宿屋で談笑
進みません。
しばらくすると翡翠君が復活した。俺も同じくらいに復活した。
(この体は弱い、弱い、弱い。翡翠の体は弱い。主人様、主人様、翡翠の体は弱いけど、捨てないで)
翡翠君は淡々と話しているのだろうが、所々に涙声が混じる。性能の良い念話であると思う。さっきの会話は聞かれていなかった様だ、ややこしくならなくて助かった。
「君、実にいいねえ。その台詞、なんともお約束な事だが、やはり王道という物は王道たる素晴らしさがある」
(捨てない?)
「んくくくく、捨てないとも。惜しむらくは君が爬虫類であるということだが、何、実に瑣末なことだ。必要とされ、甘えられる快感に比べたら、君の容姿や種類なんて実に瑣末な事だとも。幸い君は女の子であることだし」
(ごめんなさい主人様。もっと強いと思ってた)
「どうしてそう思ったかは兎も角、まあ之から強くなっていくとしようか」
育成は大好きだ。コツコツ地道な不毛とも言える、先の見えない、地獄の辛酸を嘗めるような、地味な作業は割りと好きだ。
「力試しは兎も角、もっと穏便にやれないものかね。会話できるようになった今、君も友人だ。気をつけてくれたまえよ」
(ごめんなさい。翡翠は主人様の一番嫌いなことをするところだった)
……実に良く判っているじゃあないか。結構なことだ。
てくてくと歩く。さっき襲われたところからさして歩いていない。
周囲の風景は草原と丘、と表現するべきだろう。一応街道らしき物があり、その周囲だけ地面が露出している。それ以外の場所には背丈の高い草が一面に生え、風が吹くたびにざざああーっと、なんとも重い音を響かせている。
なだらかな傾斜を繰り返す草原。さっきから眼に入るのはこの景色だけだった。
周辺の草は背が高く、肉食恐竜でも出てきそうで、内心少し怖い。
「そういえば、どの程度資金があるんだっけね」
歩きつかれて、景色も見飽きた。波の音にも似た風の音は耳に心地いいが、流石に飽きる。
「ざっくりと大金貨1枚。武器が安かったから」
「3人で生活するなら半年くらいは持つかな」
翡翠君はまあ、体が体だから数に入れなくても大丈夫だろう。大して食べなさそうだし。
「魔力だけあれば大丈夫」
琥珀はそういうと期待を込めた目に見えなくも無い瞳で此方を見上げた。何を期待しているかは考えるまでも無い。
「いや、今後のことも考えると金銭の最低ラインは把握しておきたい。琥珀が食べるという前提で組むから」
俺の説明に納得したようだ。琥珀は俺の思考をある程度読めるからだろう。人形を人間扱いしたい、ただの性癖である。性癖ではあるが嬉しかったのだろうか、無言で抱きついてきた。
スベスベの琥珀の頬に頬ずりをする。ああ、スベスベ。
「に、兄さん! 私も、えーと、あの……」
琥珀を放し妹君を抱きしめる。ああ、少女の香り。
「兄さん!? あの、えっと……きゅうううう。もっとギュってして」
ごふ! ぐっと来る台詞ベスト3に入る決め台詞をここで顔を赤らめながらだと。効果は抜群だ。
琥珀に蹴っ飛ばされたので、適当なところで解放し町を目指す。抱き締められる権利? とやらを妹君に横取りされた形の琥珀は酷く不機嫌である。
町に着いたのは夕方遅く、もう殆ど夜だった。町からはなだらかな丘がよく見渡せるが、その丘の端に太陽が隠れるところだった。太陽が完全に隠れると、町の至る所で明かりが灯される。
単純に火を焚いてランプをつけている所もあれば、魔法による明かりなのだろう、一際明るい店もある。
等間隔でなく、明るさや光の色も違う様々なランプの明かりが、久しぶりに異世界にいるんだ、という実感を与えてくれた。
サリとて、何時までも呆けている訳にも行かないので、取りあえずの宿として以前と同じ宿屋を使う。明日は長期滞在用の宿を探す、値段によっては借家も検討する。
「さて、やることもないし、保留にしていたチーム名でも決めようかね」
宿を取って、食事と風呂を済ませた。寝るには中途半端な時間だが、さりとてやることも無い。
そんな訳で色々決めておこうと思ったわけだ。
「チームと言えば、あの蛇が旗印がどうのって言ってたよ」
妹君が意外な事を言い出す。
「旗印?」
「うん、前に会った人間の冒険者はチーム毎に決めてたんだって。アクセサリーや刺青、盾にあしらったりして」
ほほう。
「主様」
琥珀が肩に手を置いて普段の如き無表情でこちらを見る。
