いつものテンプレとアリスの欠点
扉を開けた2人は何も言わずに近づいてきたかと思うと抱きついてきた。半ば予想はしていたがやはり罪悪感が沸いてくる。
「ごめんね」
謝ろう。とにかく謝ろう、仮に自分が悪くなくても謝り倒す、それこそが女と付き合うコツだ。
「不埒な考え」
「滅相もない」
「良いの、兄さんが何を考えてても。生きてさえいればいいの。だから、さっきの兄さんは、許せない。又、私を置いて行こうとしてた、一人にしようとしてた。そんなことになるくらいならくないならくらいなら」
「壊れたレコードかね、君。いやーいまどきレコードなんて単語は出ないよね、俺だって実際に遣ったことはないもの」
家の妹君がやばい状態に入ったので適当に誤魔化そうとしたんだが流石に簡単には騙されてくれない。いまだブツブツ独り言を呟きと濁った瞳で此方を凝視している。まあ目の前で死に掛けるなんてのはトラウマ直撃だろうし……あれトラウマって長期になったらなんか呼び方変わったよな、なんだっけ。そもそもトラウマの認定基準が朧毛なんだよな、精神看護は嫌いではなかったが細かい呼び名とか定義がどうにも毛色が違うから混乱する。
ガフッ!
ダラダラと下らないことを考えているとそんな音がした。どうにも俺の咽から漏れた音のようだ。そして痛みがやってくる。
こいつ、又噛み付きやがった! しかも咽を、ガチで殺しにきてる!
真正面から噛み付いてくる体を抱き締める。いつものパターンだが致し方ない、一番効果的なんだから。だいたいヤンデレに対抗する手段なんてそう多い物じゃあないしな。
とにかく首で大事なのは頚動脈と気管だ。急所をひたすらにガードして熱が引くのを待つしかない。何しろヤンデレ属性は『オオイナル勘違イ』を必須スキルとして持っているからね、下手に説得したら命が危うい。今回はそれほどのことだろう。
じわじわと遅れてくる痛みと酸素不足が辛いが今の所打つ手がない。
「ゴホッゴホッ、ケフッ」
お、妹君がむせた。血が気管に入ったか、息が荒くて口呼吸したかね。
「闇精霊も、咽る、んだね」
声が旨く出ない。空気漏れがあるのかね、さっきの俺の声は気道に何らかの圧力が加わったせいだと思ったが、傷つけられたか。
「君、悪かったよ」
「そんなこと……思っても無いくせに!」
「いや、君のそんな形を見ると流石に悪いと思うよ」
「そうやって! いつもいつもいつもいつもいつも! 自分の命なのよ! 何でそんなに飄々と! 悪いと思ってるなら、もう二度としないで!」
「悪いね、其れは無理」
「……」
流石の妹君も思考停止したみたいだ。全快で切れたら相手に拒否られたってのは結構ショックだろう。
「流石に状況を考えるとねえ、君らが相手なら守らなきゃならないし、俺が生き残って君らに死なれたら最悪じゃないですか」
「それが……残される気持が判っていながらそれでも止めないと」
あまりの展開に妹君も冷静になったかね。口調が穏やかだ。俺も気道はすでに治してあるので口調は穏やかだ。
「ああ、それはね……」
「エリス」
説明は必要だろうから、と説明しようとすると琥珀が遮った。俺の方ではなく妹君の方を遮ったのが気になる。
「どうせ必要になるから蛇も聞け。我らが主の本質は、エゴイスト」
「失礼な。大分矯正されてるんだぞ」
「確かに主様は看護師と言う職業上エゴイストの本質を徹底的に矯正している。しかし矯正できないからこその本質」
琥珀は俺の記憶をある程度受けついているからね、大体の性格は見抜かれている。この程度の指摘は仕方ない。まあ俺もそれを隠してはいないしね。
「それがなに?」
妹君はイライラしているようだね。
「エゴイストな人間は最終的に自分が全て。残されるよりも残すほうが優しい。無自覚なそれであれば勇者とか自己犠牲、意識していればエゴイスト」
「なに? それじゃあ兄さんは勇者だから勇気有る行動を見逃せって言うの?」
