見敵
ふはははは、と新魔術の開発に悦に入っていたが、ふと我に帰れば暇である。
(暇、暇、暇ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
「君、怖いよ。俺はそういった病みは求めてないから、重要なのはデレだから」
あれから3時間はたったが獲物がこない。
だだっ広い平原であるからして、半径1km程度では無理も無いのかもしれない。
太陽は現在真上に差し掛かろうとしている。
ここで待っていても埒が明かない、やはり待ち惚けは駄目だ。兎が来るのを待っていては干からびてしまう。
「干乾びるのは本意ではないので、獲物を探してウロウロしようと思います。採取も同時進行で」
(魔法の訓練は飽きた)
魔力の質を上げる訓練をしていたが、一朝一夕でどうにかなる物でもない。
ちなみに俺の魔力は、ついに岩を溶かし溶岩とするところまできた。湯たんぽ代わりにしていたサイズの石を溶かすと、魔力切れで生きているのが嫌になる位の目にあうがね。
獲物を求めて、仕方なく歩き出す。
今日の目標は翡翠君の強化ではあるんだが、実に効率が悪い以上、他の採取なども行いつつ、敵との遭遇を模索したほうが良い。
その後は採取をしつつ意気込んで獲物を探したが、はぐれでいた酒猿を二匹ほど仕留めただけだった。
榴弾の威力が知りたくて打ち込んでみたが、腹に当たって残った物は四肢だけだった。
これでは即死してしまうので、魔力剣で変わりなく四肢を切り落とした。
切り落としてのたうつ酒猿に翡翠君を近づける。
ふむ、俺1人でも流石に2匹程度なら、問題ない。
そこまで考えて思う。何故2匹なんだろうかね。
この眼鏡の鑑定はなかなかに正確である。こちらをおちょくる事はあるが。
酒猿の解説項には群れで行動する、とあった。確かに群れからのはぐれ、という奴はいる。この2匹がそうなのだ、と思うのが正しい。
だがまあ、そうもいかない訳である。
そもそも、鈍い俺が2匹である事に違和感を覚えたのが不自然だ。恐らくは視界の隅に写ったそれに反応して、俺の脳が思い至ったのだろう。視覚によって想起された違和感だ。
地面に落ちる影と微かに聞こえる羽音、上空を旋回する巨大な鳥がそこに居た。
大死人鳥:魔獣(中位)・鳥類
特に縄張り無く大空を回遊する鳥型の魔獣。巨大なカラスの様な見かけだが、嘴が非常に鋭く長い、また魔力を有し、何かを飛ばして攻撃してくることもある。使用する魔法は個体差があり不明。
縄張りを持たずに周遊することで目に付いた人間を襲うことがあり、餌として旅人等をさらって行く様から大死人鳥の呼び名がある。
上空からの魔法攻撃と嘴を使った急襲を使い分け、手ごわい。
物騒な名前の大きな鳥がこちらを獲物として認識したようだ。
ここに来て俺の索敵方法の欠点が露呈した。地面を這うタイプの網を張って、その上を通った相手を感知している、蜘蛛の巣のようなものであり、当然のように飛行系の敵には効果が無い。
流石にココまで接近を許してしまうと、逃げることは難しいだろう。何しろ相手は飛んでいるんだから。
「翡翠君、緊急事態発生だ。俺のフードに退避せよ。これは訓練ではない、繰り返すこれは訓練ではない!」
できればもう少し大事の時に言いたかった台詞だが、残りの人生が後僅かかも知れないとなると、そうも言っていられん。
(流石にあんなものに睨まれてたら判る。主人様、どうする?)
的確な質問だ。相手はこちらを認識したし、とても強そうだ。いまだ敵ではないという一抹の望みもあるが。
ガヂリリリリ、バヂン。
ガラスに無理やり穴を開けたような音だ。どうやらこちらのぬるい発言と思考が気に入らなかったらしく、突っ込んできた上で、俺の魔力障壁に穴を開けやがった。
衝撃自体が少なく、相手の質量はそう重くない。その反面、嘴の鋭さと魔力集中が高い。強化された嘴で魔力障壁が抜かれた。
「翡翠! フードから顔出すなよ!」
この糞ガラスが! お前前世でも俺の事突っついただろ!
