第七章 第十話 分かりやすい結果
少し長くなりました。しかし、全体とのバランスを考えると是非もない結果なので、どうかご了承下さい。感想などありましたらよろしくお願いします。
「人間界を……、侵略する……!?」
あまりに突然な現実を前に、夢斗は驚きを隠せず後ずさる。この中で唯一の人間である彼ならば、それは当然の反応だろう。
「やはりでしたか。是非もありません」
魔導師は、握っていた手を亡骸となった者の胸に返した。
「やはりって、どういう事なの?」
イブは魔導師を問い詰める。
魔導師は取り乱す気配も見せず、ゆっくりと立ち上がり一同を瞥見した。
「ご説明します。しかし、その前にまず……」
魔導師はそう言って、一度奥の自室に引っ込む。しばらくして、彼は手に大きな麻の袋を持って現れた。
その後、夢斗を除く三名で亡骸の処理を終えると、魔導師と対面する形で一同が座る。全員の準備が出来たと踏むと、彼は重々しい口調で真意を語り始めた。
「彼は私がソドル内部に送り込んだスパイでした」
そう言って、任務の果てに殉じた者を一瞥する。今は麻袋に納まっており、人型の膨らみと化して横たわっている。
「彼は私の部下で、ソドルがアリンスに侵攻する前から、特にソドルの軍事について内通させておりました」
イブをはじめ全員が、魔導師の言葉に静かに耳を傾けていた。元より耳鳴りの起こりそうなほど静かな洞窟が、一層の静寂に支配される。
「彼のお陰で、ソドルの内部情報について多くの事を知る事が出来ました。姫様を追討するために魔獣が人間界に送られた事。ソドル軍のアルバ最高司令が人間界に行き、数日後重症で神殿に運ばれた事。彼を追って、ガロ大司祭も人間界に赴いた事など……。姫様が人間界に行かれた後のソドルの情勢は、彼の働きで全て把握できました」
「それで、それと人間界が襲われるのと、何の関係があるの?」
声の主は夢斗だった。これまでの魔導師の説明と、人間界への侵攻の関連性がはっきりと解っていないからの発言であろう。
イブも夢斗と同じ疑問を持っていた。しかし、彼は人間であるが故に関心が強く、その分いち早く情報が欲しかったのだろう。それには至極納得した。
「はい。以前、人間界と魔界には大きな隔たりがありました。しかし、最近になって魔界と人間界間での次元転換が頻繁になり、魔界に住まう我々にとって人間界はぐっと身近な世界になったのです」
イブと夢斗には、それについて思い当たる節がいくつもあった。二人同時に互いを見合わせ、目線で合図を送る。確かに自分が人間界に行ってからというもの、魔界からの使者たる追討の魔獣達や、アルバやガロといったソドルの中枢の直々の来訪と、ひっきりなしに人間界へ魔界からの接触があった。
「それと何の関係が?」
再び夢斗。まくしたてるような刺々しい問い方からは、明らかな苛立ちが見て取れる。
無理も無い事だ、と彼女は心の中で強く感じた。もし、自分が自国に他国の軍が攻め込むという情報を知れば、すぐさま軍事を担当する者を問い詰めていただろう。
「兼ねてより、我々魔導師達やアリンス軍の幹部達には、『いずれソドルは人間界をも侵略するのでは』との懸念がありました。しかし、彼等の人間界侵略を待たずして、此度の侵略戦争が勃発したのです」
「アリンスへの侵攻ですね」
と、今度はオズワルド。敬愛する父と、尊敬する兄を殺された彼にとってすれば、今回の侵略戦争には並々ならぬ感心があるのだろう。それは、家族はおろか国そのものを失ったイブにとっても同じだった。
「はい。彼等はこの戦争でアリンスを屈服させ、領土を更に広げました。他の小国ではソドルに敵わない事から見て、魔界はほぼソドルの手に落ちたでしょう。そんな彼等が次に何をするか。それが貴方に分かりますか?」
魔導師は声色を変えたりせず、あくまで冷静な口調を保ったまま、オズワルドに訊いた。
彼の答えを待たず、更に続ける。
「力を手にした者が何を望むか。更なる力です。おりしも、人間界の位置付けが、『容易に侵攻できる新世界』という認識に変わった、という事も重なってしまいました。これらの事から考察できる結論は――」
