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異世界転生:ヤンデレに愛された転生記  作者: 彼岸花
平凡な冒険者気取り
53/105

共感と惰性と

タイトルとあらすじの変更を考えております。ご注意ください。

「食べ物、分けてください。お願いします」

 弱弱しく呟いて、倒れこむように頭を下げる。土下座である。これは精神的に来るものがある、止めて頂きたい。

「とりあえず、立ってください。今日の分の食料位なら融通できますから、このまま召し上がって行って貰っても良いですよ」

 後ろの方で琥珀と妹君が息を呑む気配がした。きっと、何甘いことを言っている、怪しげな女に施しなんてするな、と言いたいんだろう。

 それは俺もそう思うんだが、食べられない辛さは尋常じゃないからねえ。相手が女の子であるなら、できるならあの苦しさは経験してほしくない。


 家に上げて食べるよう促すと、その少女は首を振った。

「家に、居るんです。お兄ちゃんが、お腹空かせて、動けなくて、死んじゃいそうで、お願いします。お兄ちゃんを助けてください」

 突然何を言い出すのか。唐突な論点のすり替え、フットインザドアーの手法かね、いや違うか。

「兄さん、行きましょう」

「え!?」

 論点のすり替えにも驚いたが、それ以上に驚いた。俺以上に他人には無関心であるはずの妹君は、突然俺の腕を取り、頭を下げていた少女を起こした。

「何事かね、君」

「決まっているでしょう、この子の兄さんを助けるのよ。兄さんが死んじゃいそう、なんて地獄以外の何者でもないでしょう?」

 いまだ精神的に未熟な妹君が、どうにも感情移入しすぎた結果のようだね。まあそんな話聞いてしまっては致し方ない、請われればそれに答えるのは吝かではない。

 寂しくて、誰かに注目してほしい小人ちっぽけやろうの精一杯の虚勢。助けてと言われれば、そりゃ助けるさ。



 少女の家は本当にお隣さんだった。俺は日中町の外が多いからあったことも無い。

「お兄ちゃん。ただいま」

 暗い家の中を少女は進んでいく。その後ろに俺、妹君が続く。琥珀は翡翠君と留守番である。

「おお。お客さんとはー、珍しいな。いやいや、ちと体調が思わしくないんで、臥せったままで失礼しますよ」

 暗い中から暢気に聞こえる内容とは裏腹に、男は随分と苦しそうに言葉をつむいでいる。

 暗くて相手が良く見えないので、家から持ってきたランプをつるす。

 ベッドの上には痩せた男が寝ていた。



「あなたが彼女のお兄ちゃん?」

 口火を切ったのは妹君だった。妹君の行動と俺の行動はほぼ同じだ。過去の経験から辛いことを思い出し、そのままにしておくには忍びない、と思っただけだ。

 俺は飢餓、妹君は俺の喪失……になるのかね。

「夜分に大変失礼します。隣に住むものですが、食糧難とお聞きして、余計な世話かと思いましたが、せめて食事だけでも、と」

 丁寧に言ったつもりだが、どうだろうか。割と上から目線かもしれない。

 それでも相手は辛そうな体を妹に支えられつつ座位をとった。

「貴重な食料を分けて頂きかたじけない。だがまあ、俺はもう死ぬ身だ。図々しい願いだが内の妹の面倒を見ちゃあくれないか?」

 また要求がでかくなったもんだ。ぐいぐい切り込んでくるなこの兄妹。


 ため息をつく。大きく、わざわざ相手に聞こえる用にだ。

 嫌がらせの意味も多分に含んでいるが、これは俺の癖だ。気分を切り替えるとき、一息つくとき、何かを終えたとき、何故なにゆえかため息が出る。

 だがずっとそういうため息を付いてきた性か、今では無理矢理気分を切り替える事が出来る。演技の合図みたいなものだ、自分でもどっちが演技なんだか良く判らないがね。


