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第七章 第七話 衆寡敵せず

 冷え冷えとした空気の洞窟に、四つの人影がある。

「アナタは、あの時の魔導師ね」

「そうです。まずはお怪我の治療を始めます」

 そう言って、魔導師は両手をイブの傷口にかざした。すると、魔導師の手から乳白色のオーラが放出され、彼女の右腕を包み込む。

「終わりました。傷は塞ぎ組織の一部も補修しました。あとは姫様の持つ魔力で充分です」

 治療が終わり魔導師が手を引っ込める。イブの傷はある程度回復した様で、彼女の顔色も少しはましになっていた。

「ありがとう」

「いえいえ」

 魔導師が一体何者なのかは、外見からでは全く予測し得ない格好である。全身はすすけた黒のローブで覆い隠され、頭部を包むフードは、その中に控える主の顔を完璧に秘匿している。時折目と思しき二つの光が覗く程度だ。声色や口調からは、魔導師が若いのか年老いているのか、男なのか女なのかさえ不明である。唯一わかり得る事は、背丈が夢斗と同じが少し高いかということだけである。

「彼と剣は私がここまで飛ばしました。ご心配なく、彼も剣も無傷です。それから、剣は魔力を充填するため私の部屋にあります」

 と、魔導師は夢斗に視線を向ける。

「そうだったのね。一時は本当にやられたのかとばかり……」

 イブは安堵の色をちらつかせ、自分の足下に目を落した。

 飛ばした、という事は先程の様な瞬間移動を瞬時に行ったのであろう。しかし、次元転換や瞬間移動の様な魔術は、事前にしっかりとした準備が必要で、かてて加えて術者の強力な魔力と練度も不可欠である。その高度さは、魔界の姫たるイブであっても気安く出来る事ではなく、ましてや瞬時にそれも遠く離れた場所から行うなど、彼女にとってしてみれば不可能に等しいのである。

「びっくりしたよ。炎が迫ってきたと思ったら、目の前が真っ白になって、次にはここにいたんだ。俺は本当に大丈夫だよ」

 魔導師の言葉を補う様にして、夢斗が口を開く。声からは生気が感じ取れ、どこも負傷している様子はない。

 彼の言葉からも、あの一瞬で次元転換が行われた事が窺い知れた。

「お二人がこちらに来られてからの事は、全てここで見ておりました。もちろん、彼が殺されかけた事も、姫様がご乱心なされた事も」

「あれは……。その……、夢斗が殺されたとばかりだったから……」

「ええ、心得ております。ご心配なさらずとも、これは他言無用に致します」

「他言無用? 他に誰か生き残りがいるの?」

 魔導師の言葉が妙に引っかかり、イブはすぐさま問いただす。わずかながらに声が弾んでいたが、本人はそれに気づくこともなかった。

「はい。ほんのわずかではありますが。私どもと同じ魔導師や負傷した兵士などが、まだどこかにいるはずです。必要ならばここに呼び寄せる事も出来ます」

「母う……。王族や貴族の生き残りはいるの?」

 母上、と言いかけて慌てて言葉を言い換える。国はすでに滅んではいたが、彼女にはまだ一国の姫としての誇りと威厳を保ち、私情を見せずに凛としている必要があった。

「残念ながら……。王族や貴族はもうおりませぬ……。首都が陥落してまもなく、王族と貴族は全員拘束され処刑されました……」

 言いよどみながら、魔導師は事実を告げる。しかし、それは感情の所為ではなく、むしろイブの顔色の陰影を伺いながら話しているきらいがあった。

「……そう。わかったわ……」

 そう答えてうつむきながら、彼女の顔は深い悲しみと激しい怒りが同居した様な表情を見せる。寂しく伏せた眼には悲愴の一色だったが、拳は堅く握られており、それは苛烈な決意の宿った瞬間でもあった。

