新規加入
「駄目かね、蛇君」
痛みに耐えるように唇を噛んでいる蛇君を見て、半ば確信して尋ねる。
「駄目じゃ、アリス」
蛇君はうつむいて言葉を吐く。
「アリスの事は好きじゃ、主の言葉は耳に心地良い。我の心にするりするりと入ってくる。実に楽しい」
「良い事じゃないか」
「それが実に恐ろしいのよ。我はあの遺跡で主が言った事を覚えている。主は我の心も壊すだろう、我はそれが怖い」
ああ、そういえば少しだけ白状した事があったっけ。
「そう、か。実に、残念だ」
ため息を付き瞑目する。
「梟君。残念だ、蛇君に振られたよ。此方からの条件は取り下げる」
「いやにあっさり引くな、お前みたいな病んだ男がよ」
「去る物は追わず、だよ。だから去られないように細工するんだ」
後ろにいる二人をチラッと眺めるが、なんでもない風な顔をしていた。いや、蛇君が加わらなかったことを喜んでいる顔だ。
「済まぬな、アリス」
「んくく、気にするな、と言う言い方は変だね。蛇君は拒否権を行使しただけだよ。友達として、残念に思うがね」
「アリスが来るときには歓迎しよう。主は友達だ」
「それで十分だよ、ありがとう」
蛇君と俺、お互いに頭を下げあってこの話は終了した。
「で、結局そちらからの追加条件は無いんだな」
「ああ結構だ。だが、すぐに出発することも出来んがね。今12歳だからそうだな15歳まではここに居るとするよ。さて、詳細を詰める前に一度村に帰る。急ぎでないなら構わんだろう?」
どの程度時間がたったか判らんが、一度帰っておくべきだ。
「ああ、それで良い。村の村長に使いはやっているからもう帰っている頃だ。因みにお前は丸1日は寝てた」
「又思考を呼んだなこの鳥類め。まあいいけど、という事は妹君たちは丸一日も狼の死体をいたぶってたの?」
「ここにいた」
琥珀がフルフルと首を振って抱きついてきた。俺の容態が安定するまでは付いていた、ということらしい。ここまでは良いとして、蛇君に挨拶はしておくべきだろう。
「アリス……」
蛇君は悲しそうな顔をしていた。見れば見るほど良い幼女だ。じつに惜しい。
「ごめんね蛇君、怖がらせて。出来るなら、友達は辞めないでいてくれると助かる」
「我はアリスが好きじゃ、よってそんな気になることはない、またいつでもこい」
蛇君の言葉に頷いて、此方こそよろしく、と繋げようとしたら、荷物の中から音がした。
恐る恐るあけてみると、使い魔の卵だ。卵に亀裂が入った音だったのだ。
ピシピシと音を立てて亀裂は次々増えていく。知識にあった物より圧倒的に早い。
パカッと効果音でも付きそうな勢いでついに卵が割れた。空気読めよ、今はお前じゃないだろ。
何の音もしない、割れた卵から歩き出したのは小さなトカゲだった。
小さなトカゲだ。手のひらに載せて尻尾が余るくらい。
「予想以上に弱弱しいのが出たね」
つい零してしまったのも致し方ないだろう。普通のトカゲなんだから。
「なんともしんみりとしておったのに、まあよいトカゲかの?」
唐突な展開にシリアスを忘れて蛇君が言う。この爬虫類は意外にも空気を読んだんじゃないか?
「弱そう」
「よかった、いくら兄さんでもトカゲにまで懸想しないよね」
琥珀と妹君も酷い事を言っている。
「実に酷い言い草だが、真っ向から否定することは出来ない。ま、昨日の今日で生まれて、しかもゴブリン退治とかであまり魔力もあげられなかったんだ、致し方ないところかね」
さて、とりあえず名前をつけよう。仲間になったらまず名前だ。蛇君と話しているのも、心理的に辛いし。
名前か……トカゲ君の鱗は緑色だ。とても綺麗な翡翠色をしている。蛇君に名前を挙げるなら、翡翠にしようと思ってた。一人に断られて、一人入る。それもまた良しだろうか。
新規加入者のトカゲ君。……君の名前は今日から『翡翠』だ。
「ずるい!」
よろしく、と繋げようとしたら今度は妹君から待ったがかかった。何でみんな邪魔する。
字で見ると可愛く抗議しているミスリードを与えてしまう。が、実際にはすべてを破壊せよとばかりに衝撃波でも起こす気か、という規模の大声だ。声に魔力を含めて増幅したようだが。
「奇跡的にも俺の鼓膜が無事だった記念に聞くとするが、何事かね君。鼓膜が破れたらしばらく難儀なんだよ」
「琥珀も其処のトカゲも兄さんから名前もらった。ずるい、死ぬべき」
妹君の言を最大限好意的に解説するとこうなる。と、言われても君の名前に俺は関与できる立場ではなかったし、すでにそれで使われてもいるのでどうしようもない。と説明はしたんだが道理が女性の感情を打破した戦史は一度として記録されていない。
「エリスは俺が名前をつけていないと言う意味で特別だよ。今はそれで我慢してくれ」
イー○ックとか付けてやっても良いんだが話を聞かなくなりそうなので自重だ。ゆびぱっちんで復活させられる力もないし。
「意義アリ。納得しない」
参った。納得しない、だけだと説得が出来ないね。何しろ論理でなく感情なんだから。だが相手がこうまでわかりやすい感情、まあつまり嫉妬と羨望でくるなら話は簡単だ。嫉妬と羨望なんてのはもう30年来の友人なんだから。
「そうか、じゃあまあ一考するけども。残念だね、エリスは俺のアリスと一字違いでいかにも家族、兄弟と見れて割りと気に入っていたんだが」
さあ、食いついて来い! 希少価値だ! 愚民ども!
妹君が顔を輝かせてこちらを見た、フィッシュオン!
「だったら兄さんも名前変えれば良いのよ!」
別領域からの刃! その発想はなかった。
「いや、俺は俺の名前気に入っているからね。エリスは駄目なのかい?」
「エリスって名前は別に……でも、兄さんと御揃いなら、良しとしましょうかね」
まね癖が出るって事はまあ大丈夫だろう。妹君の真似癖は余裕のある時だけの瞬間芸みたいなもんだから。
さてと。では帰るとしましょうかね。帰って暫くは強化だね。属性という概念がどの程度の強みになるのか、職業を得ることのメリット、デメリットを把握しておく、など情報が少なすぎるからね。
現在の状況を考えるともう村に居る必要は無い気もする。村での立場も微妙だし、今回のことで悪目立ちしたし。
「また面倒なことを考えている」
面倒な事とは失礼な、琥珀のカッコが某亡国の武装親衛隊そっくりだから逆らうのが怖いので不問に処すが。
「村長を村から逃がしたときに多少なりとも本性が見えた。何処にでもいる普通の仔悪党程度なモンだが、そんな仔悪党が面倒なことに巻き込まれれば唯では起きないだろうよ」
目に見えるように予想できるね。