翌日 訓練と決壊
たった数ヶ月でも体は起床時間を覚えてくれているもんだ、ありがたいことに。
妹君よりも早く起きた。妹君はまだ俺に抱きついている。無意識に動かなかったせいか体中が痛い。起こさないようにベッドから出て伸びをする。骨が鳴らないな、若いからかね。
体操していると妹君が起きた。目を開けて俺が居なかったからか、ガバッと飛び起きた。そして俺を見つけて抱きついてくる。左腕にしがみ付いて頭をグリグリと押し付ける。
案の定抱きつく事の安心感を覚えてしまったか、信頼を得たと言う意味で喜ばしいのだが行動制限が難しいな。児を否定しない、というのは覚えているが、そうすると両親にばれてしまう。ばれた時の両親の態度は判らないが、判らない分慎重にならざるを得ない。
「兄さん、おはよう」
普通に喋れる程度には落ち着いているな。
「おはよう、君落ち着いたかね。……君に少し話があるが聞いてくれるかな」
「なあに」
「父さんと母さんのこと」
そういった瞬間ビクッとする。さらにきつく抱きついてきた。
「大丈夫、俺は君の味方だ。あいつらには君をどうこうさせない」
個人的に俺はお前の味方だ、って台詞は信用ならない。まあそれは個人の感情なのでこの場合無視する。あれ、親をあんまり否定してはいけないんだっけかな、でも俺兄妹だしな。流石に兄弟が児を保護する想定で勉強したことは無いな。いや、そういう事例もあるんだがね。あまり興味がなかったしね。
「兄さんがそういうなら」
「父さんと母さんは君に酷い事するよね?」
「父さんは痛いことする、叩かれたりする。母さんは何にもしない」
よし、虐待を認められるほどには信頼を得ている。それにしても母親め、何にもしないのはギルティだな。
「あと、あんまりご飯をたべさせてくれない。お腹すいた。でも兄さんが持ってきてくれるから、今は少し幸せ」
現状に希望があるならまだ大丈夫。
「君は俺の可愛い子、だから君を護らなくちゃならない。君が大切だから、他の奴に触らせたくない」
本音が混じってしまった。
「うん、兄さんが優しいのは知ってる」
「父さんと母さんは、きっと俺と君が仲良いのが気に入らないんだ、と思う。だからあの二人の前ではこうゆう風に抱きついてきちゃ駄目だよ」
「え、……」
寂しそうに言って離れる、やはりこの子は頭良い。今度はこちらから抱きしめる。
「大丈夫、ばれなければ良いんだ。君と一緒に居るの俺は好きだから、たまには抱きしめても良い?」
「兄さん」
少しだけ体の力を抜いて無言で頷いた。やはりこの子かなり頭が良いが物分りが良すぎるのも問題かもしれない。
「君、俺の可愛い妹。君の事が好き、君は俺の大事な妹。だから邪魔されるのは許せない。そのために君に少し相談があるんだよ」
俺の話の強引さは嫌になるな、もう少しコミュニケーション能力を上げておくべきだった。基本的に会話しないで生きてきたからなあ。
「何、兄さん」
優しい妹君は強引な展開でも乗ってきてくれたぞ。
「君と2人で平和に暮らすには自分の力で生活できなければ駄目だ。その為に魔法を訓練して自分で金を稼げるようにする」
妹は無言で頷いた。判っているんだかいないんだかは不明だが要点さえ伝われば、その他の瑣末なことはどうでも良い。
「魔法の訓練は危ないからね、川辺に行ってやるつもり。だから昼間のうち、君が独りになってしまうけど、我慢できるかな」
我慢させることと、枯渇した症状を見せることとどっちが負担だろうか。落ち着くまで魔力訓練をしないという選択肢もあるが、後手に廻るのは嫌いなんだよな。
そもそもが俺の欲求を満たすための偽善なので俺が我慢することが出来ない。妹君には悪いが昼間一人で居てもらおう。
「つれてって」
予想外でもないか、妹君にしてみれば置いていかれる感覚だろうし、自分の見てないところで死んでしまうのではないか、という恐怖もあるだろう。それを自覚しているかどうかは知らないが。
「兄さん、私と一緒に居て、ね」
さて、どうやって説得しようか。危険だから、といっても納得はしないだろうし。
「駄目だよ。君、家で手伝っている程度なら良いけど、外にまで付いて来ては母さんに気づかれるし、そうしたら父さんにもばれる。そうなったら一緒に居られなくなるかもしれない」
