なんとも酷いお話
川辺に着いた。秘密基地と呼べるほどの何かがあるわけでもなかったが、1人になれるのは有難かった。部屋で考えても良かったが、俺の起きた部屋は両親と一緒の寝室らしいから都合が悪い。
さて現状把握、脳内検索をかける。
姓名:アリス・キャロルリード。
キャロルリードが姓だ、キャロルさんち的な呼ばれ方をされているようだ、不思議の国か。俺はアリス坊みたいな感じ。性別は男でアリスと言うのは違和感があるが、まあ世界が違えばそんな物かもしれない。現に俺の記憶では特に違和感はないらしい。
性格:特に問題のない少年らしい。ただこの検索結果は自分の記憶なんだろうから、実際のところわからない。村の中で苛められてる、なんてことは無い様だからまあ良いだろう。
年齢:誕生日を定める風習はないらしい、数え年で10歳程度だ。小学生か、体鍛えるには十分な時間があるだろう。
話し方やらその他:これは正直判らない。自分の話し方を意識して記憶している奴なんて早々いないだろう。ただまあ小学生程度の年齢なら、話し方を変えても変には思われないかもな。
教育機関があるとは思ってなかったが、その予想は当たっていた。どうも村で生まれた人間は村で死ぬのが一般的らしい。もちろん町にいって一旗、なんて考えもあるんだろうが、どうにも閉鎖的な雰囲気がある。
宗教は記憶にないな。教会等が立っていないところを見ると、大々的な一神教は布教されてないらしい。そういえば狂気の女神様はこの世界の神様なんだろう。狂気を司るという言い方をしていたから、多神教の考えがあるのかもしれない。
宗教は厄介だ。早めに現状を把握しておいたほうが良いだろう。狂信者なんてこの世で最も狂っている奴のことだ。
俺の現状だが、特に仕事はないらしい。お昼近くまで子供を寝かせておく、つまりは余裕があるのだろう。年齢的にまだ早いが、もう少しすれば父親の仕事を手伝うことになるようだ。ちなみに父親の仕事は狩人らしい。
川辺までの道すがら畑らしき物を見たが、あまり豊かではなさそうだ。山間の寒村、学問が体系化されてないので当然農業学やら植物学やら、そういった物もない。結果として作物は少ししか取れない、そうなると動物性蛋白質は重要になる。何が言いたいかといえば、狩人は儲かる。我が家に余裕があるのもそのせいだろう、全体的に余裕は少ないのだ。
狩人が儲かるってのはいい情報でしかもついてる。父親に習って狩りを覚えれば効率よく稼げる。
いや、この感覚は生前のものそのままだ。家族仲が悪く、極少数の親しい友人を除けばほとんど身寄りがない状態だったので、何よりも金に信頼を置いていた。金は生きていく上で重要な要素だ。貨幣経済が発達してないこの世界でもある程度通じる考えだ。
この年齢では流石に家の貯蓄状況はわからないが、父親は酒好きらしい。覚えている限りでもかなりの酒量なので貯蓄はなさそうだ。
狩猟を手伝うようになったら早速見返りとして金をもらおう。ただ父親に対して恐怖感があるので、まあ頑固で鬱陶しい父親なんだろう。生前の感覚に引きずられて親というのを信用できない。
さて問題なのは家族構成だ。
まず両親。父親への感情はすでに述べた、母親に対しても特に思い入れはないようだ。優しくないという事ではなく父親の味方のようだ。この二人はまあ良い。
問題なのは妹だ。俺には双子の妹が居るらしい。男女の双子なので当然似てはいないが、記憶の中の妹は艶やかな長い黒髪の無表情な女の子だった。
この妹に対する感情が、嫌悪と恐怖、そして僅かな罪悪感。どうやら妹は両親から苛められているらしい。理由は記憶にない。そしてこのアリス坊やめそれを見殺しにしているらしい。自分に両親の感情が向くのを恐れて。
