も進んだ技術の塊なのだ。
もちろん臨機応変に対応するため、手数をもっと増やそうとは思っているが。
「流石に疲れたね。魔力使うのは精神的にくるよ。ま、あの大群前にして精神的にきてなかったら、もう壊れてるって事だがね」
「兄さん、落ち着いて見えたけど、怖かったの?」
「当然だね、恐怖を感じるとテンションがおかしくなるんだよ」
「アリスは昔からそう。焦ると変になる、対処は一応冷静なんだろうけど」
「まあ、そう言ってくれるなよ。疲れたからもう寝るよ」
ノワールはグランとシュラの家で引き取ってもらった。そのうち拠点なんてものも作りたいね。
疲れただろうから、とエリスが眠らせてくれた。
ストンと意識が落ちていく。余計な事を考えなくて良いので、大変に助かる。
2・3日目は特に大きな事も無かった。流石に初日の打撃は聞いたようで、散発的に偵察らしいゴブリンがウロウロしているだけである。見つけ次第殺しているが、ほっといても構わない気すらする。
4日目の夜の事である。
最大で1週間の時間稼ぎを依頼された4日目。早ければそろそろ他の町の冒険者とやらが到着するだろう。
国の軍隊である騎士団は流石にまだだろうが、足の速い冒険者であればそろそろだろう。
敵の規模と時間経過で楽観していたのは事実だ。だがまさか、敵が中から出てくるとはね。
「なんとも、悲惨な物だね」
「至る所に敵性反応あり。恐らくあれは……」
「ふむ、あれは、 這いずる人、かね」
至る所に這いずる元哺乳類。魔物、這いずる人だ。
様々な原因で生まれるとは聞いていたが、突然町にあふれるのは普通じゃない。しかも、このタイミングだ。
「ま、とりあえずギルドに行こう。遅い時間とはいえ誰かしら状況を把握してるでしょ。ギルド長なら居てもおかしくない」
「うん、そうだね。全員で行くの?」
「正直、もう駄目だろうからね。ギルドとの話し合いが拗れたらすぐ脱出するから、全員で行こう。あ、でも何も荷物まとめてないな。琥珀、君、荷物纏めて来て貰える?」
「判った、嵩張る物はおいてく」
「よろしく」
琥珀ならこの程度の魔物に囲まれても大丈夫だろう。エリスでもいいけど、琥珀の方が安心できる。エリスは手元においておきたい。
這いずる人は、その名の通りに這いずっているが、意外にも早く動くので結構邪魔になる。その都度倒しているが、こういう時に自分の能力の偏りが気になる。
接近戦でも使えない事は無いがね。もう少し接近戦特化の能力があってもいいかと思う。魔力の形態変化である魔技は、接近戦に向くけど威力が低い。威力を出そうとすると疲れるし。
益体も無い事を考えているとギルドに付いた。ギルドの周りには這いずる人が集っていて、ギルドの扉を引っかいている。
「どうしようかね、俺がやると一帯吹き飛ばしそうだから、誰か片付けてくれるかね?」
称号で得た質量がどの程度影響するのか、出来たら確かめてからにしたい。ゴブリンの偵察兵では正直違いは判らなかった。
「はーい! はいはい! 私がやるよ! 兄さん、私、私」
「どうしたね君、テンション高らかに、まあ良いよ。じゃあエリス、頼んだ」
「任せて兄さん。『深く、暗く、沈め』」
テンション高いエリスが、なにやら呟く。こいつの魔法はカッコいいと言うか中二だ。
テンション高い理由は、今が夜なのとさっきまで俺が抱いてたのと、俺の役に立てるってところかね。
後で聞いたらあの魔法は、自分より弱い物、まあこの辺の基準はかなり曖昧らしいが、とにかく弱い物を影の中に引きずり込む物らしい。
影は何の影でも良くて、夜ともなればほぼ無差別に引き込めるとの事。ホント夜の闇の精霊とか卑怯だと思う。
「流石でございます精霊様」
「エリス、よノワール。兄さんに仕える限り、そう呼んで良い」
「………………はは!」
感に耐えぬという様子でノワールが跪いた。
「アリス様、ギルドの扉を開けてもらいました」
「お、ありがとう。グラン、シュラは大丈夫か。結構えぐい事になってるが」
町の至る所に魔物がいて、それを蹴散らしながらの移動、しかも魔物は人型だ。俺とエリスと翡翠は問題ない。翡翠なんて外套のフードで寝てるし。
グランも戦士として生きてきたなら問題ないだろうし、ノワールはよく判らんが、アンデッドにオタオタする骨ってのは想像しづらい。残るはシュラな訳だが。
「エルフは人の形をしていますが、森の種族であります。自然の動物と同じと考えてください。敵に同情するような間抜けはおりません」
「ああ、成る程、それは然り。考えてみれば、姿形で一喜一憂するのは人間位なものか」
「まあ、流石に同種を相手にするのは忌避感がありますが、敵であれば容赦は必要ありません」
まあ大丈夫そうだ。世界が違うんだし、倫理観も違うのだろう。
ギルドの中は魔道具の明かりがともされ、それなりに明るかった。
俺たちが中に入ると、職員らしき人がドアにバリケードを積み上げる。完全に篭城する勢いだな。
「お疲れさんです。ギルド長か副ギルド長居ます?」
「はい! 上に!」
あまり見ない職員が緊張気味に答える。初日の虐殺見てたら、こちらは化け物でしかないし、仕方ないのだろう。
「お疲れ様です」
気軽に副ギルド長の部屋に入る。ギルド長も居るはずだ。
「ああ、アリスさん」
非常に疲れた様子でギルド長が座っている。
「お疲れですねえ、まあ無理も無いでしょうがね。詳細はどの程度把握してます?」
町を防衛する目的で時間を稼いでたのに、よもやその町中から魔物があふれる事になるとはね。心労は察して余りある、お気の毒だ。
因みに、俺を眠らせて見張りをしてくれていたエリスの話によると、這いずる人は町中から突然現れたとの事だ。夜であればエリスの索敵範囲と精度は俺を軽く超える。恐らく正しい。
初期の頃の投稿の分割を行っております。投稿数が増加しますのでご注意ください。