「馬鹿なことを。死んでしまえばすべてが終わり。貴方と私はそのためだけの存在。だから……」
琥珀はそこで言葉を切り、ズビシ! と音がしそうな勢いで此方を指差した。
「人を指差すな」
「この主に絶対に守られてはいけない。戦闘中は一分一秒たりとも気を抜くな、主様に守る隙を作るな、主様を信用するな、一片の油断が死を招く」
それにしてもなんか扱いが酷い。俺の発言は当然のように無視されるし。蛇君も頷いてるし。
「……今回の件は不問とする」
なにやら蛇君を含めた3人で密談し終えると、宣言するかのように琥珀が言う。
宣言と同時に妹君が飛びついてきた。又食うつもりだろうか。しかし妹君はそのまま腕を抱き締めると動かなくなってしまった。まあ致し方ないか。
「さて、狼君バラシたんだろう? どうだったのかね?」
「あの犬は自壊した。少なくとも蟲を相手取っているとき、あの犬は死んでいたのは間違いない」
「死んだ後動いた。アンデッドか? それならその後死ぬことはないだろうが」
「死霊魔術のほう。逃走の素早さは評価できる」
「そんな職種まであるのか。驚きを禁じえないね」
「世界には職種は大量にある。お前も何か職を持てば良い」
「否梟殿。これでも世界を診て廻りたくてね、職を得て安定した生活も魅力だけど……」
「ちがうちがう。職業ってのは、あージョブったら判り易いかゲーム脳」
「理解した」
「空想魔術師で魔法陣構築師。ジョブなど必要ない」
琥珀が梟殿に反論する。梟殿は困ったような顔をしてこっちを見た。
「まあ、そう言われればそうなんだがな。ただ勘違いしているみたいだからまずそこから訂正するよ」
適当な話の脱線だと思っていたが、梟君はどうやら此方を本線に切り替えたいようだ。
「空想魔術ってのは字面や技能説明を読む限りでは万能だ、空想できることが武器ってのは何でも出来るってことだ。だが実際にはそうではない。お前さんがやってるように態々魔力放射で殺さなくても、敵の頭が吹っ飛ぶ空想で一気に行けば良い」
ふむ、考えたことはあったがなぜか実行する気にはならなかった。非現実的すぎるからだろうか。
「否、違うんだよ空想魔術師。お前の空想がリアルでもそうでなくても、こいつは相性と法則がある問題なのさ」
こいつ又思考を呼んでやがったな。まあ今回は不問に処してやる。
無礼な梟から伝えられた空想魔術の弱点とでも言うべき忠告。
まず相性、これはそのまま属性との相性だ。火・水・風・土・闇・光等々ある、細分化すれば切がない。その相性のいいものしか効率よく発動が出来ないんだそうだ。たしかに火に比べて水は物凄く難儀するし、必要な魔力が桁違いにでかい。
「まず相性だが、お前の相性はズバリ火だ」
まあ戦闘スタイルを考えると致し方ないところだ。
「サブとして闇の属性がある。これは珍しいな」
これは妹君の愛の賜物だろう、にしても闇か。どんな空想をすればいいのやら。結局話を聞く限り、火、闇は実用に耐えうるレベルではあるらしい。
次に相手との関係性。戦う相手が格上だった場合直接魔術は通らない。
相手を焼け、とかってのは無理。逆に格下ならできるのか、答えは可である。だが距離の概念が入ってくる。遠ければ遠いほど発動が難しい。手元で発動させて飛ばすならまだしも、遠くで発動させるのは魔力とセンスがいるそうだ。
結論としては空想魔術師は便利であるが万能ではなく、強くもあるが最強でなく、死に難いが死ぬ。まあ当たり前のことだとは思う。それを補う意味でのジョブなのだろう。
「本題だがね。梟君は俺にそれを教えて何をして欲しいの?」
「話が早いな。端的に言って調査を依頼したい。主の部下が裏切り、その死体が操られ、群れないモンスターが群れ、なぜか格上のモンスターが潜んでいた。何かが起きている。と思う」
なるほど、偶然にしても重なりすぎてはいる。
梟君の言いたい事は何となくは判った。その調査依頼とやら、別に期限が設けられる類でもないし諸国漫遊と目的も被りそうだから受けてもいいんだが……。結局のところ報酬しだいだろうね。
