先鋒
「はい、森の主の眷属様よりの情報です。まず間違いないかと。我ら三人はこの村の防衛を仰せつかりましたが、恐らくは守りきることは出来ません、故にお逃げください。小鬼共は眷属様が倒すでしょう、そしたら又村を立て直すことが出来ます」
村長に状況を説明する。案の定いきり立っているようだ。
「馬鹿な、村を捨てろというのか」
「命を捨てるよりはましでしょう」
まあそうでない場合も多々有るんだろうが。
「われわれに科せられた役割は囮です。囮である以上ここに敵が来ます、およそ300程度。村人が死んでは再建もままなりません」
「くっ! 致し方ない、お前等できる限り村を守れ、いいな!」
村長はそういうと足早に出て行った。ドアを荒々しく閉めて。
「人間追い詰められると本性が出るというが、なるほどねえ」
今迄は結構人格者っぽく振舞ってたのにね。ま、商人と上前をはねている様だったので、実に小物の気配がにじみ出てはいたが。
「兄さんの本性は、良いカッコしいの女好きです」
「馬鹿な、俺は追い詰められてないですし」
「兄さん、全身ガクガクでよくそんな事言えるね」
「これは、武者震いだ。俺の感情がいきり立って居るのだ」
「武者武者しすぎ」
何それ、なんか食べてるみたいに言わないでくれるかね。
「馬鹿、お前ら怖くないんかい。俺は怖い、絶対死ぬなよ、一人にしたら泣くからな、割と深刻な感じで」
「兄さん?」
「……私たちの心配?」
「違う、俺の心配だ。いまさら一人にするとか、止めろよな。寂しがり屋舐めんなよ、俺は寂しいと死んじゃうんだからな」
「気持悪い。でもそうなんだ、自分が死ぬのが怖いのかと思った」
別に死ぬのは怖くない。無残な状態で生き残るほうが辛い、それ以上に俺が死んだ後の2人が心配すぎる。嘘です、死ぬのも怖いです。
覚悟があるのと恐怖は又別なんですよ。
それから1時間程度で村人は村を出て行った。
現在はそれからさらに1時間たっている、多少距離は稼げただろう。
「索敵範囲に入った、来るよ」
ムシャムシャしているとゴブリンと思われる反応が網に掛かった。現在の網は半径1K程度だ、通常の行軍速度を考え、魔物ということを加味すると……たとえ森の中の足場の悪い行軍でも10分も掛からないと予想される。
「規模は?」
「現在感知しているのは約50程度、先鋒の一個小隊かね」
「ゴブリンに行軍知識が? 驚き」
「ふむ、足の速い遅いで偶々そうなっただけかもね」
琥珀は戦闘用に作られているだけあってこの手の会話が出来る。
俺たちは陣形も何も無い、最初から三人しかいないからね。
しかし、相手は違ったみたいだ。
「ギャアギャギャギャ(弓兵配置、盾兵は前面へ、魔術兵は後方で充填)」
ロングソード風の剣を持ったゴブリンがそう叫んだ。俺の言語翻訳は魔物にも対応しているらしい、熊さんは無理だったから、恐らくは意味のある言語として発している場合のみなんだろう。
指揮官ゴブリン(仮)の指示どうりに木製の大盾を構えた列と弓を構えた列が整然と並んだ。解せないのは森の中で散会した事だ。どう見ても突撃兵ではないんだが。
「ギャギャアアギャア(第一射放て)」
「来るぞ!」
約40の弓兵から一斉に矢が放たれた。此方も魔力による障壁を展開、壁に阻まれた矢は音もなく落ちた。熊さんの体当たりのような高質量・高エネルギーの物はとめられないがね、弓矢のような軽い物ならとめられる。少なくとも今まで割れたり砕けたりはしていない、俺の頼れる障壁だ。
「おかしいね、随分と装備がいいし、錬度が高い。指揮に対する反応も横隊形成の速度も大したもんだ」
小隊だから身軽なのは判るが、明らかに訓練した動きだ。もしくはこの程度は普通なのかね? 軍隊の錬度なんて知識は持ってないしねえ。
「おかしい。指揮を執るゴブリンなんて聞いたことない。装備も統一されてる……略奪品じゃない?」
琥珀がブツブツと言っている。どうもアレは俺の知識にあるような、普通のゴブリンではないようだね。
「妹君、君正直に申告してどの程度の戦力になる? 琥珀も」
「……ゴブリン程度なら問題ない。1対1なら主様が戦った熊程度は大丈夫。ただし通常であれば、あれらはそうは思えない。でもまだあれなら何とかなる」