脅すようで、というか脅しだから言いたくなかったが致し方ない。自活能力のない俺たちでは捨てられたときに死んでしまう、それは避けねばならない。
「だって兄さん、また血を吐くんでしょ、死んでしまうかもしれない、帰って、こないかもしれない」
「前にも言ったがね、あれは見た目は派手だけど死にはしない。それに帰って来ないことはありえない、俺は君が好きで一緒に居たいと思っているからね」
事ある毎に妹君を肯定する。正直歯の浮くような台詞なのでつらい、まあ看護と思って割り切るしかない。上辺だけではバレルだろうが、実際にそう思っても居るので大丈夫だろう。全く可愛い子でよかったよ。
自分の事ではあるが、つくづく人間の屑だな。立派な人間になりたいと思ったこともないし、上辺を取り繕えば大体大丈夫だからどうでも良いが。そもそもそんな自分を恥じないからこその屑な訳だ。
「俺の可愛い妹を残して死ぬなんて事はできない。大丈夫だよ」
根拠はないが、納得してもらうしかない。説得の選択肢を持てるほど有能な人間ではないんだよ、俺は。もっと頭の良い人間なら良かったんだが。
「……わかった」
俺の困り具合を悟ったのだろう、しぶしぶ納得してくれた。頭が良いのもあるが、他人の顔色を伺う癖がついてしまってるんだろう。
ともあれ納得はさせた。いや納得はしてないだろうが承諾してもらった。今はこれで良い。そうでも思わんとやってられんよ、実際。
SIDE:エリス=キャロルリード
兄さんが行っちゃう。
ついて来ちゃだめだと言われた。
昨日は大丈夫でも今日は死ぬかもしれない。
兄さんが死んじゃう。でもついて行っちゃだめなんだ。
ここで待ってよう。兄さんはここに帰ってくるから。
寒い、とっても寒い。兄さんが居ない、寒い、とっても寒い。
SIDEOUT
川辺にやってきた。父親が猟に出るのと同時くらいにでて父親の行動を確認する。戻ってこないことを確かめて川辺に。
さて、魔法訓練だ。今までは単純に魔力を消費していただけだが、ここからはそうも行かない。
イメージについては既存の銃をイメージするのが手っ取り早いかと思う。掌から炎を飛ばすよりも、弾丸を考えた方がまだ容易な気がする。銃なんか撃ったことないからどっちもどっちな気がするが。
少なくとも回復魔法は見て知っていることをイメージしているので巧く行っている。
手を翳してその前に銃を浮かべて引き金を引く。思惑通りに炎を飛ばせた。威力は実に地味で目標の大きな岩の端っこに当って消えた。目標に被害なし。
撃つ所までしかイメージできてなかったか、威力に頭が行ってなかった。でも魔力は減ってる。あとは繰り返していくしかないか。最初は銃のイメージでも、繰り返していくうちに魔法としてのイメージが自然になるだろう。
反復は嫌いではない、単純作業は好きだし、魔法なんて目新しいから楽しい。
撃って撃って撃ちまくる。ちょっとかっこいいが目標の岩は全くノーダメージ。初日だしな、1カ月やって成果が上がらなければ何か考えよう。
1発につき魔力1程度消費。体力は減らないが今までより時間がかかる。妹が心配なので極力連射することにした。機関銃を想像すれば速度自体は楽に出せたが、1発で1の魔力消費、つまり最高でも2百発程度の弾しかないから直ぐに空っぽ。機関銃は毎分7百発程度は撃てるらしいし、その知識があったんで一瞬で無くなった。
これは当分連射は止めておこう。魔力のコントロールをしてもう少し節約するのと、1発1発の威力を上げなければどうしようもない。
とりあえず帰る事にする。父親の後を付けたり、実際魔法を使うまでに考察したりで遅くなった。帰ってから妹を甘やかすことにする。
枯渇症状に1時間耐えたためにぐったりした体を引きずって家に帰る。体がだるい。夜勤明けの朝の様だ。症状は多種多様だが、最近慣れてきた。慣れたというよりは覚悟している分軽減されているというか。もう少し余裕が出来たら枯渇症状についても調べてみようと思う。
さて家に着いた。夜と夕方の境のような時間だ、冬なので当然寒い。気温自体もそうだが前世に比べて防寒具が軟なので余計に寒い。
そんな寒い中で妹が立っていた。唇にチアノーゼ、微かに震えている。結構な時間外に立っていたんだろう。妹は典型的ネグレクトを受けていたから、当然服なんて薄着しかない。最近は俺の服を着せているが、それでもじっと耐えられる寒さじゃないぞ。
