初依頼と鑑定結果
ギルドの扉を開ける。今日二回目。さっきは早朝、今は昼下がりでどっちも閑散としている。いつごろが混むのかね、まあ小さな町だし、あんまり人いないのかも知れん。さっきの宿舎も6棟だけだったもの。
「先程はどうも、無事借りられましたよ」
受付嬢は同じ人だったので声をかける。向こうが覚えてなかったらキツイな。
「ああ、さっきの。良かったですね。でも気を付けて下さいね、あの辺りは治安が悪いですから。駆け出しの冒険者にもゴロツキみたいなのは居ますから」
「忠告感謝します。ところで、生活費を稼ぐのに仕事を請けたいんですが、何分初めてなもので。駆け出しはどのような仕事を?」
「そうですね。ギルドの基本的なルールはご存知ですか? 説明のときに初心者向けの依頼についての説明もしているはずですが」
「そういえば聞きそびれました」
そう言うと受付嬢は顔を顰めた。
「申し訳ありません、本来は登録のときに説明するのですが、手違いがあったようです。今から説明しても構いませんでしょうか」
「ええ、お願いします」
受付嬢の説明によると、ギルドは大陸毎に支部統括があり基本的には大陸内で冒険者のとりまとめをしているそうだ。大陸は広大に過ぎるため、支部統括ごとの交流は活発ではなく統括が本部と呼称される事もある。
冒険者とは言わば何でも屋である。冒険者、と名乗ってはいるが多くはそう広い範囲で活動することはなく、町や国といった範囲で依頼を受け生活している者の総称である。また少ないながらも文字通りの冒険者も降り、遺跡や迷宮の探索、未開地域の探索などもしている。
冒険者にはランクが存在する。これはそのまま冒険者の格付けになり、上位の位階の者は色々と優遇される。
駆け出しといわれる3階梯までの冒険者は主に、採取、配達、ごく簡単な討伐などを受ける。例えば単独のはぐれゴブリンや野生の獣などだ。単体のゴブリンなどちょっと力のある成人男性で十分に倒せる。言い換えれば駆け出しの冒険者など、便利屋に過ぎないということだ。
冒険者の存在意義としては、雇用促進も含まれるのかね。報酬の一部が税として天引きされているらしいし、いくら戦力として抱えられなくとも税収増にはなる。それに戦争にかかわらずとも、魔物の進行や増加などには対処してくれる。国としてはギルドを置いておきたいわけだ。
ま、ごろつきの様な者も多いし、不特定多数の人間をほとんど審査も無しに雇うなんて、かなりハイリスクな事をやっているんだから、メリットとデメリットはトントンと言う所だろうかね。
そうなると、冒険者は当然国からの監視対象になるだろう。派手に動いたりすれば問題になりかねん。あまりハシャギ回るのは自重するとしよう。
さて、デメリットも大きいがメリットもそれなりだ。国からのギルドへの優遇措置も頷ける。その一つは金かね。ギルドで支払われる報酬は基本的にその国の金だが、腕輪に振り込めば共通の通貨として使える。これだけでもメリットになるだろう。
話がそれてしまったが、受付嬢の話も大体似た様な事を言っていた。
説明は大まかに理解した、次は実際の依頼か。まあゲーム仕様だ、依頼書から選んで受注し、採取なら実物を、討伐と配達なら完了情報が腕輪に登録されるので、それを持って達成となる。失敗のペナルティは不可抗力によるもの以外は報酬の3割、結構でかいな。慎重にしよう。
注意点としては依頼の制限かね。実によく聞く話だが、ギルドの信頼や冒険者の補充などの状況を考え受注できる依頼に制限をかけている。~階梯以上、と言う風で、特に下位の依頼制限はないようだ。
「と、言う情報を踏まえて。君、何か良い依頼はあるかね?」
「と、言われてもね。私は初心者な上に人間ではないからね、君」
妹君に尋ねると悪戯な笑みを浮かべてそう返された。悪戯な笑みは本人の意識ではそうだろう、という仮定だ。実際には嫌な歪んだ笑みだ。
「素直に判らないと言いたまえよ」
「判りません」
実に素直であるなあ。まあ良いや。
基本的に俺たちのチームは全員が死に難いが、死なない訳ではないし、怪我をしない訳では勿論無い。であるならば、極力危険の少ない依頼を受けるべきだ。
