寝る前
短くてすいません
「お疲れ様です。悪いね、君らに稼がせて」
「勿体無きお言葉」
「気にするな、どうせ暇じゃしな」
その夜、ギルドの依頼を終えて帰宅した輝夜とノワールに礼を言う。彼らに稼いでもらってその間俺は調べ物だ。どちらが楽ではないがどうしても引け目を感じる。
因みに3人で調べないのは、輝夜が人の使う文字をよく読めないからだ。輝夜はもともと人ではないので致し方ない。ノワールと2人で調べてもいいのだが、輝夜1人で留守番も、輝夜1人で依頼をこなすのも心配だ。
その為ルリさんを雇ったわけである。
「今日はどんな依頼を?」
なんか話題の無い父親のような問いだな。
ただ気になるのは事実。
俺は殆どギルドの依頼をこなしていない。ごく個人的な依頼を受けて6階梯まで上がっただけだ。ギルド内の階梯は13階梯まであるらしいが、ボリュームゾーンは5階梯までで6階梯からはぐっと少ないらしい。
ただ輝夜とノワールは1階梯からのスタートだ。そう難しい事はしていないだろう。
「うむ、ひたすらゴブリンを狩っておった」
「討伐依頼、とか言う奴?」
「うむ、それじゃ。ノワールがそれがいいと言うのでな」
ノワールは元ギルド職員だった。そのノワールが言うなら間違いないのだろう。
「我々は1階梯ですからな、簡単な依頼しか受けられません。街中のお使いや雑用などは私の見た目からして難しく、討伐依頼ならば問題もありませんゆえ」
「この辺りにはどんな魔物が?」
話の流れで聞いて見る。どんな魔物を倒すとどれくらい儲かるのかちょっと知りたかった。
この辺り、と聞いているが、俺はこの辺りもどの辺りも魔物に心当たりなど無い。
「そうですな、基本的に都市の周辺と言う環境には余り強力な魔物は降りません。まずそういったものが少ない場所に都市が築かれ、都市があれば魔物の駆除が進み更に少なくなる、と言うわけです」
「なるほど。じゃあこの近辺には魔物は少ないのか」
「はい、何処にでもいるゴブリンや人間を餌にする事の多いオーガなどがいるでしょうが数は少ない。ギルドの依頼として出るのは肉や素材が有用だったり、積極的に人間を襲う害獣だったりが多いですな。都市の周辺は少ないと言っても多少道から外れればそれなりの数は降りますゆえ」
「それでも最近は都市の周辺にも増えているらしいの。そのおかげで大した労力も無くそれなりに稼いでおるから文句は無いが」
「その周辺にも増えている原因は?」
「さて我らのような下の冒険者には沿う情報は降りてこないが、増えているのはゴブリンだからな、ゴブリンの集落でも近くに出来たか、それともゴブリンキングでも現れたか」
どちらにせよ稼がせてもらうよ、と輝夜は言う。
「まあまあ、無理はしないでね養われている身で良い辛いが無理はしないでね。やばいと思ったらこえかけてね、俺もそれなりにやるからさ」
その会話があったのは夕食時だ。今はもう夜、先程行った話、自分の力量について整理してみようと思う。
それなりにやると入ったが、俺はいまいち自分の力量を客観視できていない。魔力ごり押しの結構危ういパターンが多かった。この辺で使える能力を整理しておくのもいいだろう。
まず魔力だ。これは俺の生命線であり、欠かす事のできない要素だ。そのため俺は毎晩毎晩魔力切れを起こして向上に努めている。聞くところによると、それをやると普通は死んでしまうため他人にはまねの出来ない大きなアドバンテージだ。結果として俺の魔力は一般人の500倍程度はあるはずだ。
魔力の使い方は空想魔術師の力でかなり自由だが、好んで使うのは魔力を銃に見立てた『機銃掃射』だ。一撃の威力が欲しいときは榴弾をイメージして撃つことも出来る。
それと魔技とよばれる、魔力をそのまま使用した物理攻撃だ。魔力量が大きいため相当威力が大きく攻守に優れた能力だ。
近接は魔技、遠距離は魔術が基本だ。
それと索敵として『網』と呼んでいるパッシブレーダーの様な能力もある。これは奇襲を防いだり、敵の気配というか動きを察知するなど、非常に重宝している。
こうして考えてみると中々にバランスがいいが、攻撃手段が魔術と魔力なので俺1人だと神様とやらは相手に出来ない。相手は魔力由来の攻撃を無効にするらしいし。
対応策は一応考えてあるが心許ない。かといって俺には剣だの槍だの使っての近接戦は無理だし。
一応考えが無いでもない。重量打撃武器、金属の硬くて大きい棒でもいいが、それを魔技で持って振り回すのだ。