「自分で図々しい願いとか言うんだ、それがどれほどの無茶か判っているんだろう?」

 丁寧にやってもしょうがない。今重要なのはこいつをどうやって助けるかだ。妹君の命だ、なんとしても遂行せねばならない。

「そりゃ判ってる。だが、妹の願いを聞き入れて貴重な食料を分けようってお人よしだ。死に行く人の願いを断るめえよ」

 笑っている。成る程覚悟は出来ているという訳だ。

「勘違いだ。俺は俺の妹君の願いでココに居る。それは間接的にあんたの妹の願いだ。正直あんたが如何なっても構わんが、俺にとって妹君の願いは最優先でね」

「……願い、とは?」

「決まっているだろう、俺はあんたを助けに来たんだ」

 あれ、俺カッコいい!

「兄さんカッコいい!」

 あ、すいません。調子に乗ってました。



「助ける? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! 頼む、そんな事は良い、妹だけ、妹だけ頼む。後生だ、お願いだ」

「お兄ちゃん!」

 激昂したのだろう。覚悟を決めた人間に、下手な希望は絶望より性質が悪い。だがまあ、そんな事は知らない。

「悪いが、君の意見は聞いていない。だが、まあ、治療を試みる代償だ。君が死んでも、君の妹は面倒見よう」

「……ありがとう」

 力尽きたように横になる。

「まあ、君の妹が、君の死後どうするかまでは責任持てないがね」

 涙目で縋り付いて震えている所を見るにつけ、結構深刻なダメージを負うと思うが。ただまあ意外と精神や生存本能という物はしぶとい、重要他者の喪失で自殺するものはめったに居ない。


 さて、面倒な荷物を抱える気もないので、どうにか治療をしたいところだが。

 ……外傷ならばどうにでもなる。治癒魔術の効果は自分でもビックリするほど絶大だ。たぶん治癒魔術が俺の能力で一番のカードだと思う。戦わないのと、味方が強いのであまり日の目は見ないが。

 ただ、死に掛けるほどの外傷ならもう手遅れだろうし、内科的な疾患は治せるか判らん。鑑定で診断は出来るだろうが……。まあやってみるしかないな。

 考えてみれば今後妹君たちが病気になるかもしれない、そのときの実験とでも思うことにしよう。人間が一人も居ないから、参考になるかは不明であるが。



 鑑定と平行して全身を観察する。フィジカルアセスメントは苦手ではなかったが、元々が循環器系が専門だったからなあ。救命でトリアージの経験はないし。手術室勤務ではそもそもアセスメント自体が少なかったし。

 

 だが幸いにも判りやすい兆候があった。

 服を脱がせて見るまでもなく、左の前腕に傷があり、腫上がっていた。一目でわかる壊死創、恐らくは骨まで腐っているだろう。

 

 ハーフエルフ(男性)

 エルフと人間の混血児。両親の種族は不明。

 エルフは潜在的に高い魔力を持ち、その魔力を肉体補強に当てることで魔法戦士としての側面を併せ持つ。人間の血が混じることで魔法への適正を失ったが、その分肉体強化の側面が強くなり戦士としては非常に有能。

 バッドステータス:敗血症、致命的呪的感染、左腕機能停止、血圧低下、心拍出量低下、血管透過性亢進、多臓器不全、骨壊死etc。


 バッドステータス、というよりは症状一覧みたいな物が並ぶ。

 まあ敗血症性ショックなんだろうが、良くここまで生きている物だ。恐らくは肉体強化とやらがフルに関与しているんだろうが、魔力も尽き掛けそれも危うくなりつつある。

 さて、どうしようかな。抗生物質の投与と輸液による循環動態維持が基礎的な物だろうが、生憎とどっちも持ってない。

 