自分じゃなければ殺してやりたい男だ。当然自分であるので殺せないが、さっきまであったアリス坊やの自我を乗っ取ってしまった、という罪悪感は霧散した。妹を盾にするなんて、死んで当然だ。
唐突に切れて大変失礼しました。でも、妹だぞ妹。妹萌えの属性を持っていたこの俺が妹を見殺しにしているとは何たる不覚。許すマジ。
いや流石にこのイライラは妹萌えだけではないぞ。道理が通らないことは嫌いな性質なんだ元々が。正直者が馬鹿をみるのは許せなかったが、弱い物が虐げられるのも許せん。
あ、当然この感情は偽善なので自分の手の届く範囲外のことは知らない。要するに自分の気分が悪くなるから、自分の見ている前でやってくれるなってことだ。正義感は欠片も無い、自分に害が無ければどうでも良い。
さて、話を戻そう。妹の虐待だが暴力的なものは少ないな。食事や衣類を十分に与えない、愛情を与えない、家事をやらせる、無視する。所謂ネグレクトだろう。
原因が判らない以上はそれを止める事は難しい。そもそも原因なんて理解できない事や無い事の方が多い。だから生前でも児童相談所なんてものがあったんだから。
この世界にそんな気の効いた物があるとも思えないからな、とりあえずは出来る事からやるしかない。
出来る事。妹を庇う事は勿論だが、出来るだけ早く独立する。そのための資金調達、生活能力の向上、衣食住の確保といったところか。
妹を庇うことに問題はない。感情的には父親に恐怖感はあるが、これでも生前と現世あわせて39歳の大きなお友達だ。看護師も10年以上やってるから理不尽に怒鳴られる殴られるなんてのも慣れている。くわえて俺のスキルだ。脳内フォルダ生前の項目にある医療知識。
医療知識:人体の解剖生理・治癒過程を理解することで回復魔法の効果が上昇。
このスキルと空想魔術で、殴られる程度の傷なら修復できるだろう。
そして妹を護る上で最も重要なことが、妹は可愛い。黒髪で赤い瞳で白い肌で小さな体躯、ああ好みだ。こんな子を護って懐かれちゃった日にはもうお兄ちゃん無敵だね。
まあ上記の理由で庇うのはわけ無いが、兵糧攻めされると弱いな。なにしろ養ってもらっている身だからねえ。となると作戦としては表立って庇わないで裏で目一杯甘やかす二面作戦で行こう。
正義感全開で突っ込んでいって玉砕なんて阿呆のすることだからな。妹を完全に護るなら裏で暗躍すべきだ。暗躍というか、腹芸が苦手な俺の胃壁が持つか心配だが。
俺の胃壁のためにも早々と独立すべきだ。先ほど延べた問題を解決する方法、それはやはり金だろう。金、つまり資産だ。共通通貨でもいいし、貴金属、あるいは食料品、何でもいいが他者を優越できる資産。それをチラつかせて適当に後見人を立て独立して、妹と二人暮らし。夢そのものの暮らし。
実現のためにはどうすべきか。父親について狩りを習うのが手っ取り早いだろうが、そのためには魔法か……。振り出しに戻ったな、とりあえずやってみるか。
魔法を使う上で本来ならその方法を知らないといけないが、空想魔術では魔力をそのままイメージ通りに変換できる。知識の上で一番一般的な攻撃魔法、ファイアボールをイメージして打って見る。
掌から弱弱しく小さな火が出て、目標にした岩に届く前に風に吹き消された。マッチの火より小さいと思われる。
ハイ、困ってしまいましたねえ。何がいけないのかさっぱり判らない。理論の判らない数学の問題のようだ、さてどうするか。
考え得るのはイメージの貧弱さ、魔力の乏しさ、その両方。まあ直接考えられるのはこの程度か。イメージに関しては早々酷くないと思うが、何しろ想像上の魔法の空想、現実的に考えられてないのかもしれない。