「兄さん」
笑った。こんな冷え冷えとした環境でどうしてそんな風に笑う。そんな、満面の笑みで。
「あいたかった」
体が冷たい。ドンだけ待ってたんだよ。
「兄さん、あったかいね」
「俺が暖かいのは、君の体温が下がっているからだぞ。無茶をしてくれるなよ」
「兄さんに真っ先会える場所だもの、ここ以外では待てない」
「そうか、そしたら明日からついておいで」
結局折れる。風邪でもひかれては治さなきゃならないし、何より妹の気持ちを思うと致し方ない。この子、やっぱり壊れてるんだろうな。まあ正常なのが良い事かどうかは判らないし、別に俺にはどっちでも良い事だ。
「良いの?」
「君、独りにしておくと無茶しそうだからね。母さんの件は何か考えようね」
昨日感情をぶつけられてから、妹の様子が一変している。こんなに早く激変する物なのか、教科書が欲しい、教科書が。病院にあった虐待対応マニュアルでも良い。
だが実際どうしたものかな。母親一人なら脅せば黙るかな、殺してしまっても良いんだが……それで父親が暴走すると面倒だし、共依存であるなら何がしかの影響は確実にある。
さすがに殺してしまっては罪になるだろうしな。文字通りの炭にすれば大丈夫かな、でも村だしなあ、居なくなったらすぐにばれるよねえ。
正直両親のことを殆ど観察する間もなく妹と居るからな、相手の情報が少なすぎて性格・思考が読めない。
昨日考えた川原に畑を作る件、こいつを建前にして妹を連れ出すか。まあ実際畑を作っても良いんだが、川原に畑って出来るのだろうか。
畑が出来たとして勝手に作って良いのかな、そういえばこの村って税金の類はどうなってんのかな。年貢とか? 早いうちに政治についても調べないと。
「兄さん、やっぱり駄目?」
おっと、ダラダラ考えてしまった。いつまでも寒い外に居るべきではないな。
「いや、母さんらをどう誤魔化すか考えてたんだ。寒いから中に入ろう」
「仕事を終わらせておけば母さんは私が何処に行っても興味がないと思う」
ふむ、ネグレクトしてる位だからそうなのかね。そもそも使用人程度の考えしか無いのかも。
「そうか、だったら明日から仕事を早く終わらせて一緒に行こうか。でも良いのか、君付いて来るとなると昨日みたいな物を見ることになるよ」
別に脅かすつもりではない、ただ覚悟してきてもらわないとね。
「兄さん、あれで兄さんが死んでしまったら、私も死のうと思うの。だから目の前で死んでもらわないと……、いつ死んで良いのか、私判らないもの」
気負った風でもなく言われた。この位の子供はしばしば重要他者と自分を重ねる事があるけど、大分依存されているな。まあ依存されるのは嫌いではないし、別に良いか。
なにも自分が死んでも生きていてくれ、なんて事が言えるほど人生を楽観視出来ないし、死にたいって人間を止めるほど暇でもない。死んだほうが楽な状況は、確実に存在する訳だし。
「そうか、判ったよ。それなら死なない様にするけど。君、俺が生きている間は死なないでくれ給えよ。俺に頼れ、誰かを殺してでも君を護るからね」
そういって頭を撫でる。妹は頷いた、口約束なんて信用できないが、こう言う一言が死ぬ前に踏み止まらせる一因になったりする。
その後夕食を食べて部屋に戻った。両親の前では妹を邪険にする他無いので辛い。
妹も部屋に入るととたんに抱きついてきた。今まで蔑ろにされていた分、甘えることを覚えた後は我慢できないのだろう。
胸にぐりぐりと頭を擦り付けてくる、なんとなく犬っぽい。
しかし、此処まで甘えられるとお兄ちゃん大変なのだよ。君可愛いんだから、今はまだ良いけどこの先成長してもこの調子ではまずいな。こちとら倫理観なんて持ち合わせてないんだから、妹であることは一線を越えない防波堤にはならない。
まあ、とはいってもこの俺チキン。何処に出しても恥ずかしくない立派なチキン野朗だからな、妹が嫌がることはしないだろう。嫌がらなければ止める理由は無いしな。
ベッドで抱きつかれてしばらくすると妹は眠ったようだ。この世界的に家事は重労働だ、12歳程度の妹は疲れているのだろう。まあ俺も同い年なんだが。
SIDE:エリス=キャロルリード
兄さんが帰ってきた。
やっぱり兄さんは帰ってきてくれた。良かった、私はまだ死ななくて良い。
死ぬのが嫌な訳じゃない、死んだらきっと兄さんには会えない。