といって、街中の便利屋稼業では経験不足になるし、なにより生活費が厳しい。弱い魔物の討伐でも大分報酬に差が出る。
まあいくら弱めと言っても鬼と殺しあうことと引越しのお手伝いだの草むしりが同列には成らないかね。
問題はもう一つある。依頼の有無だ。この近辺はアクティブに動き回る魔物は少ないらしく(そのことでも森での異変の度合いがわかるというもの)討伐依頼は少ない。
「やはり採取かねえ」
当初から考えていたが採取は都合が良いだろう。なにより採取の依頼はポーション(回復の魔法薬、基本だ)や気付薬、毒消しなど需要が多い物の材料であるためギルドが常に依頼を出している。常設依頼、という分類だそうで欠点はランクアップにつながらないことが多い、と言う点だ。
ギルドのランクアップは複数回の依頼をこなす事で基本的には上がる。当然自分のランクより低いものを受けても加算はされず、常設依頼は特殊なものを除き2~3階梯程度の難易度しかない。まあ、当面の生活費だからな良いか。
常設依頼はギルドごとに違うのだろうが、ここのギルドは薬剤原料の採取だ。
薬剤、といっても当然前世で馴染みのある薬共とはわけが違う。薬共め、毎年毎年似たような効果の似たような薬出しやがって。一々効果覚えて対応するこっちの身にもなれよ、いいんだよもう、胃薬は。同じ薬だろ? コロコロ名前変えんじゃないよ。
さて、そう前世とは物が違う。まあいわゆる魔法薬だ。製作過程や完成品に対して魔力による細工を行うことで、劇的な効果を齎す事ができる。切り傷を外科的な処置無しで見る間に完治したり、幅の広い毒物に一種類の解毒薬で対処したり、などだ。
前世と比べて優れている点を上げるなら、間違いなく製薬技術だろう。が、医療技術は伴っていない。部位欠損や致命傷に対してはいくら魔法薬でも対処できないし、回復魔術は使用者が少なく、また技術も未熟だ。
まあそれはいい。
「とりあえず、常設依頼をこなしてみるよ」
「兄さんのお好きに。兄さんと2人っきり。くふふ、これ以上の素晴らしい事はこの世に無いね」
妹君は嬉しくて堪らない、という風に笑った。十中八九俺の言うことは聞いてないな。
常設依頼は依頼というよりは買取みたいな物だ。よって依頼手続きは無く、今回の場合現物を持ち込めばいい。最低持ち込み数などは確認していく必要があるが。
確認後に町を出る。太陽の角度的に14時といった所だろう。
簡素な、門番も見張りも居ない門と言うか柵の切れ目を抜けて、草原に出る。
相変わらずザアザアと草がなっている。
ここの町は北側が小高い丘の麓にあり、その丘の裾野に広がる森と隣接している。
大して大きな森でもないが、森の中には小川があり、丘を迂回するように流れていた。目的の薬草は川の辺にあるらしい。
「魔法薬の材料採取かー」
「具体的にどうするの?」
「そこなんだよ、群生地なんかを教えて貰ったんだが種類が多くてね。まあ一つの材料でたくさんの薬はできないだろうがね。近い所から虱潰しにしてみるか。ああ、ついでに彼方此方鑑定しつつ行くので周囲の警戒はお願いね」
「兄さんは情報収集しながら、お仕事ね」
「チーム最弱だからね、少しでもお役に立てるようになりませんと」
翡翠君が最弱か。でも流石に生まれたばかりの蜥蜴を順位に入れるのも酷だし、勝っても嬉しくない。
「私たちが役に立つよー」
そんなやり取りをしつつあれこれ目に付いたものを観察、鑑定する。
石、草色々、岩、土色々。
殆どはそのまま、草(雑草)、石、まごう事なき土、とかで鑑定結果に馬鹿にされたが(おそらく俺の根っこが知ったかぶりなので鑑定に嘗められているのだ)、森に入る辺りで名前付の草もあった。
泥酔草:植物・薬草・毒草
茎は硬く地面から30センチほど真っ直ぐに伸びる。葉はそれほど多くなく遠めには、硬い茎だけで立っている様に見える。名前の由来は秋の終わりにつける実で、その実に強力な鎮痛と幻覚の作用があり、まるで酔っ払っているような行動をとるところからきている。
泥酔モドキ:植物・毒草