一同は、一見荒唐無稽にさえ聞こえる侵攻計画を、理路整然たる説明で裏付けていく魔導師の言葉に息を飲む。説得力があり筋が通ってる説明には文句の付けようがなく、彼の口から語られる言葉は事実であると、その場の誰もが信じ切った。
そんな周囲の反応を知ってか知らずか、彼は更に畳み掛ける。
「ソドルの人間界侵攻計画。これは生まれるべくして生まれたのです」
抑揚のなく冷淡な言葉を前にし、全員が釘付けになる。
「生まれるべくして……。そんな……」
しばらく沈黙が流れた後、夢斗が我慢出来なくなったのかぼそぼそとしゃべり出した。ソドルの新たな侵略目的が人間界だと知り、ショックを隠せないのがよく分かる。うつ向いて小さく漏らした後は、誰にも聞き取れない位小さな声で呟き続ける。
「……。ただ、ひとつ重要な事は、人間界侵略にはまだ時間がある、ということです」
夢斗を勇気付けるかのような魔導師の言葉。それに励まされたのか、夢斗は顔を上げその表情にわずかな活気が宿る。
「それって、どれくらい?」
イブが訊いた。この猶予次第で、転生が出来るか否かが変わってくるのだ。
突如として現れたとんでもない侵略計画に驚かされ忘れていたが、彼女の本来の目的はこれである。
しばらくおもんみる仕草を見せてから、魔導師が言った。
「これは私のおおまかな予測ですが、早くても二週間以上、長ければ三ヶ月はかかるでしょう。アリンスを攻め寄せた時の兵の疲労や損害の回復に時間が要りますし、何より人間界まで兵を飛ばせる魔導師の育成に一番時間がかかります。兵糧や物資の調達は、ソドルのような軍事大国ではそうも時間はかかりませんし、もう既に完了していると見た方が妥当でしょう」
それはもっともな推察なのだろう。イブは直感でそう感じた。
次元転換を行えるほどの者は、イブやガロをはじめとする極一部の者しかいない。また、何度か次元転換を行った者でも、一人で、それも戦争をする時のようなほど大量の人員や物資を送れるようになるまでには、相当な時間がかかるのだ。次元転換についてろくに学んでいないアルバが人間界に来れたのは、彼の類稀なる強力な魔力によるし、不完全な技術の為、人間界に着いてすぐの彼は本調子では無かった。
「ソドルの手がこれまで人間界に及ばなかったのは、我々アリンス帝国という驚異に晒されていたからです。我々もソドルに対し武力をいつ行使するか考えあぐねていた時期もあり、向こうもうかうかと次元転換技術の向上に至れなかったのでしょう」
「じゃあ、ソドルがワタシ達に攻めこんだのも、最初から人間界侵略が目的だったの?」
念を押すつもりで訊いてみる。仮にそうであったとしたら、姫であった自分としてみれば、やりきれなくなるだろう。何より、その為に自国が滅んだという事に、更なる憤りを覚える事は必然だった。
「その可能性は低いでしょう。第一、我々との戦争に勝たなければなりません。滅びたとはいえ、アリンスもソドルに引けをとらない大国。わざわざリスクを冒してまで攻め込むには、いささか無謀すぎます。おそらく、全軍事の最高司令権が不自然にアルバ司令に移行した事から推察すると、あまり関連はないでしょう。それにこの計画そのものが、人間界が身近になった事が大前提だと考えられます」
「確かにそうね。勝てなければこうならないはずだし……」
考える仕草を見せながら、誰にも気取られぬよう心の奥で安堵する。国が彼等の野望の足がかりだった、という事だけはどうしても聞きたくなかったし、受け止めることもできないだろう。それに、奴等に散々弄ばれた挙げ句、夢斗の世界まで襲われるというのは、自分にとって究極の二重苦だ。何より、夢斗には国や家族を失う哀しみなど、感じて欲しくなかった。
「ねえ、仮にその計画を止めるとして、ワタシ達はどうすれば良いの?」
転生についても重要だったが、それよりも例の計画についての情報が欲しかった。
「止める、いや止められる方法は一つだけあります。ソドル軍は神殿を中心とした統制機構で動いています。彼等は最高司令官よりも大神殿の存在そのものが重要なのです。彼等を止められる唯一の方法は、大神殿を攻落する事です」
何とも分かりやすい結果になった。イブはそう痛感して、いつしか拳を強く握りしめていた。