琥珀の宴
ヒットするもの次々と送られてくるが脳が悲鳴を上げる。処理で手一杯、重い。
鑑定結果を落ち着いて仕分けできたのは2時間以上かかってからだ。半径200mを2時間で鑑定。多分非効率だ。練習する内に慣れるだろうか。まあ良い、今は情報だ。
少し森に入ったところに斑白草の群生があるようだ。多少川から離れても大丈夫なのか。勿論その群生には蝕み白草が入り込んでいた。そのほかに泥酔草とモドキの群生など、ここまでは既知の物。
細菌茸:菌類・毒キノコ
細菌性病原体と共生する茸。細菌は茸の中で栄養を合成しており茸を養っている。茸の胞子で増えるときに同時に増えるよう共生している。茸を食用とすると細菌の毒素が消化器を犯す。毒素は熱に強く分解できない。
茸の菌類とは別の細菌が寄生している理由は不明である。
酒猿:魔獣(低位)・哺乳類・毒
泥酔草の実を蓄えて、常に酩酊状態に陥っている猿。肝臓の強力な解毒作用とアルコールに耐性のある脳を持っているため酩酊状態といえ獣特有の鋭敏さを残している。
魔獣としては低位に属するが、群れで行動するため危険である。雑食。
解毒した毒素を濃縮し溜め込む臓器をもち、これは毒物として使用できる。
水中樹:植物・薬用
水の中、川底や湖底に根を張り僅かに水面に顔を出す。なぜ水中で根付くかは不明、通常の土地では根付かない。
水上の枝に花と実をつける。花は解毒に、実は食用になる。繁殖方法は不明。
吸血苔:藻類・薬用・毒
生物に寄生して血を吸い上げ成長するコケ類。寄生した生物の特性を凝縮する性質があり、物によっては薬用にも毒にもなる。寄生生物であるが、宿り主の免疫機能を高める働きもし、自分以外の感染にかからないようにする。苔自体も致命的にはならないため、寄生と言うよりも共生と言った面が強い。
冬獣夏樹:植物・毒
冬虫夏草の獣版。一定以上の大きさを持つ獣に根を張り養分を吸収、やがて木となる。なぜ態々寄生するのかは不明。獣が朽ちた後は普通に土地に根を張る。獣に寄生している間だけ強力な鎮痛幻覚作用を持つ樹液を獣に流している。一般的な人間にとっては呼吸抑制や代謝抑制により死に至るほどの薬効である。
大王蟹:甲殻類
大きな沢蟹。甲羅の直径が20cm以上のものの俗称。水の魔術を使い身を守ることがある、身は美味である。
仰々しい名ではあるが何処の川にもいるありふれた生物である。大して大きくないのにこの名称がついた経緯は不明である。
火炎ヤスデ(かえんやすで):魔虫類
強い毒を持つヤスデ。この世界では昆虫など小さな虫は分類がされておらず、有害なものを魔虫、有益なものを好虫、どちらでもない物を虫類、と簡単に分けている。
噛まれた所が火で炙られた様に痛むことからこの名がついた。噛まれても致命傷にはならないが、複数箇所噛まれるとアナフィラキシーや痛みによるショックで死に至ることもある。アナフィラキシーは別として、この毒は単純に痛いだけなので耐えればそのうち解毒される。痛みも組織を傷つけている訳ではなく、痛みの受容体に過敏な信号を送っているため起こるので、解毒後の後遺症は無い。
怠けトカゲ(なまけとかげ):爬虫類・毒
ひたすらじっとしているトカゲ。変温動物であるため日向に居ることが多いが、体温が十分に上がっても動かない。えさは近くを歩く虫など。本体には特に益も害も無いが、トカゲの尻尾には神経毒が含まれており、襲われた時にはそれを切り離し、尻尾を食べた敵が痺れている間に逃げることもある。が、多くの場合襲われてもじっとしており食べられる間際に自分の心臓を麻痺させ苦痛を少なく食べられることもある、筋金入りである。
一気に情報を処理したので気持ち悪い。魔力も2000近く減った。昨日と比べると効率がいいのかもしれない。鑑定その物に慣れてきた性だろうか。
上に挙げたのは鑑定結果のごく一部、有益だと思われるものだ。その他は毒にも薬にもならない木とか花とか虫とか、まあむしろこの範囲にこんだけの有益、あるいは有毒な物があったことに驚きだ。まあ、こんな世界だ。やつらも毒で武装しないとやっていけないのだろう。
「琥珀」
琥珀は俺が鑑定する間、白草と蝕草を取り、俺の鑑定結果を聞いてはそいつらを採取していた。冬獣夏樹は残念ながらすでに地に足を付けていたのでただの木だったが。
「うん?」
怠けトカゲを突いて動かそうと努力していた琥珀が振り向く。本当にぜんぜん動かないやつだ。
「魔力が減ったので、せっかくだから枯渇までやっちゃう。護衛を頼むね」
「本音で言えば、アリスが苦しむのは見たくないの」
「んくく、心配してもらうために態々目の前でやるんだから、実に良い気分だ」
「人間の屑ね」
琥珀の言葉は実に的確だ。
