翡翠と
「時に、明日のことだけど」
話を変えよう。何時までも自分の残念な交友関係を掘り起こすのは自虐に過ぎる。
「明日は俺と翡翠君で、適当に敵倒してみようかと思う」
早い話が翡翠君のレベリングだ。従魔や魔物などは、妹君がやったように倒した魔物を吸収することで強くなるらしい。勿論影に飲み込むことは出来ない。
俺が倒した魔物を吸っても良いらしいが、やはり自分で倒した物の方が良く馴染むのだそうだ。何が馴染むのか、とか、どの程度違うのか、等の細かい事は気にしてはいけない。
「2人だけだと、危ないと思うけど」
もっと過剰に反対するかと思っていたが、意外にも控えめな反対意見が妹君から出た。
「確かに、翡翠は戦力にならない。アリスは魔力が切れたらそのまま餌にされる」
「流石にそこまで弱くは無いよ。魔力の残量だけに注意していたら、その辺の雑魚には負けない……と、思う」
「最後の間がいかにも信用できない。どうせなら皆で行けば良い、問題はないはず」
確かにもっともだ。懸念としては2人に頼りすぎている俺、が問題な点だ。
今後の事を考えると、自力を伸ばさねばいけないのは判っている。唯、この2人は規格外に強いようで、この辺の雑魚では歯牙にもかけない。これでは緊張感の欠片も無い状態で、見守られつつ戦う羽目になる。
それで旨く行っている内は良いだろう。若干情けないがそれだけだ、別段強く忌避することでもない。
問題は旨く行かなくなった場合だ。この先敵が強くなった、何らかの理由ではぐれた、2人がピンチ、などのときだ。そのときの緊張感と状況に、このゴミの様な弱さの俺が耐えられるとは思えない。
そういった趣旨のことを2人に説明する。正直何か明確な根拠や確信のある話ではないので、あまり旨いこと話せない訳だが、それでも聡い2人は俺の言いたい事を判ってくれた様だった。
「心配性」
妹君と琥珀は声を重ねてそれだけ言うと、深く頷いて食事の続きをとり始めた。
色々と思うところはあるけども、どうせ言っても聞かないし、とでも思っているのだろう。加えて琥珀は俺の性格を熟知しているから、ある程度ほうっておかないと、発狂でもされたら困る。と考えていてもおかしくない。
(主人様と2人っきり?)
俺の腕と添い寝をしていると思っていたが、おきていたようだ。こちらを見上げるように翡翠君が振り返る。
あいも変わらず、どこか思慮深く、遠くを見つめるような瞳だった。
まあ、あまり難しく色々考えてはいないと思う。
いや、もしかしたら……おぞましき深淵を覗き見るが如く冒涜的な様で這いうねる、この宇宙の中心でのたうちつつ蕩っている何か、それが見ている夢と響き渡るフルートの音について考えているかもしれない。
「言ってみたいからって下らない事を言わない」
実にその通りであると思う。が、思っただけだ。
(2人っきり?)
再度翡翠が問うた。縋る様な響きがする声色、のような気がする。
「ああ、明日は君と俺で1つ特訓と洒落込もうじゃあないか」
(全部翡翠に任せて)
翡翠はそういうと深く目を閉じ黙考した。瞼が合ったのか。
その後はたわいない話に終始した。何でもお隣さんというのが、可愛いエルフの少女らしい。絶対に近付くなよ、と厳命されたので接触は無いものと思う。見るくらい駄目かな。
(主人様、おきて)
翡翠に鼻の頭を噛まれた。眠すぎる。尻尾を掴み布団へ引きずり込む。
「そこで、ねておけ」
(主人様と添い寝。承った)
翡翠はチョロい、新たな学習をして再び眠り込む。起きなくてはならないのに、眠ってしまうというこの感覚がたまらない。休日の起きなくて良いのに早起きする感覚もたまらない感じだが。
(やっぱり駄目。今日は2人でデート、起きて主人様)
騙されてくれなかったか、いやそれ以前に翡翠君の認識に吃驚だよ、俺は。
執拗に噛んで来る翡翠君をあしらい切れなくなり、しぶしぶ起床する。
「ホンと俺の眠り妨げるとか勘弁してくださいよ。下手したら呪われるよ?」
(デートの朝に寝坊は駄目)
声だけ可愛い蜥蜴にちょっと萌える自分が許せん。抑揚の無い声なのに。
朝食を食べてギルドへ。正直今日は採集は目的にしていないので行かなくても良いんだが、一応毎日の流れとしていく。
ギルドでは何人か咳き込んでいるだけで、特に変わりはない。風邪が流行っているらしい。常設依頼の変化無し。見回り終了。
さて、レベリング・レベルを上げるという表現を使っているが、この世界に明確なレベルという物は存在しない。
例えば翡翠君のように従魔の最下級といった、アバウトなクラス分けや、ギルドのような階梯による区別などは存在しているが、個人個人についてレベルという物は存在しない。
では何をどうして強くなるか。敵を倒すことで何かを吸収しそれにより様々なステータスが上昇するらしい。このステータスも目に見える基準があるわけではない。
ただ何となく力が強くなった、足が速くなった、体力が付いた、などの強くなった気がする、を積み上げていくと目に見えるほどに強くなっている、という事らしい。
勿論、より強い相手、より多い敵を倒せば上昇効率も良くなる。
注意点としては魔力は上がらないことである。魔力を上げるには俺の様に夜な夜な苦しむしかない。
そんなことを翡翠君に説明しつつ狩場を目指す。目指すはグルーのいる平原だ。
奴らは弱いらしい、弱らせて翡翠君に止めを刺させて強くしようと思う。俺の特訓もかねて来たのだが、さすがに子鬼どもを虐殺した経験値で、それなりに強くなっているのでこの辺の敵ではどうしようもないらしい。
(主人様は見てるだけ?)
「まさか、むしろ君が見ているだけ。俺が弱らすから止めを刺すんだよ……ところで君、どう戦うの?」
翡翠君の体は小さい。噛み付くにしろ何にしろ、巨体のグルー相手では如何に弱っていてもと思う。
(翡翠は魔法使い。使えるのは1種類だけ)
魔法か、そうなると翡翠が使えるようになっても前衛1人の後衛3人のバランス悪い感じになるな。まあ今考えてもしょうがない。
「後でどんな魔法かは確認するとして、どの程度使えるの?」
魔力量のことは確認しておかないと。小さな翡翠君ではショック死しかねないから。
(翡翠は生まれる前に、主人様の魔力の恩恵を受けているから結構ある。1000位)
「おお、それは僥倖だ。それだけあればそれなりに魔法は使えるだろう。実際にはどんな魔法を使えるの」
歩きながらそんな話をしつつ草原にやってきた。草の丈が高くて、普通にしてたらすぐ奇襲されてしまう。とりあえず網を張り、手近な木で魔法を試すことにした。
(翡翠の使う魔法は氷。今使えるのは……)
翡翠君は弱々しく呟いた後、目の前の草を睨んだ。段々と草に霜が降りていく。
(終わり)
ウワ、可愛い。ゾクゾクする。なんかその弱々しい感じがたまらない。
全く持って弱々しいが、かまわん、ここから育てて一級品にするのだ。
春先は多少忙しいです。書き溜めも少なくなったこともあり、これまでよりペースが遅くなるかと思います。
どうか、見捨てずにお付き合い頂ければ幸いです。




