帰宅
色々あって疲れた。もうしばらく狩り休みたい、三日は寝て居たい。
どうやらブツブツとそんな事を呟いていた様だ。自覚は無かったが。少し前を歩く妹君と蛇君には聞かれていないようだが、直ぐ後ろを歩いていた琥珀には聞かれていたようだ。
「最近は食物が不作。あまり狩りを休むことはできない」
「琥珀が何で最近の食糧事情を知ってんの?」
「起動するまで、私は主様の頭の中にいた」
「左様か」
琥珀の言うとおり、最近の食糧事情は宜しくない。俺が肉を狩って来るので餓死者は出ていないが、結構ひもじい感じだ。村長にも今まで納税した分の財貨があるだろうから、近くの町まで言って食料を搬入するべきだ、と進言したが、のらりくらりとかわされて結局実現していない。
狩りなんて物は安定供給の対極だ。しかも村長自身得体が知れないと思っているであろう俺が行っている。正直、生命に直結する食糧供給を他人任せにするのは信じられない。
まあ前世の俺からしたらこんな考えは持ったことも無いんだけどね。この世界に来て日は浅いが、結構馴染んだ気がするよ。
「そろそろ村を出る頃合かねえ」
「まだ早い。12歳での旅路は目立つ、特に私は人形兵、とても目立つ」
「琥珀は実に精巧に出来ているが、人形と一目で判るのかねえ。体温まであるってのに」
「見る人が見れば一目瞭然。ギルドには目の肥えたものが多い」
琥珀はさも当然という風に話しているが、此方としては良く判らない。こうして見る限り、琥珀は完璧な美少女だ。
「さて、まずは確認したい大前提なんだがね。俺はこの世界における知識量が非常に少ない」
そもそも神様からもらった現世知識には人形と人の見分け方無かったはずだ。
「そもそもなんで琥珀が知っているのかね」
「情報収集していたと言った。世界の情報も含まれる」
1000年間アップデートを繰り返した情報端末か、あるくwikiとして活用できるね。
「ふむ、取りあえず家に帰ってから全部説明してくれ」
「うん」
疲れた。しかしまあ収穫はあったし、どんなことであれ知識が増えるのは望ましいことだ。さっさと帰ろう。
「早速説明してもらえるかね」
あの後は特に何事も無く帰宅した。途中で蛇君は森に帰っていった。
「何事かあればこちらから尋ねよう、森で見かけたら声もかける。そちらも気軽に声をかけてくれ」
と、そういって蛇君は少女から爬虫類の姿で木立の間に消えていった。可憐な美少女がニョロニョロと蛇になっていく姿は脳に来る物があった。それに蛇を見かけても、それが蛇君かどうかは俺には判らない。
「エリスの知識は?」
「私は兄さんより物を知らないね。兄さんの事は知っているけども、それ以外にはあまり興味ない」
後半の台詞要らなくない?
琥珀は頷いた後話し出す。
「まずはギルド登録、旅をしながら金を稼ぐなら一番効率的」
テーブルを挟んで俺たち兄弟の前に座った琥珀は長々とした説明を始めた。俺が漠然と考えていた世界を診て廻る、ということがどういうことなのか、と言う話にまで及んだ。
まず切っ掛けとなったギルド登録だが、登録すると情報登録の腕輪が支給されるらしい。
国民・農夫・商人など何でもいいが、特定の身分を持たない者にとっては腕輪による身分証明は必須らしい。
腕輪によって判る情報は意外にも少ない。名前、性別、年齢、種族、獲得称号、この程度だ。因みに称号は隠す事も出来るらしい、まあ身分証明に重要な情報を載せておくのは不味いかね。
そして何より重要なことは討伐数や依頼達成報告など、様々な事を処理してくれる機能があることだ。これを持っていれば、本当に討伐したのか、依頼を達成したのか、などの雑事に煩わされることも無い。
討伐、なんて言葉が出てくれば予想できるがやはりこの世界にも冒険者は居る。ギルドでもって依頼を受けて達成すると報酬を得る。ゲームの常識だ、ゲーオタでもあった俺からすれば常識以前の問題だ。しかし現実にそんなことがあると、流石に戸惑う。
冒険者ギルドは広大すぎるこの世界を独自のネットワークで繋いでいるらしい。所属する冒険者も多種多様で人間以外も多いし、冒険者と言っても戦闘を生業としないものも多い。
冒険者には当然のようにランクがあり1~13階梯、数字が高い物ほど高ランクで10階梯まで到達するのは極々少数だとか。長命種であるエルフだのはその年限に比例して強くなるので、高ランクの物が比較的多いそうだが。
(アルファベットではないのか、ランクは。それにしても階梯とか13とか、ファンタジーと思春期は相性が良い)
ランクアップはギルド側から打診される場合、困難なクエストを達成した報酬、複数回の依頼をこなす(一律には決まっていないが目安としては階梯×10)などがある。