兄さんのことが好き。会えないのなら、何もかも意味が無い。
一緒に行っても良いと言ってくれた、私を抱きしめてなででくれる。
暖かい。
兄さんが居れば、何もかも耐えられる。
SIDEOUT
次の日から妹と2人でこっそりと家事を終えた後、川原に行く日々が続いた。そろそろ一月になる、日本と気候が同じらしいので今は一番寒い時期だろう。
川原に行くとすぐに石を暖めて妹に渡す、懐炉代わりだ。あとはパンの材料である粉、知識が無いので良く判らんが小麦より黒っぽい、の袋を切って風除けにしている。
「今までも服なんて半袖しかなかったんだから、寒いのは平気」
妹はこう言うが、空腹と寒さは一番許せない。金稼ぐようになったらその点は真っ先に改善する。
というわけで今日も炎で岩を砕こうと頑張っているが、全く威力の向上が見られない。その代わり速射性と命中精度、そして何より弾数が向上した。
様はイメージの問題で銃のマガジンを想像し、そこに魔力をかける事で劇的に魔力消費を減らすことに成功した。具体的には50発撃って魔力5程度。
しかし、いくら速くて大量に正確に撃てても威力が弱い。岩に当ると掻き消えてしまう程度だ。魔力の質を上げる訓練も、魔力を上げる訓練も続けているんだが、どうしたものか。
最初に決めた一月で成果が出なければ何か考える、の期限が近づいている。
その日も成果は出ていなかった。妹君がいつもと同じように暖めた石にすわり、暖めた石を抱いている。普段通りに無表情に俺の訓練を眺めていた。
さて、そろそろ違う方法を考えないといけないね。
看護師になるときの授業でブレーンストーミング、と言う概念をやった。とにかくアイディアを出せと言うものだ。質ではなく量、その中からの取捨選択。実に結構だ、俺が苦手であると言う点を除けば。
何が言いたいのか、俺は新しいアイディアを出すのが苦手だ、と言うこと。決まった方法の中で実行するのは得意だが、新しい局面に極端に弱い。
今回はそうも言ってられない。考えることに集中してみよう。そう思って撃つのを止めた、すると妹君が疑問を呈した。
「どうしたの、兄さん」
普段なら魔力切れまで打ち続けるのに、途中で止めたので不審に思ったのだろう。枯渇症状を唇をかみ締めて眺めているくせに。
「いやなに、成果が上がらない物でね。方法を変えてみようと思ったんだよ」
「成果? どうしたら成功なの?」
「ん、別にどうしたら成功って事は無いけど、少なくともあの岩を粉々にしたいね」
さっきまでポフポフと火で殴っていた岩を指差す、クソ無機物め、でかい顔してられるのも今のうちだけだ。
無実の岩に悪態をついていると妹が首を傾げた。
「軟らかい火で硬い石は壊せないと思う」
そういって手の石を岩にぶつけた。石は割れたが岩も欠けた。
「ほら、硬ければ割れるよ」
「なるほど……そうか」
とりあえず頷いて考え込む。
なんとも情けない気分だ。今まで運動エネルギーだけで岩を壊そうとしていたが、考えてみれば火なんて質量も殆どないし、いくら運動エネルギーが高くても容易に対象は壊せないだろう。
対象が有機体なら熱エネルギーでダメージはあっただろうが。
そもそも銃は火薬で押し出した金属の弾丸を当てている。たしか比重が重い方が威力が上がるんだったか、それで鉛とか劣化ウランを使用しているはず。
つまりはこれが違う方法というわけだ。
次はその条件をどうやって満たすか、だ。弾丸を魔法で作って撃つのは駄目だ。銃が無いのに銃弾だけあっても扱づらいし、銃の正確な機構を知らないし、何よりも物質を無から出す、ということのイメージがつけ辛い。
質量保存の法則は前世の世界では柱のような物だ、そのイメージが強すぎて物質想像の魔法は俺には使えない。そのおかげで妹の服一着作って上げられない。
炎だの熱だのも想像しているわけだが、物質ではないためか、あまりに現実離れしているためか何とか使えている。
軟らかくて駄目なら硬くすれば良い。つまり炎を硬質化する。これぞファンタジーという考え方だ。飛んでいく親指大の火の玉を硬質化する。ついでに回転もかけよう、炎を弾丸にするのだ。
「ありがとう。君のおかげで何とかなるかもしれないよ」
妹の頭を撫でて礼を言う。自分の頭の悪さにしょんぼりする。くそう、もっと勉強しておくんだった。でも勉強とはまた違うのか、頭の回転が早い人はいいなあ。