さて、丁度良いから試してみたいことがある。これまで魔力障壁で身を守っていたが、あれは衝撃を緩和するが俺まで届けていることが二度に渡る経験で判った。四本腕の熊と狼に体当たりを食らったときだ。
弓矢など軽質量の物をガードするには十分だが、重量級のタックルなど止め様が無い。そこで考えたのが、魔術による壁だ。たとえ壁が割れても俺にまで響かないようにするためと、少しでも勢いを弱められれば重ねがけで重量級にも対処出来るようにする、というものだ。
「どう思う?」
「アイディアとしては良い。例えば強固な壁を鋭角につなげて正面に置けば強力な突撃でもそらすことが出切る……かも知れない」
ふむ、確かに馬鹿正直に受け止める必要もないか。
「ま、それは壁を自由自在に展開できるようになってからだね。魔力障壁を魔術障壁へ、さて今回はどの位で出来るか」
「防御壁は基本的な魔術。ただし……多くの魔術がそうであるように発生原理は不明。アリスの様な原理から入る人間には難しいかもしれないよ」
「それはまいったね。まあやってみよう、これでもゲーマーの端くれ。イメージだけは一流だよ……が、それは又の機会だ」
広げていた網に複数の反応があった。鑑定後だと網を通して正体が判る。酒猿のようだ。
「ソナー感、12時方向に酒猿複数。数15」
俺のカッコつけた台詞を聞いても琥珀は突っ込まず、片手に持っていた大剣の鞘を抜いた。背負ったり腰に付けたりするには大きすぎるため、半ば引きずるようにして持っているものだ。
「私が防御、アリスが狙撃」
「了解、と言いたいが」
狙撃は良いが、先程言ったように魔力はもうほぼ空だ。ほとんど弾数がない。気休めにしかならんが梟の人に貰った竜の角を抜く。後で名前付けよう。
「出来るだけ離れてて」
魔力切れで役に立たないことを悟ったらしく、琥珀はそういった。酒猿は目視できる所にまで近づいている、やつ等はデロデロに酔っているが冷静らしい。俺たちは餌、もしくはつまみと言うことか。
酒猿は赤黒い毛をまとった小型の猿だ。小型と言っても150㎝程度はあるだろう。全くこの世界の小型とか信用なら無い。四つん這いで走ってくる姿は人面の大型犬のようだ。射程内に入ったところで狙撃する。
「キャッ!」
甲高い泣き声を上げて一匹倒れたが、後が続かない。こちらの発動動作と魔力集中を見たらしく動きを先読みしてかわして来る。さすが野生だ。
それと今更ながらに気づいたのだが、俺の射撃方法は狙いがつけづらい。銃口に相当する物が無いため照準を付け辛いのだ。今までは精密に狙う時間や打てば当たる状況だったので気にしなかったが、この乱戦だときつい。
琥珀の方は、俺の様な無様はさらしていない。
「ふ!」
琥珀が短く息を吐き剣を横薙ぎに振った。琥珀の膂力は大質量の剣を高速で猿の体に当てる。一匹が両断され、それでも止まらない勢いがもう一匹を吹き飛ばした。致命傷ではないが行動は無理だろう。
振るった反動を利用してクルリと回るとすぐに走り出す。なるほど、止まっては近接戦はできない、と。勉強になるなあ。
ちなみに俺のこの余裕は魔力障壁を破るだけの突破力が相手にないことによる。何匹か近づいてきた猿を撃ち殺した所で魔力切れだ。これ以上無理すると枯渇症状が出る。この場合死にかねない。
しかしボケッと見学しているのも能が無い。手中にある角を使って考えていた戦法を試してみるとしよう。
俺の魔力は伸縮可能な腕の様な物だ、ならばその腕に剣を持たせれば近づかないでも切る事が出来る。最も切るよりも突き刺す方がいいだろうが。
魔腕(今考えた)に角を持たせ思いっきり腕を上に伸ばす。そして落下エネルギーを加えて猿に叩き付けた。
「ふむ」
アイディアは良かった、一匹は殺せたし。ただ二匹目には動作を読まれてしまった。単調な直線攻撃だからな、何か工夫が必要だ。
そんな事を考えていると、いつの間にやら近くにいた琥珀が猿の頭を割った。あれだけ居た猿が全滅か。俺の戦果は5匹くらいだから、琥珀は強いなあ。
「敵性勢力殲滅」
いい笑顔でいってるが、物騒な話だ。ま、琥珀自身は戦闘兵器、何か感じる事もあるんだろう。ただ単にストレスの問題かも知れんがね。
「この猿って売れるのかね?」
障壁を解除して足で猿を蹴る。ふと琥珀が切り殺した猿に目を向けると背中を切り裂かれた者が割りと多い。逃げようとした所を切り殺されたんだろう。相手が悪かったな、しみじみと。
「肉は……硬そう、売れないと思う。内臓は毒になるんじゃない?」
「解体……するか」
「どうぞ」
嫌だなあ、と思いつつもそういうと琥珀が軽く言ってくる。
「手伝ってくれないの?」
「服が汚れるから嫌。アリスが好いと言ってくれたから」
あれ、おかしいな。俺がアリスであってるよね?




