武器屋2
「武器の新調?」
今後曲りなりにもハンターとして生活するに当たり、各人に準備をお願いしたんだが、琥珀とグランから武器を新しくしたいと意見があった。
新しくといっても琥珀は買ったばかりかと思うんだがね。
「アリスの攻撃を受け止めて、だめになった。……馬鹿力」
「ああ、こないだグランを殺そうとした時のか」
思い至ってつい口に出すが、当事者の二人は苦笑いだ、失言失言。
「それに魔獣狩りなら盾を持った方が効率がよい。壁役が必要」
「そういう危険な事は俺がやりたいんだがね」
一応それなりの障壁をはれる。いわゆる壁役をこなす事に、そう問題はないと思うが。
「アリス」
琥珀がため息混じりに呟いた。あ、怒られる感じがする。
「私たちのチームは血盟。エリス以外血は繋がらないけど、現状アリスは血族と見做している」
お説教な感じ。実は現状俺に怒れるのは琥珀しかいない。他の面子は意見言わないし。
「まあ、そうだね。家族は嫌いだけど、まあ血族って思ってるよ」
カッコいい響きが好きです、とは口に出しては言わない。
「私たちはアリスを介しての血族。貴方が死ねば、私たちは御仕舞い」
「うん、兄さんが死んだら、すぐに追いかけるね」
良い笑顔でエリスが宣言する。そういえばそんな事も言ってたな。
「それに私は魔道人形。回復魔法・魔術で修復可能」
「それは……まったくの初耳かと思うけど……」
「いくら強くても無傷で勝ち続けるのは不可能、使い捨てでは効率が悪い。だから修復出来るようになっている」
「合理的、と言えばそうなんだろうな」
致し方ない。俺が前に出るよりも、効率の面では琥珀の方が遥かに良いだろう。俺は俺で遠距離からの攻撃方法があるし。
グランの使っていた片手剣は今回の依頼前に、間に合わせで買った物なので粗悪品だ。当然新しくする必要がある。
どのような物が良いのかは、まあ本人に任せるとしても。金がない、まずは狩れそうな物から狩ってみよう。
と、まあ軽い気持ちで討伐を始めたが確かに件数が多い。
トロル(ついに俺も略称で呼ぶことに違和感がなくなった)をはじめ中位階の、いわゆる狩猟者が狙うような魔獣が多い事も異常な事だと言う。
沼鯨:哺乳類・魔獣(中位)
沼や湿地帯などに住む半陸生の鯨。歯鯨の仲間であるらしく鯨と言うよりは大きなワニに見える。大きなワニであるが決して緩慢ではなく素早く動くことが出来る。また魔力を扱うことが出来、身体強化を常に使用しているらしく硬度や力強さは素人では手に負えない。
中位の魔獣ではあるが陸上では、その性能を十全に発揮できないため、中位としては下位に当たる。
軍隊蟹:兵士・歩兵:甲殻類・魔獣(低位)
群れを成し統制の取れた動きをする蟹。魔獣であり人族を襲うが、その動きはまさに軍隊である。蟹それぞれに階級があり、上位になるほど強力になる。
身にまとう甲殻は非常に硬く、鋏は巨大である。横歩きではなく前進できる。
単体での脅威は大きくないが、軍隊であるが故に数が揃い指揮官クラスが合流すると、途端に手が付けられなくなる。 軍隊ではあるが、部隊で行動することは稀であり、通常は同列の仲間と纏まっている。
這いずる人:元哺乳類・魔物(低位)
人間だった物が変化した魔物。変化した理由は恨みや呪い等様々であるが、何らかの代償で立てなくなっており、這いずって行動している。行動原理は様々だが、基本的に命あるものを襲うことは共通している。腕だけでも移動は早く、飛び上がったりもするので油断できない。
生前の身体能力や特性などが引き継がれるらしく、固体ごとの差が大きい。
たとえ傷付けられたとしても、呪いが伝染するといった事はほとんど起こり得ないため心配は無い。
魔物について初めてこいつで表記された。
魔物とは魔法で動く物、の略称であり。不死者や魔法生物(無機物などに魔法で仮初の命を与えたもの、生きている剣などがある)もこれに含まれる。だそうだ。
魔獣は生きている者で魔物は生きてない物、と覚えれば良いかね。
新しく遭遇した魔獣・魔物は以上だが、これまでに出てきた、トロルやゴブリン等も普通ではないらしい。数が多いのと統制が取れていること、必要以上に攻撃的な事、等があげられる。
他の地域では起こっていないようで、当ギルドだけ大忙しです。となると、そのギルド唯一のハンターモドキである我々の苦労は、中々の物になってしまった。
苦労も中々だが報酬も中々だった。ギルドは約束を違えず報酬に色を付けてくれ、件数も多く、強さ自体は苦労する程でもなかったので、あっという間に金はたまる。
なにしろトロルは最低でも金貨5枚にはなる。ゴブリンや軍隊蟹は単価は安いが、その分群れの数が多く、こちらも金貨での取引だ。
そして、素材も中々の値で売れる。