イメージは一朝一夕で強化出来ることではないし、後に回すとして。魔力の乏しさ。これは重要な気がするね。
脳内検索で魔力の総量を上げる方法を探す、世界の知識として埋もれていたが見つけた。この能力便利すぎ。
魔力は使用すればするほど上がる、筋肉と同じく酷使すればするほど上昇し、酷使しないとあがらない。実に判りやすい。筋肉との違いは肉体に由来する物ではないので上限はほとんど存在しない事と、休養を挟まなくても上がる点らしい。
これは……誰でも努力すれば大魔道師ジャン。知識ではそこまでの人間は知らないが、何で皆やらないんだろう。
脳内の検索で今の魔力を把握。まあこれはMPで良いだろう。MP5/5。うん、10歳児だしね。
平均がどうなのかわからないが5って、いや5って結構来る物があるな。そして減ってないって事はさっきの魔法は発動失敗というところだろう、やはりイメージか。
だがイメージの前に魔力を上げねば。簡単な魔法でも1以下では使えまい。1以下で使えるなら5の表記はしないだろう。どんな簡単な魔法でも5回までが上限ではどうしようもない。
ここで問題発生。発動しないと魔力を使えないなら、今の段階では魔力使えないんじゃなかろうか、とまあこう言う困った問題に直面しました。
イメージの問題だとして、何もないところに無理やり炎とか出そうとしたから生前の常識に引っかかったんだろうか。
ためしにその辺の木の枝を持って熱を送るイメージで魔法を使う。木から湯気が立ってきた、木の中の水分が熱されてるんだ。魔力を確認、4/5。よし問題解決。
木を二の腕にくっつけてみたらほんのり暖かい。実に弱弱しい感じだ。知識によると魔力には量の他に質の概念もありこれも訓練しだいらしい。
火の魔力の質というなら温度、金属を蒸発させるくらいの熱を発してやる。
というわけでどんどん魔力を送る、5しかないんだからあっという間だ。そして魔力が枯渇するまでについに木は燃えなかった。初日ならこんなもんだな。
その後が大変だった。魔力枯渇の症状だ。頭痛・めまい・吐き気・嘔吐・倦怠感・四肢の重さ、頭重感等。脳にダメージでもあるのか、症状はまんま脳出血だ。特に頭痛が酷い、なるほどハンマーで殴られる痛みと教科書に載っていたが、実感しました。今まで騒いでて鬱陶しいと思ってた患者さん、すいませんでした。これは騒ぎます。
回復するのに1時間。成程ねえ、これでは魔力上昇を目論まなくても納得します。筋トレもつらいからやらなかったモンね。軽い感じで話してはいるがね、実際はもう死にたいくらいの疲労感ですよ。
が、やらなきゃ本当に死ぬだろうからな。こんな村に骨うずめる覚悟したら退屈で死ぬし、村でたらなんかで死ぬだろう。
とりあえず魔力チェック。1/5、1時間で1回復。これはそのまま1回復なのか2割回復なのか判らないな。これは総量を上げて確認するとして、どの段階で魔力は上がるのだろうか。とりあえず全回復まで様子を見るしかないね。
色々考えたり、魔法使ったり、苦悶したりしていたら日が翳ってきた。服装と体感温度、日没の状況から今は初秋だと判断する。この世界にも四季があり時刻は24時間であるらしい。地球の何倍も巨大な惑星であろうココが、地球と同じく24時間で自転しているのは、とんでもない早さだろう。確か木星は時点が速くて物凄い風が吹き荒れているらしいが大丈夫なんだろうか。まあ魔法がある位だ、何らかの不思議パワーで誤魔化しているんだろうか。現状で害がないのならどうでも良いか。