「報酬は?」
「まあそうだろうな、報酬しだいだろうさ。だが大した物じゃない、お前が悩んでた様な武器をやろう」
武器か、悩んでたと言うよりも何を使っても使いこなせ無そうだな、と諦めていたんだが。まあ、報酬としてくれる心算なら良い物なのだろう。
武器は良いとして、もう1つ欲しいものがある。
「武器のことは後で考えるとして、此方から一つ条件を追加したい」
「なんだ」
「蛇君をくれ」
「なっ! あ、あり……」
蛇君が俺の名を呼ぼうとして固まってしまった。後ろに控える二人にはこう言う展開が読めていたんだろう。特に何を言うでもなかった。
「何のために爬虫類を?」
「この世界で始めての友人だ、一緒に旅をしてみたいじゃないかね」
梟君は思案顔で一瞬停止すると直ぐに復活した。
「ああ、もともと調査には同行させるつもりだったんだ。構わん」
「いや、そうじゃなくてね」
流石に言いよどむ。梟君の言い草からどうにも蛇君の所有権が梟君にあるように思う。それはあまり愉快ではない。同行させる、にしたって要はレンタルだ。本来的には所有権なぞ無い筈だが、奴隷制度まであるような世界だからね、あっても不思議ではない。
まあその是非についてはどうでも良い。金で解決出来ることは多いし、奴隷もその一つなのだとすれば納得はする。別に奴隷は倫理的にどう、と言えるほど立派な人間でもない。問題なのは所有権が有るのであればそれが欲しいと言う事だ。
さっき琥珀が言ったように俺の本質がエゴイストであることは間違いないけれど、その他は嫉妬と独占欲であるんだろう。
「蛇君の所有権を頂きたい」
俺の言葉に、梟君はそう驚いていないようだった。蛇君は視界の端で口をパクパクしていたけど。
「なるほど。作られた生物の所有権は作った奴にあるからな」
そんな裏設定はしらなんだよ。まあ納得しているようならいいだろう。
「蛇君は良い幼女だ。所有権が他にあるなんて耐えられないね」
「おい、今漢字おかしかったぞ。身請けしようとしている字じゃなかった気がする」
「蛇君は良い幼女だ」
「何でルビかえた!? とことん身請けする字面じゃねえぞ!」
「良い幼女だ」
「何で二回言った!」
「大事なことなので」
梟君と馬鹿な話を続ける。否、蛇君は実に良い幼女なのだよ。因みに俺の中の定義だが、5歳までが童女、9歳くらいまでが幼女、16歳までが少女、30歳までが女性、以降その他。となっている。
「以降の扱いが酷い上に結構はええよ!」
「又思考読みやがったな。変態野郎め」
「お前にだけは言われたくないんだけど……」
力尽きたように梟君は呟いた。
蛇足になるが妹君と琥珀は少女だ。琥珀の容姿は変わらないし、妹君も俺の趣味嗜好を熟知しているので外見を変える気はないそうだ。
妹君は闇精霊と自覚し、俺と和解してから(俺が転生してから)各種異能を備え始めた。魔術や身体強化もそうだがそのうちの一つが不老不死だ。闇精霊に限らず精霊は基本的にはそうなのだそうだ。手順をふめば殺せないことは無いそうだが、通常の手段では殺せない。まあ、俺としては安心できる材料だ。
「さて、蛇君がどれだけの美幼女であるか力説すると一昼夜かかるが、梟君は大分お疲れのようだ。結論を聞きたい」
「お前、色々とカッコつけてるようだけど本質がロリじゃどうしようもないからな」
「馬鹿なことを、ペドだ。この世界の法には詳しくないが、少なくとも妹や人形・蛇と濃厚な関係を築くな、と規制する物はなかった」
「通常は考えもしないからな」
「断っておくが俺は別にロリオンリーではない。下は8歳から上は35までいける」
「心底どうでも良い」
梟君はついにガックリと項垂れてしまった。力尽きた、といえるかもしれないね。
「結論を聞こう」
「……やる」
してやったり!
「まて!」
呆然としていた蛇君が大声を上げた。痛みに耐えるような顔をしていた。




