第二章 第三話 襲撃
夢斗とイブはとある雑居ビルの裏口の前に立っていた。
「待ってて」
夢斗はそう言って裏口のドアを開ける。
ドアに鍵は掛かっておらず、難なく開いた。
「ここだよ。さあ、入って」
夢斗はそう言ってイブをいざなう。
イブが入ったことを確認すると、夢斗はドアを静かに閉めた。
夢斗がイブをいざなった先、そこは、夢斗のバイト先の中華料理店の厨房だった。厨房はそれなりに片づいていて、調味料の匂いが立ちこめている。
「ここは俺のバイトしてた所さ。しばらくはここにいれば大丈夫」
夢斗はそう言って、大型冷蔵庫の隣の小さなドアをノックする。
「店長……、はいります」
夢斗は静かにドアを開けた。すると、強烈な酒臭さが夢斗を襲う。夢斗は一瞬たじろぎ、鼻を押さえて室内を覗いた。すると、店長と思しき中年の男が、日本酒の空き瓶を抱えて眠っていた。
(店長め、経営が悪くなってヤケ酒かよ)
夢斗は心に中で悪態をつき、イブの方を見た。
「とりあえず、警察がいなくなるまでここで時間を潰そう」
イブは夢斗の言葉に黙ってうなずいた。
二人が店に入ってから数時間、二人の間に会話は無かった。
夢斗は客席のテレビを付け、情報収集に努めた。
『発見された死体は体長三メートルくらいの人型で、非常に鋭利な刃物で切られたものと思われます』
ニュースキャスターは淡々とニュース原稿を読み上げる。
『死体は人間とかけ離れた形状から、新種の猿ではないかと思われていますが、未だ確信を得ません。それでは次のニュースです。今年のインター杯決勝は……』
キャスターが『謎の死体発見』のニュースを読み終えると、夢斗はテレビを消してイブの方を向いた。
「多分、というか絶対に、俺等が関わってるよな?」
イブは夢斗の後ろの席に座っていた。
「ええ、そうよ。でも正確には、関わってたのはワタシだけよ。アナタは巻き込まれただけ」
イブの口調はあくまで冷静だった。事件の当事者だというのに、まるで他国の災害のニュースを見ているような風だった。
「う……。そう言われるとそうなんだけど……」
夢斗は口籠もる。そのおり、イブが夢斗に訊いた。
「それよりも警察はどうなったの?」
「ああ、そうだ。どうなったんだろう」
夢斗はそう言うと、非常階段を登るために一旦席を外す。搬入口のドアが開き、階段を登る音が店内に響く。
イブは夢斗がいないうちにギターケースから得物の刀を取り出した。
刀を抜き、刀身を片目で見定める。刀は所々血が貼り付いており、輝きが鈍っていた。
「手入れをしないとだめね……」
イブはそう言って刀を鞘に納める。そのおり、夢斗が帰ってきた。
「ダメだ、警察がまだ見張ってる」
夢斗は両手をクロスさせて言った。
繁華街のビルの屋上。そこには、昨日イブが屠ったものと同じ外観の生き物。
「しゃげぇぇぇっぇ……」
生き物は口を開き、その中のまばらな牙を露わにした。ぼたりぼたりとよだれが落ちる。
「グルルルルルルル……」
昨日の生き物の周りには、イブが最初に屠った獣が数頭。鋭い牙を剥きだし、奇怪な唸り声を上げる。
赤い月に照らされ、鋭利な爪牙が鈍く輝く。
そのおり、向かいのビルの非常階段に夢斗が現れる。
生き物たちは一斉に夢斗を見る。
夢斗は生き物に気付くことなく、路上の警察官と見物人の有無を確認し、すぐに階段を下っていった。
生き物たちは意を決したかのように、一斉にビルに向かって跳躍した。
「来る……」
夢斗が腕をクロスさせたとき、イブは何かの気配を察した。
「え、何が……」
夢斗は気配を感じることが出来ず、イブの言葉に戸惑う。
「アナタは隠れていて。危険よ」
イブはそう言って、今し方鞘に納めた血刀を抜いた。イブは目を瞑り、先進を統一させる。
夢斗は訳が解らず、呆然と立ち尽くしていた。
「伏せてっ!」
イブがそう言うのと、ドアが吹き飛ぶのとはほとんど同時だった。