記憶の中で夏祭りの記憶があるから初秋と言うのはそう外れてはいないだろう。周囲の植生を見ると紅葉している木々が目立つ。常緑樹もあるようだが、この森は落葉樹の比率が高いようだ。進化は地球と同じなのだろうか、流石にそこまで専門的なことは検索をかけても出てこなかった。
帰ろうと立ち上がる。一応脳出血とか嫌だから色々とテストしてみたが、全部問題なかった。口の中に鉄の味がするので吐き出す、食いしばって口腔内をきったらしい。
これから日が短くなると何処で訓練するかが問題だな。今が春ならしばらくは良かったのだが。記憶によれば狩りの手伝いに参加するまでは後3年程度。農村の手伝いにしては遅いように感じるが、狩りという仕事を考えれば妥当なのか。それまでに魔法は身に付けなければならないねえ。
ふらふらと歩く。体力も大分消耗している、これは体力もついて一石二鳥かもね。
帰り道でみるともなしに周囲を見ていると、家畜なのだろうか、大きな体躯の四足獣がいた。馬よりも牛に近いが肉牛か乳牛か、記憶にないところを見るとあまりこう言うことに興味ない人間だったようだ。
まあ俺も生前家畜に興味はなかったからそれは良いんだが、この少年色々と興味が薄い面がある。そのせいで知識に幅がないんだ、何しろ文字も読めないようだから。農村の10歳児では致し方ないか。
生前ビブリオマニアで好奇心を満たす為に生きていた俺からは信じられないね。言語翻訳のスキルがあってよかった。文字を1から覚えなおすところだったよ。
秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものだ。日の沈むのが早い。家につくころには薄暗がりがあちらこちらに出来て、もうまもなく夜になろうとしているところだった。色々なところで言われていることだが、明かりがないと夜は暗いんだな、と実感する。
さて、妹になんて言おうか。ある日突然兄の態度が変われば流石に怪しむだろうし。それに被虐待児の特徴として他者を信頼しない、があったはず。錆付いた小児看護・児童心理学の講義だが、それは確かなはずだ。そして無表情というのが気になる。それはつまり、笑顔の仮面をかぶっても無駄だということを学んだ後の表情、結構な時間がたっている筈だ。
正直にすべてを話して受け入れてもらえるだろうか。
致し方ない。あまり使いたくない手ではあるが、我侭をとおして妹と一緒の部屋にしてもらおう。両親と俺は一緒の部屋で妹は一人で別だ。まったくチキンなアリス坊め。
「ああ、妹と一緒の部屋がイイだ?」
作戦開始。いい具合に酔った馬鹿親父に切り出す。母親は典型的共依存のようなので父親を説得すれば勝ちだ。
「なんでだよ。あんなのと一緒にいると呪われるぞ」
お前が呪われろ。苦しんで死ね、もげろ。色々と腐って落ちろ、劇症型の連鎖球菌に感染しろ。
「まあ、色々とあってね。駄目かな」
幼児の演技が出来ないが、ここまで酔ってれば判るまい。ばれても別に困ることはない。
「手前、何たくらんでやガンだ、ああ!」
糞面倒臭い男だ。
「いつまでもお父さん・お母さんと一緒に寝るのはちっちゃい子だって友達が言うんだ」
「だめだ、だめだ! あんなのと一緒にいたら……」
「エリスさあ……」
エリスは妹の名前だ。
「最近可愛くなったよねえ、体付きとか」
そんなわけない。10歳児だ。いくらロリコンの俺と言えどもギリギリ低めだ、内角のギリギリだ、審判と監督が喧嘩するコースだ。ちなみにノータッチが心情なので手を出す気なんてない。そこは俺の理性を信じる。ちなみに何かをなすならば、HDDと本棚を処分してから、がロリコンの鉄則だと俺は思う。
だがこの馬鹿にはこのくらい下卑た理由の方が判りやすいだろう。俺は口元を歪めて笑い、父親を見る。この笑いは生前からの癖だがあまり見られたものではない。