次に迷宮である。
迷宮、もうこれほどRPGという用語も無いであろうが、方向音痴な俺にとっては下手をすれば二度と出て来れない可能性すらある恐怖の場所である。
悪魔と神が作ったとされるそれらは大変深く、又モンスターも強力だ。その分強力な武装やアイテムが散在しているらしい。入るたびに形を変える不思議のダンジョン仕様でアイテムも枯渇することが無いことから、生きている迷宮とされる。これら迷宮はあまりに深いので最奥に何が居るのか、伝説としての昔語り以上には残っていないようだ。
世界を診て廻る、と言っても目的が必要だ。どこかで言ったかもしれないが、俺は退屈で死ぬ自信がある。迷宮調査なんてのもロマンあふれる響きだね。
「さて、大まかな説明は理解したが取りあえず暫くはここに居なくてはならないのかねえ?」
金はだいぶ溜め込んだし、ぼちぼち退屈に侵食され始めている。
「君たちはどう思う?」
「兄さんが居ればどうでもいい」
「主様についてく」
大体予想どうりの結果が返ってきたね。
「どうするにしても一度町にいこうかね、ギルド登録とやらもしておきたいし」
「いつにする?」
「別に何か予定があるわけでもないし、明日は狩をするから明後日かね」
「わかった」
「そうだ琥珀、俺らは旅支度なんて判らんのだが、君は知っているかね」
「知識としては。実際に旅をしてみて改善が必要。どちらにしてもこの村で整えるのは無理」
「ふむ、どの程度金かかるかね」
「大金貨2枚以上の資産がある、十分以上」
ああ、記憶の共有か。そうだね、そのくらいあれば十分だね。
「了解、ではその予定で行こう。さて、飯にしようかね。ところで琥珀って飯はどうすんの」
「魔道人形は食事をしてそれを分解することで魔力に変換する。ただ主様の魔力を定期的に補充しなければならない」
「どうしたらいいの?」
「それは、その……」
琥珀がはじめて言いよどんだ。嫌な予感しかしない。
「口、口移しか……主様に抱かれるか」
思考が停止しそうだ。琥珀の恥じらい顔ってのもそそるが、流石に吃驚した。妹君ですでにアレだが、琥珀だって美少女なんだよ。前世だったら犯罪だよ。
「私も魔力貰わないと消滅します」
妹君が真顔で言った。お前は何を言っているんだ。
「いやいや、君今までそんなことしたこと無いでしょ」
「琥珀だけにして私にしないとか、そんな事になったら琥珀を殺して兄さんは監禁するよ」
ああ、そういう意味か。そうなると必然的にハーレム形成なんですけども、実に、実にまずいね、実に。主に俺の理性的な問題でね。
「キス位なら、まあ」
大分おかしなことになってるね。俺の理性も崩壊寸前だよ。
「じゃキスして」
琥珀がつぶらな瞳でこちらを見ながら、舌を唇の端からチラッと出す。やめて、そんな挑発しないで。
「これは人形兵を維持する上での必要経費。舌を絡めるように濃厚に……」
「あんた、正妻を差し置いて先にする気? いい度胸だわね、私の最大限の譲歩で側室にしてやるっていってんだから、身分をわきまえなさいな」
「認識の齟齬。私が正妻で貴方は側室」
「何処の世界に人形を正妻にする男が居るのよ!」
「貴方は妹」
「あんたは兄さんを何もわかってないわね。兄さんはそんなことに関係なく私なら愛してくれるわ」
「人形と言うことも厭わず愛してもらえる」
「やっぱり殺すわ」
「返り討ち」
なんか勝手に争いになった。色々と不穏な単語が飛び交っていたようだが、もう諦めよう。ああ、なんか蛇君に会いたい。
こう言う誰かに好かれるって経験は前世では殆どしたことが無い。経験事態はそこそこある、そこに愛情があったかどうかは相手しか知らないことだが。つまりこう言う状況に慣れていない。好かれているのは嬉しいことだが、戸惑ってしまう。ああ、全くなんてチキンなことよ。
「で、結論は出たの?」
喧嘩している間、拾ってきた卵に魔力を送り込みつつ待っていた。蛇君の話ではやればやるだけ強くいい物が生まれる、らしい。
「取りあえず、正妻云々は後回しで……」
「この世界での出来事を考慮して、初めは琥珀から」
「私はもうシテ貰ってるからね、広い心で譲ってあげる、キスだけね」
部屋ボロボロだよ。もう少し心を広くしても問題ないと思うね。
琥珀のほうは必要経費みたいなもんだしね、役得と思うことにしよう。でもこれからは人形兵を手に入れる機会があったとしても、女性型に限定しよう。
「では、よろひく……」
「君、ガチガチになってるじゃあないかね。無理にしなくても良いんだが……」
しかし、琥珀の表情が真剣そのものだったため諦める。まあいいや。人間の屑の俺が躊躇う事はないか。
頤を持ち上げて、といけばカッコも付くんだろうが背が殆ど変わらないからね。