「兄さん……」
頭を撫でると妹は喜ぶ。哺乳類に特有の感覚だろうが、毛の生えている動物はたいてい撫でると喜ぶ。もちろん撫でる相手を信頼していればの話だ。ちなみに逆撫では厳禁。
いつまでも妹を撫でて萌えている場合ではない。今度は炎を硬くするイメージで特訓を再開か……。イメージが全くわかないな。
考えたのは大きな炎を圧縮するイメージ、ギューっと潰して密度を上げて硬くする。何でも潰せば硬くなるさ。たぶん。
意外にもこれは簡単だった。目に見える塊を潰しているのでイメージも容易だったんだろう。そして出来た炎を今までのように岩へ発射する。
ビシッと音がして見事岩を削った。ブレイクスルーなんてこんな物だよな。発想が出来ると達成も早い。全く、この一月の時間を返して欲しいね。
「初めから君に相談して置けばよかったね」
妹のほうをむいて笑う。生前から笑うことは得意ではない。仕事中はマスクで誤魔化していた。実にぎこちない笑顔だったと思う。唇の端を歪める、嫌な笑いだ。
妹はその笑顔を見て抱きついてきた。感極まったようにきつく抱きしめられる。恐らくは俺の役に立って喜んでいるんだろう。自分を必要とされたい、という願望は、親に必要とされなかった妹にとって何よりも強い物だろうから。
まあこの辺は実体験から言っても間違いないだろう。決して恋愛感情等ではないのだ、勘違いするなよ、と自分に言って聞かせる。好意の勘違いは俺の中で7つの大罪に匹敵する。まあ俺が犯していない大罪など姦淫くらいのものだがね。俺キリシタンじゃないから良いよね。
いつまでも妹とじゃれている場合ではないな。次のステップだ。
圧縮して硬度を得るという方法は当った。次はその硬度を持った炎を量産し連射し速射することだ。それも魔力を最小限で。
本来は狩りに使う予定の魔法なので単発でも良いのだが、その後の世界を巡る件について、を考えると破壊力・殺傷力・燃費などは幾ら良くても十分という事は無いだろう。
圧縮した炎を見て、触って、撫で回して感触を確かめる。イメージをし易くするためだ。
発想さえ出来てしまえば後は簡単、まさにその典型。直ぐに高硬度の炎を作ることに成功、今までの訓練どおり連射も出来た。目標の岩はついに粉々に、ざまあみやがれ! 無機物め!
ついに完成だ、なんとか形になったな。後はこの世界の動物が岩より軟らかいかだが、植生と人間を見ているとそう作りに違いは無さそうだ。記憶の中にはゴーレムだのドラゴンだの固そうな奴らもいるけど、魔法使えない親父が狩れる動物なら大丈夫だろう。
今後はより魔力の質を上げる、魔力を高めるに専念しようか。それとも応用を利かせるように訓練しようか。まあそれは追々で良いや、実践と実戦の中で思うこともあるだろうし。
さて、と。父親に頼んで狩りに伴ってもらうか。1年程度で独立できると良いんだが、正直山なんて歩いたことないし、狩もしたことが無い。動物を殺すことに罪悪感を感じるような、真っ当な精神を持ち合わせていないのでその点は大丈夫だろうが。
とはいっても、じゃれ付いてくる妹をこれ以上我慢はさせられないし、両親とこれ以上いても害悪にしかならない。実際、俺がある程度地味に庇ってはいるが、それでも暴言はなくならないし、見てない所で叩かれたりもする。
内出血になる位には強く叩かれている。仮に病院で見ても、俺が小児看護の素人でも、バタードチャイルドシンドロームと見抜けるくらいに複数個所に。
俺が見つけ次第直ぐに回復している。だが妹は傷を見られるのを嫌がる。自分が悪いことをしている意識を持ってしまうのだろう。幾ら俺が言葉で慰めようとも、実の親に殴られる、というのはこれ以上無い否定なのだ。
さっさと自立して親から離してやるに限る。両親からの虐待は止める者がいないので悪化しやすい。
明日から狩りの手伝いと訓練か。結構ハードだなこれは。それでも耐えられてるのは人生2回目の強みだな、時間を戻せたら必死に勉強するよね。
「君。君のおかげで魔法が形になったよ、これで明日から父さんと狩りに行ける」
妹の頭を撫でながら言う。
「……っ!」
首筋に噛み付かれた。痛い、これはかなり痛い! 首筋って筋肉少ないから! 動脈近いから! 急所だから! ホンとすいません、もうしませんから神様、どうか許して!