つまり、妹を襲いたいから一緒の部屋にしろっていっているんだ。考えうる最悪の方法だ、でもまあ目的のために手段を選べるほど、選択肢は多くないからね。そこまで潔癖でもないし。
「けっ、兄妹で何考えてやがる。でもまあ勝手にしな」
馬鹿め。様は自分が納得できる理由だったということだろうが、魔法を覚えて独り立ちした暁には死なない程度に熱傷を作ってやる。せいぜい苦しむように。
その後は荷物を妹の部屋に移して布団を持ってくる。狭い部屋だ。ベッドはひとつ。床で寝るか。
これからの時期は冷えるからなあ。なんか湯たんぽ的なものでも考えるか。
引越しの後で防寒対策について考えていると妹が来た。皿洗いだのなんだの家事をやらされていたんだろう、大分遅い時間だ。
「兄さんも私を抱くの?」
無表情で聞かれた瞬間脳が沸騰するかと思った。視界から色がなくなって、自分の心臓の音が聞こえる。怒りでアドレナリンが出ているらしい。そう考えられたのは落ち着いてからだった。
兄さんもってことは、あの糞野朗すでに性的虐待まで加えてやがった! 10歳児だぞ。
無意識に親指をかみ締めていたが肉を噛み千切ってしまったらしい、血が滴っていた。この自傷行為も癖だ。自分の容量を超える事態には痛みで正気を保とうとする。
もっとも正気に戻ったのは妹が服を脱ごうとしているのに気がついたからだったが。
「まて、まってくれ」
座り込んだまま下を向いて妹をとどめる。俺の意識が覚醒したのは今日なので罪悪感を感じる必要はないが、それでもやはりこうなる前に止めなかったことを呪う。
ゆっくりと深呼吸を繰り返す。妹をベッドに座らせてから、水差しの冷水を飲みなんとか気を落ち着ける。それでもまだ、頭がチリチリと焼けているようだ。
もともと他人のための怒りを持続させられるほど出来た人間ではない。ただ、自分的にあの男は気に入らない。
落ち着いた後で妹と話を始める。
「俺は君を抱いたりしない。さっきあの男に言ったことは嘘だ」
妹は不思議そうな表情をしていた気がする。
「どうして?」
そんな嘘をついたか、ということだろう。
「君を護りたい。あの気持ち悪い男から」
「どうして?」
何故護るのか、何故今頃になって、どちらだろうな。
「今まで気づかなくてすいませんでした」
頭を下げる。相手が理解できるなら土下座する勢いだ。
「気づくのが遅れたのは謝る、気づいたからには君を護りたい」
妹が笑った。笑みの形だが感情は無いだろう。そんな笑顔だった。
「嘘、兄さんは前から知ってたじゃない。前から知ってたでしょ」
いや、本当に性的虐待は知らなかった。記憶にはなかったから。
「本当に知らなかったんだ。だがそれは関係ない。本当にすまなかった」
「別に言いの、兄さんは遠い世界のひとだもの」
「君の信頼を回復するのが難しいのは判る。そして明日からも俺は表立っては護れない」
「難しい話は良く判らない」
「判らなくて良い。難しいことは全部俺がやる」
そうだ、そうだとも。ロリコンの禁忌を破るような屑には鉄槌を下さねばならない。この黒髪で真紅の瞳の可愛い妹、主に俺の偽善的な保護欲を満足させるために、絶対に護る。
さて、性的虐待までされているとなると作戦変更が必要だ。もう常に妹にくっついて廻るしか今のところ方法がない。一刻も早く独立しないと俺の身も危ないな。
魔力の見てみる。6/6。おお1増えてる。あの地獄のような苦しみで1だけって気もするが、増えればいい。一刻も早く増やして、魔力に質上げて、イメージ底上げして、一刻も早く自立しよう。
「兄さんのことは良く判らない。勝手にやるといいよ」