軽いキスだ。唇を合わせるだけ、合わせて、離して。1秒も接触していなかったんだが。
琥珀はストン、と腰砕けのように崩れ落ちた。
「琥珀。君……」
大丈夫かね、っと続けようとしたが。
「きゅうううううううううう、最高!」
不条理な叫び声とともに飛びつかれた。頭でも撫でようとしていた物なので顎に下から頭突きを食らった。脳が強力に揺さぶられた。
「アリス、アリス、アリス。やっぱりアリスは良い子、一生私のもの」
揺さぶられた脳のせいで逃げられない。ちなみに今の状況はマウントで抱き疲れている。
「アリス、もう一回」
蠱惑的な瞳でこっちを見たと思ったら、俺の唇を狙ってきた。まあ、減る物でもないし良いか、と思う。本音を言えばもっと濃厚に行きたいが、それは時間を掛けてだな。
「チェンジ」
妹君が頭をつかんで琥珀を持ち上げていた。
「離して、離してエリス。もう一回、もう一回だけだから」
琥珀も抵抗しつつジタバタしている。流石に戦闘用アンドロイドに力では適わないだろうが、今は呆けているから抵抗が意味を成していない。
ふむ、琥珀って生体機械なんだろうか、中身どうなってんのかな。抱いて、とかいってたから生殖機能はあるんだろうが、いずれ調べてみるかね。
「兄さん」
しまった、また人間としての屑さ加減を露呈していた。
今度は妹君にマウント取られた。
「いただきます」
やめて、生々しいから。
「んあっ」
艶かしい声を出す妹君とキスをする。経験地の差か、ライトな琥珀に比べ妹君は濃厚に過ぎる。
「……はあっ」
時折息継ぎをする呼吸すら扇情的だ。舌の感触は人間と変わらない。流石に理性が危ないか。
「わっ」
理性限界。妹君の肩をつかんで半回転、様は押し倒したような感じ。意外にも「わっ」ていう声がかわいい。
ああ異世界の美少女を押し倒している、しかも合法で。合法で。合法で! かなり大事なので3斉唱、実際の世界で行うと罪に問われて無間地獄に落ちるので絶対にまねしないように。どうしてもと言う方は、合法の国でお金を払って行いましょう。流石俺、屑。
「はっ。うう」
キスマークつける感じで首筋を吸う。首筋を舐める。
ああ反応が良いねえ。服を脱がさないと。
「兄さん」
「エリスは可愛いね」
陶然とした顔で俺を見上げる妹君。いただきます。
「アリス」
だよね。うん。途中で判っていたさ。ほんとすいません。
「不愉快不快不満不平等不条理」
「はい、まったくもって」
声をかけられた瞬間には土下座ですよ。返答が良く判らない物になっているね。なんというか、炎に水を掛けられた気分ですよ。一瞬で鎮火しました。
「琥珀」
俺が光の速さで土下座したため、重みが消えてキョトンとしていた妹君が復活した。
「邪魔するな、闇に溶けていろ」
怖っ! 声が半端じゃなく低い。あ、キスマーク付いてる。どういう素体だろうか。
「エリス、次は私の番のはず」
「兄さんに求められた、拒否する理由は無い」
「闇に帰れ」
「そっちこそ、鉄屑にしてやる」
止めないとまずいよね。そうだよね、では失礼して。
「わ!」
止まった。やっぱ大きな声には本能的に反応するよね。
「あの、食事にします」
宣言した。一応権威者だと信じたい立場なので効果はあるはず。
「……了解」
「……判ったよ、兄さん」
2人はやればできる子だ。俺のあまりの情けない空気を読んで従ってくれた。そのうち強者を拘束する魔法を考えよう。
「時に琥珀は魔力足りたのか?」
「魔力? ……え、ああ、実はもう少し」
「琥珀、ちょっとそこに座りなさい、正座で」
素直に正座する琥珀。
「つかぬ事をお尋ねしますが、魔力って要らないの?」
「……いることはいる」
「正直におっしゃい」
なぜかおねえ口調で突き詰める俺。
「手を繋いで送り込んでもらえば、事足りる」
「了解、では今後そのように……」
「異議あり!」
妹君から横槍が、何故。
「もういいでしょ、1回したんだから。1回も1万回も変わらないよ」
結局良く判らん2人の攻勢を受けてなし崩し的に継続になった。もういい、細かいことはどうでもいい。まあきっと俺のほうから耐えられなくなっただろうし。そうそう、妹君と琥珀は俺のチキンな性格を知っていたので一瞬で同盟を組み継続を押し通したんだそうな。実に頼れる連携だよ。
その夜もどっちが俺と一緒に寝るか、ともめていた。結局ベッドをくっつけて両サイドに寝ることになったんだが、つまり中心の俺はベッドの谷間なんだよね。寝づらい、大変に寝づらい。
当然のように左右から絡み付かれているので寝返りも出来やしない。それにしても妹君、ライバルと言うか協力者と言うか、琥珀が来てから一気にはっちゃけたね。実にいい傾向だよ。