「別に構わない。好きな様に決めたら良い」
「……ああ」
言わんとしている事はわかった。まあ、楽しむにはそちらの方が良いか。どちらにしても全盛期の発想はもう出来まい。
「取りあえず、意見を……聞くのは止めて置く。そうだな、俺らしいというならやっぱり病院関係かね。元看護師的には」
「具体的には?」
「赤十字だな。旗印はそのまま赤い十字架」
「赤十字って何? 血染めの十字架? 皆殺し?」
「君、又物騒だねえ。逆だよ逆、病院の象徴みたいな物だね。前の世界ではそこは戦争中でも襲っちゃいけない、とかのルールがあったんだよ」
「ふー」
適当に考えた俺の案に対し、琥珀がため息をついてこちらを見た。呆れている様な、怒っている様な……。
「なに?」
恐る恐る聞く。琥珀は俺の歪んだ妄想の産物であるからして、いったい何処にどんな地雷があるか判らない。
「主様、何時からそんな体面を気にする様になったのか。全く持って許しがたい軟弱さ。赤十字? そんなつまらなく、花も無い名前で、この人形が! 妄想の産物が! 主様の忠実な琥珀が! 納得するとでも思っているのか」
絶望的な状況下でも決して諦めない神父の様に、高らかにそう宣言する。
要約すると、中二が足りない。
その後、俺は大いなる託宣が降りてくるまで待った。
降りてきたのは、外部からの意思であり、外なる神々の従者であろう、と思われるものだった。
「終には俺は恐ろしい境地にまで達してしまった。降りてきたぞ、我等のチーム名は……
空十字血盟! ChaosCrossClanである!
恐ろしい、俺は奇妙で恐ろしい何かを受信してしまった」
「それだ!」
「おおー」
(? おおー)
琥珀が叫び、妹君はその琥珀の叫びに声を上げ、翡翠君は良く判ってなさそうだ。
「それでこそ主様。その心を常に忘れないで」
表情こそ平素と変わらないが、実に上機嫌に琥珀が擦り寄ってくる。
琥珀は普段から何だかんだと俺の思考を馬鹿にする節があるが、こいつが一番の黒歴史なんじゃないだろうか。
まあいいか。次は皆の意匠か。
「徽章は十字架を基本として各々でアレンジ可能にするか」
各人でワイワイと徽章の詳細を決めている。
どうも最初に言った赤十字に引っかかっているようで、俺を赤十字とみなすことが決まっているらしい。まあ統一感のある徽章の方が実に良いと、個人的には思うわけだが。
妹君の意匠は、俺である所の赤十字の根元、つまり影になる部分から黒い螺旋が渦巻いて十字架にまとわりついている。そして十字架の横棒、まあ肩の部分辺りから黒い螺旋は妹君の形になり、十字架に抱きついている絵だ。
十字架に後ろから抱きつく黒い幽霊、と言い表すこともできる。
妹君は腹部から上が人型になっているが、来ている服はフリフリのついたゴスロリのような服だ。色調は薄い黒と濃い黒だから良く判らないけど、可愛いとは思う。今度リアルに着せてみたい。
琥珀は妹君に対抗したものだろうか、十字架に対して守るように前に佇む人形の絵である。
如何にも人形らしいドレスを着込み、その前には異様な大剣を地面に突き刺し、その塚に両手を添える。
十字架を守る騎士人形、といった風情か。着ている物はドレスではあるが、無表情に佇み、前方を睥睨する凛々しい様は正に騎士といえる。
翡翠君にはあまり状況が飲み込めないようだったが、赤い十字架で好きなマークを考えろ、と説明したら考え出した。
考え出した物は、赤い十字架の周囲を囲み、自分の尻尾を銜えた翡翠君だった。意外にも無難で、方向性としてもあっているような気がする。
最後の俺は赤い縦棒に絡みつき、左右に鎌首をもたげる蛇の図だ。左右に分かれた蛇の頭が十字架の横棒である。
医術の神たるところのアスクレピオスをイメージせよ、との電波を受け取ったので実現した、俺にあるまじき秀逸なデザインである。
ちなみに蛇の色は美しい青だ。矢車草の青である。赤との対比や家に居ないカラーである事が決めてだ。
徽章は各々が考えを述べた後、琥珀が意外な特技を発揮して、その絵を紙に起こしてくれた。見事な物である。
琥珀の特技もあり、盛り上がりすぎて少々遅くなったが、もう寝よう。明日は明日で、色々とある。勿論魔力訓練は続けていますとも、地味な感じなのであえて語りませんがね。
2013/03/02に修正しました。
感想欄に頂いたアイディアを参考にさせていただきました。
ご協力ありがとうございました。