「ああ、そうさせて貰うよ」
妹の言質も取ったし、自立のために魔力訓練だ。さっきの木の枝持ってきといて良かった。燃えろー萌えろー、と魔力をこめる。妹は不思議そうに見ていた。
当然直ぐに魔力枯渇。きつい時間が来た。
体を丸めてひたすら時間が過ぎるのを待つ。
「兄さん?」
妹は不思議そうだ、やはり感情はかなり擦り切れているようだ。
今回も頭痛が酷い。声を出して親が着たらややっこしい事になるのでひたすら耐える。また口の中を切ったらしく、食いしばった歯の間から血が流れた。
その後意識は暗転。この意識消失が症状のひとつなのか激痛に耐えかねてなのかは、いまいち良く判らなかった。
SIDE:エリス=キャロルリード
私は皆と違う。何故違うのかは判らない。お父さんとお母さん、兄さんは私を嫌ってる。
兄さんが私の部屋に来た。きっと嫌なことをするんだ。
兄さんは違うと言う。
判らない。
兄さんは何をしているのだろう。
SIDEOUT
翌朝。というか深夜目が覚めた。仕事を思い出してハッとして、何もかも思い出した。
体は冷え切っていたが毛布がかかっていた。おそらく妹だろう。ベッドに向けて頭を下げる。ありがたやありがたや。
魔力は回復しているようだからもう一回。ただ流石に気絶してしまっては妹護れないし、どうしたものかねえ。まあ、悩んでても仕方ない。
魔力放出、枯渇、地獄の時間。3回目か。
今回は眩暈が酷い、吐き気よりましだし痛みでは無いから気絶はしないだろう。回転性の眩暈かあ、目を開いてると余計に酷くなるから目を瞑るが、それでもきつい。
収まった頃には空が白んでいた。特に仕事のない今の年齢のうちに魔力を底上げする。とりあえず妹にひたすらくっついて魔力回復したら使う。これでいこう。魔術の練習にしても魔力が少なすぎて数こなせないからな。今は魔力だ。
気配を感じて振り返ると妹が起き出していた。
「なにするの?」
「水汲みと食事のしたく」
完全に使用人扱いだな。とりあえず妹に付いてって仕事を覚えよう。
「兄さん?」
「鬱陶しいと思うけどごめんね。無視してくれ」
「そう」
妹は興味ないようだ。とりあえず仕事を見学させてもらって、教えてくれるかは微妙だからそんなに難しくないといいなあ。
結果からいうと仕事は単純だった。そりゃそうか10歳児だもん。井戸で水汲んでパンのような物を焼く、畑から野菜を取ってくる、等かね。パン生地は昼間に捏ねたり、貯蔵してあったりするらしい。
無理やり水汲みを奪って朝食を頼んだ。さすがに竈とか使えないしね。
妹は怪訝そうだったがそこまで強い拒否はなかった。とはいえ家族にばれると妹が被害を受けるからな、慎重に行動する。
朝食後は食器洗い、掃除、洗濯、蒔き割り、水汲み等々良くやってるよ妹君。その合間合間に俺は魔力を上げる訓練。
ついに来た吐き気特化型の地獄。まさに地獄、妹の部屋でよかった。こんなにのたうつ姿を見られたら鬱陶しいことになるからな。
「兄さん、何をそんなに苦しんでいるの?」
地獄が去った後その余韻で動けない俺に妹が聞いてきた。外の事にまだ興味が持てるのはいい事だ。取り返しの付かないことまではいってないらしい。
「最近魔力の訓練を始めてねえ。魔力が枯渇するとああなるんだよ」
「どうしてわざわざ苦しいことをするの」
「えっと、趣味?」
「……………………そう」
珍しく頬をひくつかせて長い沈黙の後にそう言われた。妹君ドン引きだよ。まあ致し方ない。
詳しく話すことはないだろう。どこから誰に漏れるか判らないし。被虐待児は援助者よりも親を選ぶことが多いからねえ。まあ援助者を名乗れるほどではないけどな。