壊れた心・壊した人
「のう主よ。実際の所どう思うておるんじゃ?」
「何に対して? 質問は端的に願うよ」
2人が暗がりに消えて、すぐに蛇君に問われた。といってその意図は良く判らないが。
「主の妹に対してよ。今の関係が健全である、と考えてはいないだろう?」
「そうかね? 俺の肉体と妹君の肉体に血縁関係は無い、加えて別種だ、子供が出来るわけでもないし特に問題ないと思うがね」
「本気でそう思っておるのか」
「冗談だとも。君が言いたいことは妹君が俺に依存しすぎである、と言うことなのだろう?」
蛇君が頷く。
「主の妹は主が居なければ生きられない、それは異常だと、我は思うんだが」
「当然、異常なんだろうね。ただまあ、妹君だけが異常な訳ではないんだよ」
「ほう」
蛇君の目が薄明かりの中で細まった気がした。
「どちらかと言えば、狂っているのは俺なんだ。妹君がこうなったのも俺がそう望んだからかもしれないよ」
蛇君はもう何も言わなかった。
「あの可愛らしく、愛おしい妹を俺に縛り付けたかったんだよ、きっとね」
「自分の事なのに判らんのか?」
「判らないねえ、あの時は最善と思ったが、やはり付け焼刃ではどうにも。結果を見るになんとも無残な物だね、妹君を壊してしまったよ」
蛇君が震えた、何か怖い物を見たような目だ。自分の後ろを見てみるが何もいない。
「我が、我が主を恐ろしいと思うのはそこよ」
「おそろしい?」
蛇君はブルリと身をすくませた。
「妹を壊したと言ったな」
「現状を見るに、そう言ってしかるべきだろう」
「なのに、何で主は笑っておる。気づいてないのか、自分が笑っていることに」
「ああ、そんなことか。知ってるよ、自分の表情くらい。笑ってるのは嬉しくて楽しいからだ。妹なら俺を一人にはしないだろう? 勘違いしないで欲しいがね蛇君、本当に意図して壊したんじゃないんだよ」
「……そんな事は良いんじゃ。意図しようとしなかろうと、その結果を喜ぶ主が恐ろしいんじゃ」
「そうだねえ、俺も随分と前に壊れてから、あまりよろしくない類の人間だからねえ」
「全く……恐ろしいことよ」
蛇君がそう呟いた時に暗幕が消えた。どちらか1人しか戻ってこないかと思ったが、良かった2人とも無傷だ。
「兄さん」
「主様」
2人そろってこっちを見ている。実に、実に俺の好みな展開では有る。まったくもって何一つ不満など無い。が、現実にこうなってみると胃に穴が開きそうだ。喉元まで胃液が上がってきて、喉がヒリヒリする。最高の気分だ。これがヤンデレのリアリティか。なんとも素晴らしい。
「あい」
喋ると吐きそう。
「兄さんがどうであれ私達は付いていくからね」
「どうか、末永く」
よく判らん。暗幕の中で何事があったかは知らんが、まあ殺し合いにならないだけ良いかね。
ああ、本当に胃に悪い。胃壁に穴が開いても修復は簡単だろうが、あれは痛いんだよねえ。ハーレムとか一瞬でも期待した俺が馬鹿だったなあ。こんなんが続いたら死ねるね。アア、なんて素晴らしいんだろう。
「良く判らんが、まあいいや。仲良くなったんだから、この周辺探索しよう?」
「うん」
「わかった」
「琥珀はここの人なんだろ? 何か金目の物か役立ちそうな物は無い?」
「ある」
適当に期待しないで聞いたんだが、意外にも肯定された。
「あるの?」
「使い魔の卵」
またファンタジーな言葉だねえ。
「それが何かは大体のイメージで判るが、そんな物があるこの遺跡は、そもそも何なんだろう」
俺の質問に琥珀がフルフルと首を振る。
「私は情報収集のためにこの遺跡にいたけど、目的やその他重要事項の入力前に遺跡の人間たちが去った、その後私は約1000年、収集される情報を記憶してすごした」
「ふーむ、破棄されたって事か。1000年もエネルギーが良く持ったもんだよ」
琥珀の話ではエネルギーはほとんど使用せず、情報と一緒に魔力すら取り込んでの自給自足だったらしい。流石にそろそろ限界ではあったようだが。
「あそこに有る卵以外に、目ぼしい物は無い」
「あれか」
琥珀は自分がいた円筒のケースの後ろ、丸い保育器のような物の中に入っている卵を指差した。さっきは琥珀の影で見えなかった。まあ、琥珀に目が釘付けだったんだが。
「1000年前の卵か、生きているのか?」
「ふむ」
黙って話を聞いてきた蛇君が卵を覗き込むように前に出てきた。流石に人外、もう持ち直してはいるようだ。
「これは卵ではないのかも知れんぞ」
ひとしきり卵を観察した蛇君が言った。先を促す。
「卵というよりも魔法で作られた生物や魔獣の核に見える、だとすれば生命はまだ宿っていない、1000年だろうと問題はないはずじゃ」
「なるほどねー」
こいつは生物になるためのパーツ、部品ということだ。故障の可能性はあるが、元々生きていない物が死ぬことは無いだろう。
「核、と言ったが、どうしたらこっから魔獣にできるの?」
「魔力を送り込めばよい。魔力が栄養で、そのうち生まれる」
「やっぱり卵じゃないか。ま、暇つぶしの心算で着たんだ。琥珀を手に入れたことで十二分に満足する結果だ。この卵が駄目でも落ち込むまい。と言うわけで、これ持って帰ろう」