噛まれた瞬間に頭の中でこれらの言葉がチカチカと弾けた。もちろん声には出しませんとも。一月前のことから考えるに、妹はパニックになると噛み付く癖があるらしいな。なんだろうな、これは。
妹は口数が少ないとは思っていたが、ネグレクトを受けていたなら会話その物が少なく、言葉の絶対数が少ない可能性はある。だとすれば伝えたい言葉がとっさに出なくて、それを伝える手段が噛み付き、ということか。いやいや、例え語彙が豊富でも12歳だ、自分の心を伝えることは難しいだろう。
子供が拗ねて暴れるのは、そうすることでしか思いを伝えられないから、というのは何で見たんだったか。
もちろんこの一見冷静な分析は、バイティングを止めてもらって妹を慰めてから考えた物です。首筋に噛み付かれるってのは怖いね、肉もってかれないように抱き締めたんだけど、怪我の功名だった。少しずつ落ち着いてくれた。
ちなみにこういった場合怒らない事が大事、らしい。躾と寛容の境界線は微妙な所だけど、今回は妹見るからにパニックだったからな、良いだろう。
その後、噛み付きは止めたが泣きじゃくる妹から理由を聞き出した。子供をあやすのにもなれたな、妹のおかげで。
どうにも要領を得なかったが、
「兄さんも、行っちゃうの?」
と繰り返していたので、俺が父親のサイドに立ったような、味方が居なくなった様な感覚に陥ったと思われる。
自分の発言に責任持ってないんだよね、俺。基本的に偽善者だから。ああ、でも看護者としては不用意だったかなあ。子供は何も判らない、と思っていてもちゃんと判ってます。不用意な発言は控えてください。と習っていたのに。
確かに、喜んで父さんと狩りに行くよ、といってるようにも聞こえなくも無い。信頼はされたが信用はされてないか?
「君、俺は君の味方だ」
目線を合わせてゆっくりと。同い年で相手は女性だというのに、妹は大分小さい。栄養摂取が不十分なのか、成長にまわせていないようだ。
「じゃあ、何で行っちゃうの?」
「何処にも行きやしないよ、ちょっとノウハウを盗んでくるだけだ」
「ノウハウ?」
舌足らずな感じがすごく可愛い。後頭部が痺れる。俺は一流を自負する変態だが、ここはグッと我慢の子だ。相手の信頼を裏切るのは、俺の中で最悪の罪だ。
「ちょっと前に2人で暮らすのに金を稼ぐって話したの覚えてるかい?」
「覚えてる、兄さんと一緒に居たい。独りは……怖い」
そりゃ怖いよなあ。俺も生前は一人が好きだったが、それでも最低限他人とのつながりは欲しかったもの。ネットは偉大だね、堕落を誘うけどね。
こんな時代の閉塞的な村、その中で11歳の子供にとって両親は世界のすべてだ。世界から否定されても、この年まで生きてきたのは、死ぬという選択肢がなかったせいだ。死にたくなかったんじゃない、自分の人格を認められなくて、死ぬ自由が無かったんだ。
そりゃ怖いよね。だから、君の世界のすべてが許せない。
「そう、金を稼がなきゃ2人では暮らせない。そのやり方を父さんに教えてもらうのさ」
妹は自分の唇を噛んでいる。君、何に耐えてるんだろうか。
「兄さんは! 兄さんはまたお父さんと……」
また、また? またお父さんとなんだ。俺の知らない記憶か?