「私は良く判らないね、戦ったことないもの。でも魔力の総量が少ない感覚はある、使える力と使って良い力に齟齬があるというか……旨く説明できないけども。あ、でも目の前のゴブリンくらいなら特に脅威は感じない。弓に当っても大丈夫だと思う」
なら大丈夫かね。あいつらどう見ても此方を突破しようとしていない、遅滞防御の様に見える。何故そんな事をするのか、遅滞防御であるなら後ろには防御するべき本体がいるはず。ならこの作戦は見破られたという事か。
散発的に飛来する矢を落としながら俺はさらに考える。
作戦は元々お粗末な物だ、戦力も情報もない状態だったから致し方ないが、それにしても解せないね。蛇君と会ったのは偶然でそれ以降周囲に敵性勢力はいなかった。俺の網を超えて斥候を出してきた可能性もあるが、其れは不自然に過ぎる。
結論、裏切り者もしくは情報の漏洩者がいる、という事かね。
ヤスデ君だろうね。彼がゴブリンの襲撃を伝えたときにも蛇君たちは何も言わなかった、元々情報収集用のキャラなのかもしれない。となると、数も規模も種族さえもガセネタである可能性がある。
「蛇君がピンチだね。二人とも聞け、我々はこれより敵小隊の防御陣を突破し蛇君の救援に向かう。これまでの情報はすべて誤りである可能性を考慮、油断禁物。いいな」
こういういかにも指揮官っている喋り方を、一度してみたかった。
「致し方ない」
「正直爬虫類をほっといて兄さんと逃げたいけど、そんなことしたら兄さんに逃げられるからね。致し方なし」
嫌だ。死ぬのは怖いし、死なれるのも御免だ。ああクソ、なんて生き難い性格だ。平和な世界だったらまた別なんだろうが、よりによって剣と魔法のファンタジーで……クソ。
「では行こうかね。『機銃掃射』」
俺の魔法陣構築と空想魔術の最大の利点は、魔法陣の空間投影だと思う。流石に座標指定が出来ないので視界内だけど、逆を言えば視界内であれば敵陣のど真ん中でも発動できるって事だ。
敵性勢力は現在主に二列横隊でありその後方に魔術師が数人いる。網に掛かる魔術反応からそれと知れるが、大した魔力はないようだ。前列の盾と後列の弓で出来るだけ戦力をそぎ、魔術師の援護で後退、要所でこれを繰り返す。
してみると裏切りの容疑者は村人たちの戦力提供まで考えていたのかね。
此方の戦力を削る、もしくは俺が戦力を温存する計算で。
まあいい、戦闘開始だ。
二列横隊の側面に魔法陣を展開、『機銃掃射』が射線上のゴブリン共を葬っていく。この術式はあえて精密性を捨てて、玉を拡散させる仕組みだ。
突然の魔法陣、そこから放たれる弾丸に小隊は混乱に陥った。当った者は少なくとも行動不能程度のダメージはあるようだ。指揮官を真っ先に狙える位置に配置した甲斐があった、通常なら指揮官を補佐する下士官の存在が気になるところだが、流石にゴブリンの群れにそこまでは求められなかったようだ。
指揮官の死亡は確認済み、そして横隊は崩れ壊乱中と、よし。此方の装備と能力なら問題はないはず。
「いくぞ、生き残っているゴブリンを殲滅し後方へ抜ける。索敵は俺が続けるが網を掻い潜るリスクもある。各自警戒しつつ進む、では、前進!」
全くなっていない作戦と指揮だが、そこは個人の力量でカバーしてくれるだろう。事実彼女らはすでに俺の前方で森の中に切り込んでいる。
琥珀はともかく、妹君は戦闘訓練などしてはいないが、種族としての特性が実にスムーズに刀を振るっている。琥珀も重量に任せて叩き潰すように剣を振っている。
まあ、そうは言っても生き残りは盾兵が僅かと後方の魔術師だ。狙撃は俺でも一応出来る、この距離であれば外す懸念も無いだろう。
魔術師を打ち抜き取りあえず状況終了だろう。
「殲滅を確認」
「皆殺し。さて、兄さん行きましょう」
妹君は全く動じないね。此方を殺そうとする相手を殺すことは当然だ、よろしかろう。
「よし、君たち速いから俺の速度で前進する」
「了解、微速前進」
微速とか言われた。
現在のところ索敵範囲に敵はいない。少なくとも1k以上は走るのか。帰りたい。




