治療開始:現状維持
若干のグロ注意。自分の作品を読んで頂いている皆様には、あまり関係ないと思います。
琥珀を交え、彼の治療についての相談を始める。
「さて、俺は看護の専門家だったが治療は素人同然だ。それは看護師の領分ではないからな」
大前提をまずいっておかねば。ほんと治療なんて全く未知の領域だよ。
「そうなの?」
妹君の疑問符。妹君に説明したときは医者の助手みたいなものって説明だったからな。
「看護ってのはまあ、この世界には無い概念かもね。俺の世界でも新しい物ではあったし」
看護の祖はナイチンゲールだ。基本的には仕事嫌いな俺でも、ナイチンゲールは尊敬できる人物である。最初の統計学者とも言われ、看護師よりも政治家といった方が近い。
「まあ看護がどう言った物かなんてどうでもいい。問題なのは、どう治すかを俺は理解できんと言う事だ」
とりあえず、鑑定で得た情報を共有する。
「呪いによる免疫の不全、それに伴った感染症の憎悪ってのは判る。まだ生きているのは恐らく魔力による、身体強化……なんだと思う」
「アリスの知識だと、治療には大量輸液と抗生剤、全身管理、循環維持?」
「そうだな、出来れば患部を洗浄したり削ったり、切り離したり……すると思う」
全く、すべての知識が予想でしかない。診断・治療は全くわからん。感染している左腕を切り落として回復魔術で治す事も考えたが、恐らく血液が足りなくなる。循環管理ができない現状で、切断は厳しい。
「まあ、重要なのは俺の前世の知識で如何にかする事は出来ないって事かね。だからこの世界の知識で何とかする」
何とか出来るのかは未知数であるが。
ちなみに一応『医療知識』という回復魔術の効果補正をしてくれる、スキルは持っている。今回の件で有用かは不明だが、無いよりはマシだろう。
「まったく、結論が出ているのに相談する。昔から変わらない」
「まあ、そういってくれるなよ。誰かに話すことで、頭の中を整理するって手段もある」
「兄さん、結局どうするの?」
結局のところ……ね。
「とりあえず、君に回復魔術をかけ続ける。体力を維持して感染に抗する。まあこれは時間稼ぎだ。妹君たちに頼んだものを持ってくるのに、半日はかからないと思うが念のためな」
予定が決まって各員が動き出す。俺の役目はこの男の傍で、ボーっとしながら回復魔術を使い続けることだ。
「半日回復魔術だと? 自殺願望があるなら止めておけ、死ぬのは辛いぞ」
「良いから、君は黙って寝て居たまえよ。俺だってやりたくて……いや俺がやりたくてやってるんだから、君の意見はどうでも良いんだ」
妹君に頼まれたんだ。だったらこれは俺の意思そのものである。
さて、こっちに限界が来る前にお使い組みが帰ってくると良いけど。
「何でこんな事をしてるんだ?」
回復魔術を掛けているから、多少体が楽になったんだろうか。仰向けで天井を見つめたまま男が聞いてきた。寝ながら天井見て話すとか、医療ドラマっぽい。
「さっき言ったと思うがね」
「他人に同情した、お前の妹の頼みってのは本気なのか?」
「本気だよ」
今掛けている回復魔術は普段使っている即席治療ではなく、魔力をそのまま渡している感覚に近い。傷を治すのではなく、抵抗力と体力を向上する。
なんとなく感覚は掴めていたので、現在こうしてやっていられる訳だが流石に辛い。
「お前に何の得がある?」
「君、細かい事を気にする男だな。気持ちは判らなくも無いがね、正直君に思う所があるなら、さっさと殺して君の妹を手篭めにでもしているよ」
「それが狙いか?」
「そんな訳無いだろ。横恋慕は嫌いだ、するのもされるのも」
「それは本当か?」
「ああ、ホントに五月蠅い男だな。黙って寝ていたまえよ……君の魔力が回復したら交代だ。流石に俺も半日この状態は維持できん」