素材と言えば、以前に解体が大変で勧められた解体用魔方陣。あれをナイフに刻んで、刺す事で解体できる上位品を買った。結構値が張ったが、解体に関しては問題ないといえる。
「かは! 何を切って、何を受けたら1年経たずにこんな有様になるのか! ああ、ああ。やっぱりお前らは武器を使ってる。いいぞ、もっと殺して武器を使え」
以前購入した武器屋『地獄』に剣を買いにきた。店主は相変わらず此方側の人間だ。
「くく、この血錆、油のヌメリ、刀身の歪みに刃こぼれ、くくく。どれだけ殺したか手にとるようだなあ。やっぱり良いなあ」
まったく、業の深いおっさんだ。
「ご覧の通りでしてね。新しい武器が欲しいと思いまして」
ちなみに盾はすでに購入済みだ。かなりの大盾で分厚い。持ってみたが両手で持つのが精一杯だった。琥珀はそれを片手で軽々持つんだけどね。
「どんな物を?」
「とにかく肉厚で頑丈な物を」
膂力で持って強引に叩き切る琥珀は、とにかく剣に丈夫さを求めている。
丈夫な剣を、とリクエストされた店主は笑みを浮かべる。
「あれ以上に頑丈な剣となると、早々出ない。そもそも使い手が居ないからな。うちにも今のところ無い」
台詞と表情が一致してない。
「無いから作る」
楽しそうな笑みを浮かべて言い切った。こいつ、鍛冶もやるのか。それにしても嬉しそうだね。
「良いな、ああ、良い。あんたなら多少重くても、多少いびつでも振り回せる。ああ、理想だ。理想ができる」
そういって、何も見ていない様な目と笑顔で琥珀を奥に連れて行った。打ち合わせ的なものだろう。
置いてかれた気分だが、空いた時間でグランの剣を見繕う。
「私は剣に拘るほどの腕もないですが、私も基本的にはシュラの護衛ですので、守りに重点を起きたいです」
琥珀と同じようなコンセプトだが、流石にそこまでの力は無いので、普通に頑丈な剣を買った。乏しい知識によれば、グラディウスに似た直剣で頑丈そうではある。
後からエリスに聞いたのだが、グランとシュラの戦闘方法はグランが回避盾、シュラが魔法攻撃という物だったそうだ。回避盾といっても攻撃も出来る、優秀な盾らしい。
戦闘スタイルといえばエリスと翡翠も定まったようだ。二人とも魔法を使用する点は同じだ。エリスは主に闇、翡翠は氷だ。
違うのは翡翠は完全な後衛で主に上空から氷の礫を飛ばしたり、氷塊を落としている。中位の魔獣相手ではほとんど効果を挙げていない。彼女自身が低位なので、致し方無い所だね。
エリスは逆で前に出る魔法使い。エリスの持っている杖はもともと刀だったせいか物理的に強い。よくある魔力を攻撃力に変換するような、不思議機能がついているようだ。
琥珀やグランと剣戟の訓練などしているのを見ると、魔法使いといって良い物かどうか悩む。因みに俺と翡翠とシュラが後衛訓練組みで、俺はたまに前衛組みに混じるが、泣き寝入りすることが多い。
琥珀の剣が出来上がったのは数日してからだった。正直鍛冶の知識なんて丸でないので、それが早いのか遅いのか全く判らない。
「剣か、これ?」
完成したのは、何というか、近い物で言うなら長大な鉈だろうか。肉厚で剣というより鉄の板だ。申し訳程度に刃と思われる部分が鋭角になっている。まあ使い方も鉈だろう。刃の鋭さでなく、自身の重みで叩き切る。
もともと枝とか払うものだし、鉈ならそれでもいいんだが。
「剣? さあな、剣かどうかは知らん」
「あんたが作ったんだろう」
あっさりと言った店主にあきれを返す。注文は剣だった筈だが。
「剣なんて殺すための道具で、効率的に殺すための工夫だ」
満面の笑みで話し出す店主。
「鎧の隙間をぬう為、鎧ごと切る為、早く振る為、多様に振る為。目的はあれど全ては効率的に殺すためだ。だから良いんだ、琥珀ならどんな物であっても殺せる。だからこれで良いんだ。こいつの力に耐えられる頑丈さがあれば良い」
「なるほど、まあ言わんとしている事はわかった。確かに、剣だろうと槍だろうと銃だろうと、殺せるなら同じだ。ありがとう」
「いいんだ。殺してくれ、俺の作った武器でたくさん殺してくれ。老若男女、殺し尽くしてくれ」
そういうとまた暗い笑顔で嗤った。
「いったい何があれば、そんな様になるのかねえ?」
ここまでの無差別な殺意、何かあるような気がするが。
「何もねえ。気づいたらこの様だ、楽しいのさ。自分の武器で死んでいく奴らがいることが。楽しみなのさ、地獄に落ちて、そいつらの顔を見るのがさあ」
ああ、コイツハダメナヒトダ。
極少数ながら、生来持っている奴等がいる。いや、罪悪感を持っていないというべきか。ともあれその類だ。きっと嬉々として殺すし、殺されるんだろう。ま、好きに生きたら良い。人の事は言えないしね。
嬉しそうな店主を尻目に、店を出る。これで武装は整ったか。馬車を作るのにはまだ金が足りないし、もう少しかかりそうだな。




