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第七章 第六話 隠れ家

 以前は大変なご迷惑をおかけしました。本日より執筆活動を再会しますので、どうかよろしくお願いします。

「イブ様……」

「?」

「お怪我をされている様ですが、大丈夫ですか?」

 イブの右腕には、先程ガロと戦った時に負ったものと思われる傷があった。呪符が深く食い込んだせいで、今も尚止めどなく鮮血が溢れ、彼女の衣服を赤々と染め上げている。

 イブはオズワルドに諭され、始めて自身の怪我に気付いたようである。一旦傷口に視線を向け手をあてると、直ぐに焼け跡を見詰める。

「この程度の傷……、彼の痛みに比べれば……」

 相当な苦痛であるはずなのに、イブは表情を一切変えなかった。それだけ夢斗を殺されたショックは大きく、彼女に痛みを痛みとして感じさせる余裕を与えなかったのである。

 ガロが去ってからどれだけ経ってからだろうか。オズワルドが重々しく口を開いた。

「我々の隠れ家にご案内します」

「隠れ家?」

 オズワルドの言葉を復唱する形で、イブは応える。

「そうです。イブ様が旅立たれてからは、我々はそこに身を潜めておりました。例の魔導師の家の近くです」

「わかったわ……」

 イブは草原の焼き払われた部分を名残惜しげに見詰めてから、オズワルドに付き従われる用にしてその場を後にした。


 薄暗い神殿。深淵に葬られた祭壇。闇をぼかすようにして、ガロが姿を現す。その表情には若干の疲労感が伺えた。息をわずかに弾ませ、俯き加減でつかつかと歩く。

 彼が戻って来るなり、辺りに散らばっていた僧侶達が動いた。彼の得物である狼下棒を預かる者、彼の汗を拭く者。やることは様々である。

「ようジジイ。アンタ本当のワルだな。まさか人間を焼き殺すとはよ。嫉妬か? いい年して情けねえな」

 ガロが帰り着くなり、アルバが根も葉もない罵り文句を吐き出す。アルバはガロが戦っている光景を、ガロの部下である僧侶達と共に祭壇でずっと眺めていたのである。

「後味ワルくねえか? どうよ?」

「良いとは言えませんな……」

 ガロはアルバの隣まで来ると、振り返って祭壇を仰ぐ。

 祭壇の幽鬼は、泣き伏すイブとそれをかばうオズワルドの姿をしてゆらめいていた。


 草原の真ん中に一本の道が見えた。そこを彼に付き従って歩くと、そうやらどこかで見たことのある道であった。そのうち道の両脇に森が広がり、白昼といえども鬱蒼とした暗がりに包まれる。

(確か、その時ワタシはとても急いでいた。その時、オズは怪我を負ったような)

「もうすぐです。もうすぐ隠れ家に到着します」

 オズワルドが言った。その声にはイブを気遣うような優しさと同時に、励まして勇気づけるような勇ましさがあった。

「……」

 イブは答えなかった。答えられなかったのである。

 最愛の人間、夢斗を目の前で失った哀しみと、それ阻止する事が出来なかった己への無力感。その二つに打ちひしがれ、彼女は閉口の一本道をたどっていた。そう、丁度二人が歩いている暗がりの中の道の様に。

 程なくして、二人は例の魔導師の家に到着した。閑散とした郊外にひっそりとたたずむ一軒家である。だが、首都が陥落し敵軍に侵攻された今となっては、廃屋と呼ぶに相応しい有様だった。部分的に焼け落ちていたり壁に大穴が空いていたりと、とても人が隠れ棲めるような建物ではない。

「……。ここに棲めるの?」

「いえ、ご心配なく。とりあえず中へ」

 オズワルドは辛うじて立て掛けてある大きめの板切れ――おそらくは扉であった物を持ってそれを端に寄せると、つかつかと大股で屋内へと突き進む。イブも彼に従う形で中に入る。

 屋内の様相も外観と対して変わらない状態であった。屋根はほとんどが焼け落ち、そこから青空を拝めることができる。

「……」

 生活感など微塵にも感じられない光景に、イブは声を失った。

「首都が陥落してから敵軍は市街地から郊外に至る、それこそ国土の隅々まで瞬く間に侵攻し、特に魔導師の家や兵営といった後の脅威になりうる全ての建物は、徹底的に破壊されました。この家は郊外の、それも相当見つけづらい所にありますので奇跡的に残りましたが、他はもう跡形もないでしょう」

「そうなの……」

「はい。イブ様、そろそろです」

「そろそろ?」

「はい。彼にはもう見えています」

 イブにはオズワルドの言葉が不思議でしょうがなかったが、その疑念はすぐに解けることとなる。二人を白い光が包み、辺りの景色が次第にぼやけて行く。段々と静寂が存在を主張する。

「これは……!?」

 イブには既に解っていた。これは次元転換の一種である事を。

 

 事の真実を察知していた彼女が目を開けると、そこは見慣れない場所だった。

 どこかの洞窟内であることは解った。湿っぽく冷たい空気と、ごつごつとした岩肌が辺りを囲う空間。洞窟内は明るく、所々にまばゆい光源が設置されていた。それほど居心地の悪い場所では無さそうだ。

「ここが本当の隠れ家なのね」

 周囲の状況を把握し、それが正解であることをオズワルドに確認する。

「はい。例の魔導師が前々から準備していた様です」

 オズワルドは淡々と事実を語った。

 そのおり。

「イブ。待ってたよ」

 彼女の耳が聞き慣れた声を感じ取る。

「え?」

 イブが慌てて声のする方向を向く。

 そこにはガロに殺されたはずの夢斗が立っていた。

「なんで?」

「ようこそ姫様。歓迎いたします」

 戸惑うイブをなだめるかの様に、夢斗の後ろから誰かの声がした。

「お久しぶりですな。ご無事そうでなにより」

 声の主は例の魔導師だった。

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