泥酔草と似通った姿をしており、群生地には半々の割合で生えている。泥酔草以上の強力な毒性があり実を一つ食べれば人間でも動けなくすることができる。
との鑑定結果だが、泥酔草は麻薬成分を含んで居るんだろう。所謂芥子に近いものだと推測される、と補足されていた。
一方の泥酔モドキは良く判らない。毒草であることは理解できるが強力だ。人間一人行動不能にする植物毒、確かにあるがこうもありふれていると怖い。
ただ薬効は有用そうなので摘んで帰ろう。琥珀なら薬として精製する方法を知っているかもしれない。
「困った」
「兄さんはさっきから草と石と土を眺めて一喜一憂してたけど、それ以上に困ることがあったの?」
「ふむ、何気に強力な攻撃だがそれよりもまずい。採取を目的としているのに袋の類をまったく携帯していない。毒草に触るのに素手だし、刈り取る道具も何も無い」
なんと言う素人丸出しの行為だ。
「一旦撤収して琥珀様にお伺いを立てようか。それとも持てるだけもって一応帰る?」
「うーん。その手の類を忘れたのは不覚だったね。まあ私は言われてからああ、そうかな、と思っただけなので全く役に立たないことが露見したわけですが。ふふふ、私要らないんじゃないかしら」
「ダークネスなオーラをまとわんでもいいよ。向き不向き以前に経験がないんではな、どうしようもない、お互いにね」
「そうね、今後に期待していただきたい。それはそれとして持てるだけもって帰ろうよ。どうせ帰るんだから」
実にもっともだ。
さて、あっちこっち鑑定していたせいでお目当ての物はまるで探していない。今回の目標は初回ということもあって簡単な設定にしてある。町の近くに流れている川のそばに群生するクローバーに似た草が目当てだ。
川の中から魔力を吸収して増殖しているらしく、彼方此方に群生が見られる。この世界は植物であっても魔力を扱って色々やっているらしい。例えば毒を持つ事での守勢防御、という考え方があるが、この世界の植物は攻勢の防御に打って出ることもある、ということだ。毒を持つだけでなく毒を飛ばしてくるとか。
とりあえずクローバーを鑑定してみる。
クローバー:クローバーでいいんじゃないかな。
いや、ただの喩えですやん。というか、鑑定結果に馬鹿にされるのは頂けない。
斑白草:植物・薬草・アレロパシー
川辺などで群生し、遠目には斑模様に白い花が目立つためこの名がある。川や周囲から自然の魔力を吸い上げて増殖している。毒などは無いが周囲の植物からも吸い上げるためそれらを駆逐してしまう。ただし、周囲に魔力を汲む対象が無いと自分たちの魔力を吸い合うので大きく隆盛を誇ることは出来ない。
吸収した魔力は主として治癒系統に適応を示すため、回復薬の原料として一般的。
間違い無い様だね。
「こいつか」
「注釈が合ったよ。四葉の物は高価買取だって」
四葉のクローバーね。早速鑑定してみる。一つ一つの物をじっくり見て解説と罵りを受ける個別鑑定と、周辺をざっと見回して索敵する広域鑑定の二種類があることは……今説明した。
「あるにはあるが、こいつは別物だね」
「別物?」
★蝕白草:菌類・薬草・寄生
斑白草の群生に入り込み白草の吸った栄養と魔力を奪い成長する菌類。この草が付近に生えるとやがて寄生された斑白草の群生は消え去る。斑白草は虫媒であるがその虫に胞子を吹きつけ白草の群生に寄生する。白草の魔力を横取りし自身も治癒系統への適応があるため、斑白草以上に回復薬に重宝する。
菌類ではあるが、斑白草に良く似た形状をしている。擬態する理由は不明であるが、他の物に擬態した記録は無い。
物騒なものだ。ちなみに★は新種らしい。
「物騒ね」
「君もそう思うかね。しかし、新種らしい。常設依頼になるくらいに広まっているのに新種とは、また鑑定結果様にからかわれているのかねえ」
なんとも世知辛い事だ。
話のペースが遅すぎる気がしたので、頑張ってアップしました。
その割にはあまり進みません。話が動くのはもう少し先です。
主人公の眼鏡による鑑定、今回の話の様に書いていこうと思いますが、世界観が崩れる、とか、もっとこういう情報が知りたい、とか。意見があればお受けします、よろしく願います。