 あの廃工場でガロに告げられた事実。まだそれを事実として受け止めることが出来ず、もしかしたら、ごく少数ながら生き残りがいると信じていた。しかし、絶大な信頼を置いている味方の口からも同じ言葉を聞き、心の中のわずかな希望は跡形もなくうち崩されたのである。

「イブ……?」

「ごめんね。ちょっとだけ……」

 そう言って夢斗にもたれかかる。彼は沈痛な感情に飲み込まれたイブを、優しく受け止めて抱きしめる。

「拙者とイブ様以外の戦力は?」

 オズワルドは場の空気を察し、魔導師に歩み寄って小声で訊いた。

「今すぐ戦える者は一〇〇人もおりません。あと一週間待って頂ければ、もう二〇〇名は戦える状態になるそうです」

「支援は? 戦力になりえる魔導師は貴方だけですか?」

「何名か私の後身の者がいます。しかし、いかんせん戦闘経験に乏しく、おそらく足手纏いになるのが関の山かと」

「……」

 あまりに乏しい戦力に、オズワルドは絶句した。二〇〇名にも及ばない戦力では、ガロ率いる敵国の軍には遠く及ばない。戦ったところで、圧倒的な兵力差の前に蹂躙される事は、火を見るより明らかである。しかし、すでに滅んだ国の残存勢力とはそんな物だった。

「敵は? 敵の戦力ってどのくらいあるの?」

 自分の胸の中で忍び泣くイブの背を撫でつつ、今度は夢斗が魔導師に訊いた。

「断言は出来ませんが、我が国を襲った時の戦力は兵士七〇〇〇〇〇、魔獣一五〇〇〇頭です。また二〇〇〇〇の魔導師が後ろに控えています」

「うそ……。滅茶苦茶じゃん、そんなの……」

 多勢に無勢、という次元ではない。ここまで開きがあると言うことは、もはや抵抗しても意味がない。それは、戦争に関する知識の無い夢斗にとっても、容易に解り得たのである。

「……。もし復讐や反撃をお考えなのでしたら、それは無駄です。我々魔導師達も、これ以上隠れ住まうのは止めて、素直に降伏しよう、という結論に至りかけています」

 まだ闘おうとするオズワルドの心中を察し、魔導師は口を開いた。

「降伏……」

 敵の前で武器を置くという道の名を聞き、オズワルドが拳をわなわなと震わせる。

「オズワルド殿はお父上やご兄弟を殺され、ソドルへの怒りがある事も分かりますが、もう無駄以外の何物でもございません。それとも、まだ『武人の誇り』の旗を掲げて、圧倒的な力の前での犬死にを望まれますか?」

「こうなってしまっては、戦わずに生きることが武人の恥。死を覚悟し戦い、その中で散るのが、誠武人の常なのです」

「まだそんな事を言っているのですか? そんな事をして報われるのは貴方一人なのです。すでに敵は引いている今、降伏すればまだ生きる延びる望みはあります。だが、そこで貴方が抵抗すれば、生き残ったの我々の命も危ういのです」

 ここに来ても、魔導師は声色に感情を見せなかった。口調をこれまでと一切変えずに淡々と、理路整然と言葉を綴る。

「このままなら助かる命を、貴方の無駄なあがきで棒に振られるおつもりですか? 残念ながら、私をはじめとする魔導師や生き残りの兵士は、そこまでお人好しではありません。生き残った兵士達も、涙を飲んで降伏を選んだそうです」

「……」

 生き残りの兵士の苦渋な決断の存在を知り、オズワルドは反論する事が出来なかった。得物を持つ手に一層の力を込めると、そのまま振り返って引き下がり、洞窟の奥へと姿を消してしまった。

「お二人もお疲れの事でしょう。この奥に空いている石室がありますので、そちらでお休みになられて下さい。物資などは後ほど運びます」

 魔導師はイブと夢斗にそう告げると、早々に自分の部屋へと姿を消した。

「イブ、歩ける?」

「……うん」

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