私怨交じりに牽制の弾丸を放つもすぐに上空へ逃れるカラス。
自分の周囲に2つの『機銃掃射』を同時展開。相手が突っ込んでくるタイミングで起動する。
重機関銃の交差掃射だ、早々かわせまい、と思ったがやはり中位魔獣ともなれば一筋縄ではいかない。
急旋回でこちらの弾丸を回避するとともに、周囲に氷の礫が密集し散弾の様に放たれる。さすがにこちらの掃射よりは少ないが、向こうは高機動でこちらは鈍足だ。
実にまずいね、もともと機関銃は面制圧が主眼であって、対空には向かないからねえ。加えて向こうは移動と攻撃を同時に行っている。全く人の魔術と魔獣の魔法では差がありすぎる。
理不尽ではあるが、まあ人生は往々にしてそう言う物だ。無いもの強請りよりも、状況の打破が求められる。
さて、どうするかね。今の所健在な『機銃掃射』の魔法陣を警戒して近づいて来ないし、向こうの氷礫も障壁を貫けるほどではない。
この世界の魔獣の分類がどうなっているのかは判らないが、中位相手に立ち回れるならそれなりの実力がついてきたってことだろう。
それにしたって、このままではジリ貧なのは間違いが無い。要は俺の魔力が尽きればアウト、ということだ。魔力頼みってのはリスクが大きいね。まあ、俺にそれ以外の手が打てるとも思えんが。
そうこう言っている間に『機銃掃射』の効果時間が終了した。カラスは急旋回をやめ揺ったりとした舞姿でこちらを見ている。
余裕たっぷりの飛び方が癇に障る。
(主人様、どうする?)
フードの中、つまり首の後ろのほうから翡翠君の声がする。
「さて、正直あの高機動を狙撃できる手段が無いねえ。まったく近代兵器は分業兵器だ、昔の竹槍のように汎用性が無い」
達人は竹槍で、あのカラスを落とせるだろうか。
一進一退の攻防、といえば聞こえは良いが実際には向こうが攻め手を欠いているだけ。こちらは攻める事もできない。
もう小一時間はやり合っているだろうか。正直今の状況では打つ手が無い。
魔力障壁が魔力の形態変化で、魔力を消費しない。という特性があるおかげでまだ生きている。作戦としてはこのまま夜まで待って、撤退する事、だね。
あのカラスが鳥目であることを祈ろう。
持久戦を考えていたが、以外にもアッサリとカラスは去っていった。数回の体当たりと無数の氷礫、手間の割にはうまみの無い獲物とでも判断されたのかもしれない。
こちらも色々考える事はあったが、さすがに疲れた。今位の敵が複数で来る様ならどうしようもない、高機動戦の対策も考えないといけないな。魔力だけでなく自力も鍛えないと。
ともかくも。
「疲れた」
(主人様、翡翠は何のお役にも立てなかった)
さすがに翡翠君は落ち込んでいるようだ。変に張り切られるよりも、慎重に身を守ってもらってた方がこっちとしてはありがたいんだが。
「君を強化する為の狩だ。俺が狩れない様な相手では、相手として不適当だね。君はあまり気にせずに、お互いが無事だったことを喜ぼうじゃないか。何時の日か君に守ってもらう事もあるさ」
もともとは貧弱だった自分の従魔、その従魔が成長し俺を守る。なんともこう来る展開だね。
「とりあえず、帰ろう。流石に疲労が……」
ピシリ。
呟きながら帰ろうとして、何歩か歩き出すと、乾いた音が足元から響いた。とても小さな音だったはずだが、嫌にはっきりと聞こえた。
脳内が焼けた様にカーッと熱くなり、大体の事を理解する。
確認作業のため周囲を見渡すと、カラスが闇雲に撃った氷礫が周囲に刺さっていた。