ただ硬くて大きな棒なんて特注で高いだろうから、とりあえずは市販のハンマーなどになるだろう。別にハンマーでもいいんだが、魔技で適当に振り回すのでヘッドを敵に当てるなんて出来ない、それにいずれは複数本の武器の同時使用を考えているので、さらに緻密に操作が出来なくなる。極端な話大きな岩でも構わない。
ただ岩は意外と脆い物もあるのでできれば金属のほうが良い。
「そのためには金か」
図書館の精査は正直どのくらい掛かるか判らない。偶には俺も依頼を受けて金を稼いでもいいだろう。
そんな事を考えているうちにうとうとと眠気がやってくる。俺は不眠症で寝るのがかなりつらい。
普段はエリスに眠らせてもらうのだが、今はいないし。
エリスといえば何時まで我慢できるだろうか、すくなくとも当初の予定であった二ヶ月は持たないと思う。自惚れでは無いと思うが、そのうちこちらにやってくるだろう。居場所はわかっているのだから手紙でも出してけん制する必要もあるか。ニズヘグ氏あてに出せば届けてくれるだろう。
琥珀はエリスと違って場所がわからん。
俺とは別ルートで遺跡なり何なり探しているのだ。琥珀はエリスよりまだ理性的だとは思うが、どうだろうか。
まあ琥珀がきたらきたで図書館の調査を手伝ってもらえばいいか。
色々と思考がグルグルしていると……。
ほと、ほと、ほと。
と静かに戸を叩く音がする。ここは安宿だ。壁も戸も薄い、それがこんなに小さな音でなっている。
「どうぞ?」
とりあえず答える。なにが来てもいいように魔技で魔力の厚い壁を作っておく。
「うむ、すまんな……遅くに」
恐る恐る入ってきたのは輝夜だ。そういえば最初にあったときも、弱弱しく扉を叩いていたな。
「どうしたの?」
「う、む、その……エリスが……」
輝夜は言いづらそうに最愛の妹の名前を口にする。まさか、間に合わなかったか?
「エリスが、来ちゃった?」
「い、いや、違う。エリスが、な……ア、アリスが夜眠れない、自分が一緒に寝ないと、眠れない、と……嬉しそうに……嬉しそうにするから」
輝夜は下を向き途切れ途切れに話している。長い黒髪がバサッとたれて表情は伺えなかった。
「エリスが、羨ましくて……」
「それで一緒に寝に来てくれたのかね?」
それは実にありがたい。誰かと一緒にいると酷く安心する。1人でいるよりもずっと眠れる事が多い。
「あの、エリスみたいには出来ない……よ?」
「うん、知ってる。大丈夫だよ、一緒にいてもらえるだけでありがたい」
「……あいかわず、庇護欲をそそる弱々しい目じゃの。緊張してた我が馬鹿みたいじゃ」
輝夜は俺の良く知った態度になって、俺の良く知るように不敵に微笑んだ。
よく知る、と言ってもここ最近は見なかった気がする。俺に助けられたのを気に病んでいるのか、何か遠慮している風だったが。
だからその顔は輝夜と言うより……。
「……蛇君」
と、そう呼びたくなる。
「なんじゃ、アリスにそう呼ばれるのは久しぶりな気がするのう。かぐや、と呼ばれるのも好きじゃが、そう呼ばれるのも悪くない」
蛇君はニコニコしながら俺のベッドへ入ってくる。ひんやりとした蛇君の体が俺の体に抱きついてきた。
「君、冷たいな」
何だがすごくドキドキしてしまい、そんな事を口にする。
「くふ、こう見えて爬虫類じゃしの」
なにが面白いのか、蛇君は失笑した。
「暖めるのは得意だ。よくエリスにも……」
子供のエリスを良く暖めたなあ、と思い出しながらなにげなく言った。
「……痛い。悪かった、輝夜」
俺も言った瞬間しまった、と思ったが蛇君のほうが早かった。彼女本来の物であろう牙が喉元に当てられている。
「……君等、良く俺のこと噛むよね」
「こうするとアリスは喜ぶ、とエリスに聞いての」
蛇君は笑いながら牙をどけてくれた。エリスめ、それだと俺がマゾみたいだろうが。
「アリスは痛いのが好きなのか?」
「まさか。何というか、嫉妬されて結果害されるのが好き、と言うか。まあ嫉妬されるほど愛されている、と思いたのかも。別に好きじゃなくても嫉妬はするだろうけど」
「あいも変わらず、まあ変わるわけないのか。自分に自信の無い男じゃ。ま、よい。その方が」
またなにが嬉しいのか、蛇君は笑うと、さあ、もう寝ろ。といって薄い胸に俺の頭を抱いた。
ひんやりとした体温と蛇君が撫でてくれる頭の感覚が心地よく、俺は気がつくと眠りに落ちていた。