戦果?
展開のスピードアップを今年の目標にしていますが、あいも変わらず冗長です。
申し訳なく思っておりますが、お付き合いいただければ幸いです。
「あ、グラン。馬車、お願い、します」
あまりに呆気なく倒れたトロールを見て、ポカンとしてしまったが気を取り直す。
「あ、ああ。はい、いって来ます」
グランも同様の様だったが、立ち直り馬車へ向かった。
まあ予想外だったが、片付いたなら良いか、ね。被害が出るより、まあ、望外の結果であるよ。
俺もトロールに向かって歩く。収納して持って帰るのだ。正直倒す予定も何もなかったので、売れる部位以前に売買出来るのかも怪しいが、一応持って帰ろう。
「アリス様」
グランがきた。結局様付か。まあいいや、もう。
「……それが馬車に?」
どうやら生き残っていたのは荷馬だけだった様だ。正確には馬ではない。
単一の山羊:哺乳類・益獣(低位)
大きな群れを作らず小数の群れ、あるいは単独で生活する山羊属の一種。多くの山羊類同様、粗食に耐え、乾燥や寒冷に強く、高所や難所を苦にしない。
穏やかな気性をしているが、敵対した相手に対しては荒々しく、蹄と角で応戦する。力が強く、骨格も頑強であるため子鬼程度の群れなら蹴散らしてしまう。
馬よりも速度は劣るが、それ以外の点では引けをとらず、水や飼料の節約を目当てに荷馬車を引かせることも多い。臆病な馬と比べ、大らかな性格であり怯えが少ないと言う点も評価されている。
「おお、山羊、山羊だ。イイナー、ヤギは。可愛いねエー」
馬車に居たのは牽引していたらしい山羊だった。怪我をしていたので治療し撫で摩る。
動物は好きだ。裏表ないし、何より癒される。大きい哺乳類ならなお良い。毛が実に良い。
「こういう場合はどうすれば良いのかねえ?」
一頻り撫で回し、満足した後グランに尋ねる。途中から嫉妬しだしたエリスを撫でるほうが長かったが。山羊は特に嫌がることもなく撫でさせてくれた。頭が良いようだ、治療した事も判っている様だし。
「そうですね。この死体が商人であれば商業ギルドのカードを持っている筈ですので、それを持ち帰り提出します。その場合、この商人の持ち物は適正価格でギルドが買い上げ、例えば注文品だった場合などはギルドが届けるといった流れです。商売の記録はカードで判ります」
ふむ。
「商人でなく、そうだな、例えば一般人だった場合とか、カードが紛失して不明な場合は?」
身分証がない場合、前世だって苦労したんだ。ミモトフメイさん、はかなりの人数が何処の誰かも判らず死んでいった。前世でさえそうだったんだ、こっちでは更に苦労するだろう。そういった魔術があるのかもしれないが。
「その場合は町の衛兵に引き渡します。持ち物は基本的にそのまま譲渡されますが、遺族などが居た場合は適正価格で引き取ることもあるようです」
「それだと、強盗・盗賊の類を助長しないかね?」
自分で殺した者を引き渡すことで、換金が非常に楽になる。まあこの世界だと換金ルートも多数あるのだろうが。
「はい、その為引き渡すときには身分証が必要です。ギルドカードなら殺した物の情報が残りますので、不正は出来ません」
「ああ、ああ! 成る程成る程! 唯の便利機能だと思っていたが、犯罪抑止の機能にもなるのか、いや凄い物だな」
「全くです。ですので、盗賊の撃退などで殺人を犯した場合はギルドに届けカードの記録にそれと判る様に印を打って貰わないと、余計な疑いを呼んでしまいます」
結構新鮮な驚きだったけど、穴が結構あるな。まあ所詮は犯罪なんてどうやっても防ぎ切れる物ではない、ということかね。
「それで、その被害者は何か持ってたのかね?」
「彼は商人ギルドの人間です。これを」
ギルドカードか、商人ギルドの物を見るのは初めてだ。
「それにしても、流石と言うかなんというか……」
「すごい、です。トロルを、しかもこんなにあっさりと殺す、なんて」
見慣れないギルドカードを眺めていると、グランとシュラがボソボソと話しているのに気づいた。
「兄さんなら、まあ当然の事だね」
「でも、トロル、だよ? 中堅の冒険者でも、こうあっさりとは……」
「いい、シュラ? 兄さんはこの世界そのものよ、不可能は無いの。兄さんが望んだ事が、この世界のあり方になるのよ」
「そう、なんだ。流石は、お兄ちゃんを助けてくれた人、だね」
話がまずい方向へ流れている。完全に痛い流れだ。
「待ちたまえよ君達。エリスの話は妄想だから、鵜呑みどころか、飲んじゃだめだよ」
「まあ、大袈裟ではあると思いますが、それでもトロルをあっさりと倒したことは驚異です」
「正直、トロールがどの程度のものか、よく判ってないんだよ」