そこまで考えてハタと気づいた。そりゃそうか、俺にとって転生してからの殆どは妹が中心だ、でも妹は違う。妹は10年間兄に虐げられているんだ。父親と行動を共にすることで兄が元に戻ってしまうのを恐れているのか。
信頼も信用も得られないわけだ。前科があるんだから。甘えてくる妹は必死の引止めアピール、妹の防衛本能か。好意の勘違いを犯してしまった。大罪だ、どうしよう。
信頼を得るのは難しいが、崩すのは実に簡単だ。この場合は崩れた信頼を戻す作業だが、そんなモンあと20年はかかる。俺は目的のためには手段を選ばない人間だ。だからこの場合もそうだ。
「わかった。別のを考えよう」
「え?」
「君。君の怖いことはしないよ」
目的は妹を護ることだから、自分の考えを強行するのは手段と目的の取り違えだ。再度ありがとう看護師の先輩、患者のして欲しいことと看護師のしたいことは違う、と怒られた事があったなあ。
「兄さん……」
「君、我侭を言っても良いんだよ。これは俺の好きでやってる事だからね、君は何をしても良い。俺を独り占めしたいならそれも良い、俺を捨てても自由だ。ただ俺の意見は、君と一緒に居ることだ」
これは本当に好きでやってることだ。偽善万歳、俺の保護欲の充足万歳。
さて、妹に頼られてる感と、俺の前科を自覚したことでテンションが混乱中だが、妹はどう出るかね。
「本当にお父さんと行かない? 私と一緒に居てくれる?」
「約束する」
意外な事に俺は約束は守る、出来ない約束はしない。色々と美学を求めると自縄自縛になるよ。美学って定義が良く判らないんだけどね。
「さて、君も一緒に2人で暮らす方法を考えてくれ給えよ」
話題を変えよう。ループはお互いの精神的健康のために良くない、妹が自己責任に至る前に話題を変えよう。
「一緒に暮らす?」
「君の親でもあるから申し訳ないけどね、俺は両親(あの2人)が嫌いなんだ」
本当は良くないんだよねえ、両親を否定するのは。でもはっきり行っておかないと後から混乱するし、俺の立ち位置は明確にしておきたい。
「嫌い」
噛み締めるように妹が言う。わずかな間茫然としていたが、瞳がミルミル潤んでいく。
「くう、ふ、ふえええええええええええええええええええ……」
また泣き出した、これまでのようにしがみ付いて噛み殺した泣き方ではなく、実に年相応の判りやすい泣き方だった。
「嫌い! わ、私も嫌い! 嫌い! 嫌い!」
ああ、なるほどね。子供が親を嫌うってのは本来自己否定だからなあ。悪い事、なんだよねえ。俺がはっきりと拒絶したことで吹っ切れたか。
「エリス、俺の可愛い妹君。エリスは悪くないよ、何にも悪くない。悪いのは全部俺達だから」
妹の手を握って言う。ああ、泣き顔も可愛い。普段のクールな感じも好きだし、甘えられるのも好きだ、泣いているのもたまらない。脳が痺れて、景色が歪む。
可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い,可愛い,可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、なんて可愛い。
艶やかな黒髪がきれいだ、真紅の瞳が美しすぎる、肌の白さとほほの赤さは喩えようが無い。華奢な手が可愛い、儚さが堪らない、小さな体躯が愛おしい。
トリップして居たいがそうも行かない。
妹が泣き止むのを黙って待つ。時間感覚はすでに無いが、声が枯れる位には泣いてたから結構な時間だったろう。子供って大泣きするけど、過呼吸にはならないのかな。いや、なるのか?
「おちついた?」
妹を石に座らせて前に座る。俺のほうが少し目線が下だ。
「父さんも母さんも嫌い」
掠れた声で繰り返す。判ったよ、俺も大嫌いだ。
「ああそうだね。俺も大嫌いだ」
声には出しておこう、言わないと伝わらないからね。
さて、諮らずも妹の堤防を崩してしまったが、これで両親から離れて暮らしても大丈夫かね。まあ離れて貰うしかない訳なんだけど、どうしたもんかな。
「さっきの続きだよ、君。一緒に居られる方法を考えようね」
「……兄さん、父さんに教わらないと狩りは出来ないの?」
「ふーーーーーーーーーーむ。たぶん出来ないだろうね、山に入ったことなんてないし、獲物の見つけ方、殺し方、罠の仕掛け方、肉の捌き方、そして換金、お金にする方法ね、ざっと考えても判らない事だらけだね」
「肉なら捌ける」
妹が強く言った。
「うん?」
「私、肉捌ける。お金にする方法は肉屋さんに聞けば良い、父さんは肉屋さんに売ってる。兄さんの魔法なら山に居る獣は十分に殺せる、遠くから殺せるから罠なんかいらない! ……獣の見つけ方、判んない」
一気に捲し立てる。俺を納得させないと捨てられてしまう、と感じているようだね。
しかし、妹の意見は貴重だ。父親に教わることばかり考えて、思考停止していたようだ。そうだな、別に父親に教わらんでも、自前で何とかするとしよう。
「うん、そうだね」
頷いて妹の頭を撫でる。
「駄目? 兄さん」
自分の意見では役に立たないか、ということか。
「いや、後は獲物を見つける方法だな、と思っていただけだよ」
妹は安心したように頷いた。
とりあえず妹はこれで良い。獲物を見つける方法か……。そもそも狩人はどうやって見つけてんのかな、やっぱり足跡とか痕跡を追っているんだろう。
猟犬みたいのは見ないから完全に自分頼りか。
チェイサーのスキルなんて俺には無いしなあ。出来るのは空想魔術か。
空想魔術はイメージさえつけばある程度なんでも出来る。しかし、獲物を見つける魔法なんてどう考えれば良いのか。
何かを見つけるといえば、衛星からの探査とか、サーモグラフィー、レーダー、ソナー、あたりか。
ふむ、たとえば俺の体から同心円状に魔力を放出、その反響で探す、とか?