まあ交代といっても、自力で賄えなくなったから死にかけてる訳で、1時間任してあと5時間俺とか、そんなローテーションになると思うけど。
「1つだけ、教えてくれ」
本当に細かい事が気になる性質なのか……。まあいい、どうせもう少し時がたてば酷使した脳と魔力のせいでまともに会話できなくなる。
魔術を連続で使用する、という状況は基本的に無い。正確には魔力を一定の容量で使い続ける、というか。ともかく現状はどこかで無理が出てくるだろう。ああ、俺カッコいいなあ。だれか見ていてくれないかなあ。
「なんだね?」
「妹は、助けてくれるんだろうな」
自分が死に掛けているのに妹の心配か。あまりにも良く判る分無碍にできない。
「助ける。だが君が死なない事が1番だと思うがね。俺も妹君によく言われるが、まあ、だからなんというか、君の気持ちは判らんでもない。その上で尚、君が死んではいけないと、同じ兄としては思うわけだ。他人の行動は実に客観的に評価できる。わが身も省みなくてはいけないかねえ」
まったく人の振り見て我が振りなおせ、とはよく言ったものだ。正そうと思ってどうにか成る物でもないがね。
「ま、なんにせよ約束は守る。君が死のうが生きようが、君の妹は保護するよ」
「ありがとう」
そのまま眠ってしまった。何そのドラマ風かっこよさ、良いなあ。俺もこう言う台詞が似合うようになりたい。
眠ってしまったハーフエルフを観察する。見たところ20台半ば、病気の影響でかなりやせ衰えているが、元々がかなり美形だったのは間違いない。無精髭すらかっこよく見える。
よくあるエルフの特徴たる耳はやはりとがっている。確かに魔力量は多いようだが、俺よりは無い。そしてもうほとんど無い。俺が変わらなかったら今日中だったろう。
ああ、疲れてきた。俺も眠ってしまいたい。さっさと帰ってきてほしいものだ。
12時間経過。お使い組みはまだ戻らない。
途中一度変わってもらったが、やはり体は限界らしく現状維持すら不可能な状況だった。これ以上体調が悪化すればそれはもう手の施しようがなくなってしまうので、結局俺が頑張っている。
はあ、はあ、はあ……。辛くなってもう久しい、自分の心音以外の音は雑音にかき消されて聞こえない。どこが痛いとかではないが、脳が焼ける感覚。実際鼻出血が止まらない、床は血だらけだ。
一見して満身創痍だが、まだまだ粘れる。この耐えている姿を妹君たちに見せたい。
ふー、と溜息をついて久々に顔を上げる。汗がパタパタと落ちていく。視線の移動に意味は無い。俺も限界が近い。
限界なんて無い、汗が流れていくが妙にぬるぬるする。ヌルヌルヌルする。ヌルヌルヌルヌルヌル。
気持ちが悪い、平衡感覚が無い。床に座り込みベッドに突っ伏している。このまま寝られたら最高だろう。
何でこんなことをやってるんだろう。
今何をしているのだろうか、久々に顔を上げる。もう汗も落ちない、ああいや首筋を汗が、流れる。なにしてるんだっけ。
ああ、早々魔術魔術。何かをまっているんだ、それまでこのままだったかな。
久々に顔を上げようと力をこめる。ジュクリと水音がして突っ張った手が曲がってしまった。ああ折れちゃった。
俺の体の脇を蚯蚓位の小さな兵隊が行進していく。俺の腕に群がって、折れた手を持っていってしまう。
ああ、食べられちゃう食べられちゃう食べられちゃう。俺の腕が食べられちゃう、食べられちゃうくらいなら俺が食べるるるるるるるんんんんん。
ごちゃり、口を開けたら顎が落ちた。この顎じゃあもう食べられないいいいいいい。……もう食べられない。
「もう食べられない」
後で聞いたところによると……。そんななんとも典型的な寝言を言って居たそうである。