知識としては知っているんだが、この世界は強い・弱いの境界が非常に曖昧だ。曖昧なので知識として知っているだけでは、魔獣の強さの位置づけが出来ないんだよね。
たとえば子鬼だが、俺から見れば雑魚である。だが唯の村人からすれば、それなりに力があり群れる彼等は決して雑魚ではない。
たとえば竜、未だ会った事は無いが確実に強敵であると思う。しかし、10階梯以上の、いわゆる高位階の冒険者は竜を楽に狩るという。
まあ、要は個人の力量差が大きすぎて単純な戦力差が判り難いのだ。
「トロルは討伐を主とする冒険者、特に狩猟者と言われる事もありますが、ハンターになれるかどうかの試金石と言われる物の一つです」
「ふむ」
「少なくともトロルを狩れる様でなければ、ハンターは名乗れない。暗黙の了解のような物ですが。まあ、決して低位階の駆出しが狩って良い物ではないでしょう」
面倒だなあ。ギルドの人は万が一帰ってきたら、ハンターにしてしまおうと思っているのかも。
「まあ、致し方ないか。借金あるしね」
「も、申し訳ありません。お兄ちゃん、を、助けて貰った上に、ご迷惑をおかけして」
「んー、いいねえその表情。実に嗜虐心をあおってくれる、止めてくれ給えよ。君の兄上が恐ろしい眼で睨むからね」
ククク、と嗤う。今の自分は不用意だった、跡で説教だとは思っているが、別に咎めるつもりは無いんだよ。
「失礼した。まあ、気にしないことだね。とりあえず帰って換金しようじゃないか」
「……はい」
シュラとの壁がさらに高く、厚くなってしまった。
山羊が引く馬車に乗ったのは初めてだ。まあ、馬車に乗るの自体が初めてなんだが。
それにしても狭くて揺れる。乗り物酔いには強いほうだし、狭いのも嫌いじゃないが、人口密度が高い。だが、馬車は良いな、楽で。今後旅暮らしになる可能性が高いから、もっと居住性を良くした馬車を持つのもありだな。
そうなると、この山羊は良いな。力強いし、結構引いてるのに疲れた様子が無い。俺が山羊好きだしね。
山羊と馬車のおかげで往路より大分早く進んだが、それでも日没までに町につくことはできなかった。馬車の中で一泊したが、旅をするには寝具が必須であると思う。
特に何の妨害も無く朝を迎えた。馬車の利点は、見張りが昼間眠れることもあるな。2時間程度の仮眠でも、疲れがぜんぜん違うしね。
「本当に、達成するとは思いませんでした。しかも死者を出さずに」
ギルドに帰り報酬を貰おうとすると不具合がおきた。
少々顔色を悪くした受付が引っ込み、副ギルド長なる人物が居る部屋に通された。ギルドによる前に帰宅したので、メンバーはエリスと琥珀、グランを伴っている。
シュラは役に立たないから、と食事の用意をして待つそうだし、翡翠は別件で留守にしている。
「本当に達成してくるとは思わなかった」
副ギルド長はソファーに座って嘆息した。俺たちは正面のソファーに座っている。まったく、同じ様なことを言いやがって。
「低位階の冒険者が狩れる物じゃない。お前らは何者なんだ?」
彼の言いたい事を纏めるとこういう事らしい。
よくある聞き取り調査だ。確かに低位階が倒すのは難しいだろうが、何も冒険者になる前に強くなってはいけない法は無い。傭兵だったり兵士だったり、決して多くは無いだろうが、そう目くじらを立てる事でもない。
ただ、俺たちは見た目が子供であるし、前身などあるわけが無い。警戒しているというより、調査目的なんだろうね。言葉遣いは乱暴だが、そう威圧的な声色ではない。
「何者、と問われてもねえ。ちょっと魔力量が多い一般人ですよ、としか」
ギルド内では口調は厳しく言われない。元々が大なり小なり荒くれ者の集まりだからだ。
「魔力量が多い? それはどの程度のものだ?」
「さて、手の内を明かすのは勘弁願いたいものですがね」
荒くれ者の集まりだから、早々信用の置けるものでもない。組織として機能はしているが、それが信用できるか、という事とは別だ。特に俺は人間不信だから余計にね。
「なるほど、確かにそれはそうだ。ギルドとしては今回の一件で、お前らを6階梯にランクアップさせる。出来れば討伐依頼を受けて欲しいが、それは強制できん」
「有難いですね。まあ此方としては報酬を貰えれば何でも良いんですが、それだけに態々副ギルド長が?」
もっと突っ込んだ調査をしてくるかと思ったが、此処で引くなら呼び出す意味がよく判らん。
「最もな疑問だな。実は、折り入って頼みがある」
「頼み? 態々駆け出しに頼まなくても……」
「いや、それが駆け出しに頼まにゃならんのだ」
途中で遮られてしまったが、とりあえず先を促す。面倒だったら断ろう。
何事も命が大事だ。