ためしにやってみた。魔力の放出事態はいつもやっているので容易だったし、意識すればその反響も判った。ただ、木にぶつかって殆ど意味が無い。森の中ならなおさらだろう。魔力で何とかする発想は良いと思う。
魔力レーダーの発想は良いんだよな、でもレーダーもソナーも本来は空だの海だの、何も無い空間で使うから効果を発揮するんだよね。後考えうるのは直接魔力で探すか。
俺の体から魔力を放出するのではなく、地面をはわせて魔力を浸透させる。その上を歩けば発見できるし、浸透していくから木等も障害にはならない。
これはちょっと良い考えかも。後はできるかどうかか、出来たとしても範囲が狭くてはどうしようもない。半径1キロ位は必須だ。
イメージ的には足から魔力を漏出して、その魔力が地面に沿って広がっていく。魔力を使いすぎると危険なので、広がっていく魔力は薄く薄く、シャボン玉をイメージして。
だめだ、できない。しかしまあ、ごく近距離に考えてたことは出来たし、妹の存在も知覚できた。後は訓練だな、今までと変わらない。
妹にその旨を説明した。
「という訳で、なんとかなる。ただ一緒に家出するのはもう少し待っててね」
「兄さんが居てくれるなら、大丈夫」
「うん、君は俺と居てくれるから好きだなあ」
本音が混じってしまった。最近妹に対して思考が緩い、自重自重っと。
とりあえず今日はここまでだな。いったん家に帰ろう。
「君、帰ろうか」
「魔法は良いの?」
「今日は少し長居しすぎたからね、もう直ぐ暗くなるし、気温も下がる。練習はまた一月を目標に明日からだね」
そう行って妹に背を向けた、
「行かないで!」
後ろから抱きつかれた。又やっちゃたよ。脳味噌ないのか俺。
一度精神的に不安定になったら、仮に表面上落ち着いていてもきっかけさえあればフラッシュバックするなんて事は精神看護云々以前に一般常識だ。妹は落ち着いてもいなかったのに……。自己嫌悪。看護師としての自信をなくす、元々そんなモン無いけども。
「兄さん!」
とにもかくにもフォローアップ。くるりと体を反転し抱き締める。
ああ、俺も抱き癖ついてきたな。人肌は好きだなあ。考えてみれば転生前10年は人肌に触れたりしなかったなあ、仕事は別としても。
「すまなかった、軽率だった。吃驚したね」
抱き締めて髪を撫でる。もうちょっと身長差が欲しいな、体勢が結構辛い。
「うん、びっくりした」
たぶん妹もとっさの行動に吃驚しただろう。この子は頭が良いぶん自律度が高い、育ちももちろん影響している。今まで感情の赴くままに行動したことは少ないんだろう。全く、感情の赴くままに生きてきた俺とは、又随分と違うねえ。
「ごめんなさい、兄さん」
「何も悪くは無いよ、君はもっと我侭を言って良いんだ。少なくとも俺には幾らでも言って良い」
これで我侭に育つようなら、色々と面倒な躾もしないといけないけどね。そこは子育て経験が無いから、完全に手探りだね、看護でも習わんし。
「さ、一緒に帰ろう」
妹の手をとって歩き出す。妹はすぐさま腕に抱きついてきた。
この川原からの帰り道、このままだと色々と面倒そうだな。村人にみられると両親の耳にも入るだろう。少し時間を置いてから、妹を落ち着けてから帰るより無いかね。
SIDE:エリス=キャロルリード
兄さんはお父さんとお母さんを、私よりも好きなんだと思った。
だから、きっと、私はそのうち見捨てられるんだと、思った。
今だけ、兄さんと一緒に居よう。その後は、どうしよう、とずっと思ってた。
今は兄さんの気まぐれだと。
兄さんは両親が嫌いだと言う、私のことが好きだと言う。
兄さんと一緒に居れる。ずっといれる。
今まであったもやもやが晴れていく、頭が透明になる感触。
一緒に居れると思った瞬間に沸きあがる、兄さんを放したくないと言う欲。
引き止めておかなきゃ、何処にも行かれない様に、私を離せなくなるように。
そのために何をしても。大げさに振舞い、兄さんの保護欲をかき立てる。
……泣いたのは本心だったけど。
SIDEOUT