 感染を何とかしないといけないが、抗生剤はないし、何に感染してるんだか判らん。

 そもそもこの壊死創は異常だ。腫れ上がっているのは良いとして、筋層を貫いて骨まで壊死しているように見える。本来筋肉は非常に血流豊富で、感染に強い。開放創などでも筋肉を持ってきて蓋をしておけば大体大丈夫なほどに強いはずだ。

 ま、気になるのは呪的感染の項目だろう。これは感染症という病であると同時に呪いなんだろう。

 治療か……。好き好んでまた地獄の様な仕事をしなくても良さそうな物なのに、妹君の頼みじゃあなあ。


「ハーフエルフ君。君、これは難儀だよ。どこで呪いなんて受けたものかね?」

「……さて、傷を受けたのは2週間ほど前だが、呪いなんて受けた覚えはない」

「この傷つけた奴が呪ったのでは?」

「低位の魔獣だ、そんな気のきいた事ができるかどうか」

 ふーむ、呪いの元は不明。ま、呪いなんてそんな物か。判ってたら呪いにならん。


「助かりますか?」

 ベッドサイドで神妙にしていた彼の妹が尋ねる。感情が擦り切れたようになっている、2週間とはいえ弱っていく親しい人間を見るのは、なるほどかなりの苦痛だろう。

「助けてください」

「君、少し黙って……」

「大丈夫」

 感情の無い要請にイライラして言葉荒く嗜めようとしたが、わが最愛の妹君に阻まれた。

「私の兄さんは世界1だもの」

 全く何の根拠も無い妄信だ。これがあるからこその妹君だが……いや、やはりこれが無くては俺が駄目になる。

「妹君は俺を買いかぶっているが、まあ力は尽くそう。もっとも助かるかどうかは全く不明だがね。助からなくても、文句は受け付けないよ」

 彼女はうなずいたあと、口を開いた。


「構いません。その代り、失敗したら私を殺してください」

「馬鹿! 何言って……」

 ハーフエルフが激昂したが、すぐに失速した。大声を出す元気も尽きたようだ。

「彼が死んで君が死にたいのなら、殺すことにしよう」

 そういうと、彼女は初めて笑顔を見せた。


  

 琥珀を呼んで皆で相談しようと思い、いったん外に出る。多分に俺の時間稼ぎ的な意味もあった。

「妹君、ちょっと抱きしめさせて」

「きゃふ」

 込み上げる吐き気を妹君の癒しで打ち消そう。偉大なるチキンの名を持つ(自称)俺の精神、それはプレパラートに使うカバーグラスよりも繊細だ。

 他人の命を奪うのは良い、奪うと決めて奪うのだ、そこに躊躇いは無い。翻って治療は駄目だ。失敗すれば相手が死ぬし、俺がダメージを負う。

 前世でも重傷者を受けるときや、大きな手術の介助に突く時は不安と緊張で吐くまでだったが。何のことは無い、相手の命云々よりも自分の精神的負荷が嫌いなのだ。仕事だから結果を求められるし。全く人間の屑ここに極まれり。


「……兄さん」

 妹君がきつく抱きしめてくれる。肺を締め付けるような抱擁だ。

 ふー、と大きく溜息をつく。生前はもう呼吸するかのように溜息を繰り返していたが、癖というのは中々抜けないものだ。

「大丈夫、兄さん。なんでも、全部、兄さんが何をしても、私が一緒に背負うから。羽虫を1匹殺すことも、人間すべて殺すことも、私はなんとも思わないから。兄さんが私を殺しても、壊しても兄さんの事が好き」

「精霊と言うのは全く持って難儀な思考回路をしているねえ。まあ、そういえばそうか、俺が失敗を恐れるなんて高尚な心配を持つのは、もう駄目だったね」

 まったく、何時から自分を高尚なんて思ってしまったのか。自虐と後悔が俺の日常だったはずなのに、ちょっと調子に乗ってたかね。

 気を取り直して彼を治療しようじゃないか。妹君が居るならば、この世の全ては瑣末なことだ。


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